第45話「守るための火」
花火が村の祝祭を彩るようになってから、三ヶ月ほどが過ぎていた。湊は、十八歳のままだった。
ある日、湊は、机の上に広げた、レポート用紙――現代から持ち込んだ、最後の紙の束を、じっと見つめていた。もう、余白は、ほとんど、残っていなかった。
湊は、イワと、ミオを、呼び出した。
「二人に、頼みたいことがあるんだ。今の紙より、もっと、薄くて、丈夫な紙を、作れないだろうか」
ミオが、首をかしげた。
「もっと、良い紙、ですか。今のものでも、十分、役に立っていますが」
「重要な記録を、長く残すには、もっと、確かなものが、必要だと思うんだ。楮に似た樹皮を使うと、良いものが、できるはずなんだが」
ミオは、この構想に、興味を示した。
「わかりました。良い樹皮を、探してみます」
ミオは、村の周辺で、これまで使っていた植物よりも、はるかに繊維が長く、しなやかな性質を持つ、低木の樹皮を、探し求めることになった。この探索には、ひと月ほどが、費やされた。
「湊さん、見つけました!」
ある日、ミオが、湊のもとに、駆け込んできた。手には、見慣れない、低木の枝が、握られていた。
「これの、樹皮です。試しに、剥いでみたんですが……繊維が、これまでのものより、ずっと、長いんです」
湊は、その樹皮を、手に取った。確かに、これまでのものとは、明らかに違う、しなやかな、強い繊維の感触が、伝わってきた。
「これは、良さそうだな。イワ、この皮を使って、紙を、漉いてみてくれ」
イワは、この樹皮を、丁寧に、皮を剥ぎ、不純物を、丹念に取り除き、繊維を細かく、かつ均一に叩きほぐすという、これまでよりも、さらに、手間のかかる工程を経て、少しずつ、上質な紙を、作り上げていった。
この製法の確立には、さらに、ふた月ほどの時間が、必要とされた。だが、できあがった和紙は、これまでとは比べ物にならない、薄く、しなやかで、丈夫なものだった。
紙の質が向上する一方で、湊の心には、これまで慎重に扱ってきた、あの黒い粉――火薬の技術について、新たな懸念が、生まれ始めていた。アガルとの緊張が、じわじわと高まりつつあるという、これまでの経緯を、踏まえてのことだった。
湊は、長老会議で、この難しい課題を、改めて、議論の俎上に載せた。
「これまで、黒い粉の力は、花火と、限定的な発破にしか、使ってこなかった。だが、もし、この村が、本当に、武力による脅威に晒されたとき、何も備えがなければ、俺たちは、大切なものを、何も守れないかもしれない」
この言葉に、長老会議の空気は、これまでになく、重く沈んだ。ガルが、真っ先に、口を開いた。
「俺は、備えを持つべきだと思う。狩りだって、獲物に襲われないよう、常に、備えている」
だが、シラが、これに、異を唱えた。
「レイのことを、忘れたわけでは、ないですよね。この力を、安易に武器化することが、どれほど、危険か」
「もちろん、忘れていない。だからこそ、慎重に、扱うべきだと、言っているんだ」
議論は、幾晩にもわたって、続けられた。湊は、最終的に、一つの、慎重な結論に至った。
「攻撃のための武器を、積極的に開発することは、しない。だが、村を守るための、防御に特化した技術研究であれば、極めて限定的に、進めることを、許可しよう」
この方針のもと、タギは、これまでの発破技術の知見を応用し、遠くの目標に、この黒い粉の力を使って、何かを撃ち出す仕組みについて、慎重に、研究を、始めることになった。
最初に試みられたのは、竹筒に、黒い粉と、小さな石の礫を詰め、導火線に火をつけることで、礫を勢いよく飛ばす、ごく原始的な仕組みだった。この試みは、簡単ではなかった。竹筒は、爆発の勢いに耐えきれず、しばしば、砕け散ってしまった。
タギは、竹筒の代わりに、鋳造技術で作った、金属製の筒を、試すことにした。これにより、耐久性は、大きく向上したが、今度は、金属の筒の内部で、爆発の力を、どう効率的に礫へと伝えるか、という、新たな課題に、直面することになった。
数ヶ月に及ぶ、極めて慎重な試行錯誤――何度も、危険な失敗と、隣り合わせの実験を重ねながら――タギは、ようやく、ある程度の距離まで、確かな威力で礫を飛ばせる、簡素な筒状の道具を、作り上げた。
湊は、この技術の完成を、決して、手放しでは喜べなかった。これは、明確に、人を傷つける力を持つ道具だった。湊は、この技術の使用を、あくまで、村が直接的な武力の脅威に晒された場合の、最後の防衛手段として、厳格に位置づけることを、改めて、長老会議で、確認した。
こうした、重く、慎重な判断を要する技術研究と並行して、湊は、まったく異なる性質の、もう一つの発見に、心を弾ませてもいた。
ある日、シラが、湊のもとに、興奮した様子で、駆け込んできた。
「湊さん、面白いことに、気づいたんです」
「どうした?」
「薬草を、調べていて、たまたま……特定の金属の板を、酸味の強い果実の汁に浸すと、金属の表面に、かすかな反応が、生まれるんです」
湊は、この報告に、記憶の奥底にあった、ある知識を、重ね合わせた。異なる種類の金属を、酸性の液体に浸すことで、電気という力が生まれる――理科の授業で習った、ごく基本的な原理だった。
「シラ、それは、すごい発見かもしれない」
湊は、この現象を、確かめてみることにした。タギに、銅と、亜鉛に近い性質を持つ金属、それぞれの板を用意してもらい、酸味の強い果実の汁を満たした土器の器に、交互に浸していく。これを、複数、直列に繋いでいくと、確かに、微弱ながら、何らかの力――電気が、発生していることを、湊は、簡単な実験で、確認することができた。
「これが……電気、というものか」
湊は、しばらくの間、この、目に見えない力の存在に、深い感慨を、抱いていた。
湊はレポート用紙――今や質の向上した和紙に、この日々の発見を、書き記していった。
『楮に似た樹皮を用いた、上質な和紙の製法を確立』
『黒い粉を用いた、防衛のための投射技術を、慎重な管理のもとで研究開始』
『金属と酸性の液体による、電気という現象を発見』
湊は、十八歳のまま、この作業を終えた。この世界に来てから、四年七ヶ月ほどが、過ぎていた。
その日の夕方、湊は、試し場から戻ってきたタギと、二人で、静かに、言葉を交わしていた。
「これを、使わずに済む日々が、続くといいんだが」
湊の言葉に、タギは、重々しく、頷いた。
「俺も、そう願っています。でも……もし、必要になったときのために、確かな備えは、残しておきたい」
湊は、その言葉に、深く、頷いた。技術は、常に、光と影の両方を、併せ持っている。この村が、これから先、どちらの道を、より多く歩んでいくことになるのか――それは、湊たち自身の、これからの判断と、行動にかかっているのだと、改めて、静かに、胸に刻んでいた。
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【第45話 時点 文明発展状況】
湊18歳/漂着後 4年7ヶ月
人口:75人
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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★★☆ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★☆ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★☆ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★☆☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★☆ 継続中
07 医療・薬学 ★★★☆☆ 継続中
08 住居・建築 ★★★★☆ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★☆ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★☆ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★☆ 継続中
12 製造・工業 ★★★★☆ 上質な和紙の製法を確立
13 科学・技術 ★★★★☆ 電気という新現象を発見
14 言語・文字・出版 ★★★★☆ 和紙により、重要記録の保存性が向上
15 教育・研究 ★★★★☆ 継続中
16 経済・商業 ★★☆☆☆ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★☆ 防衛技術の使用条件を厳格に規定
18 外交・交通・情報 ★★★★☆ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★☆☆ 防御専用の投射技術を、慎重な管理下で研究開始
20 文化・娯楽・思想 ★★★★☆ 継続中
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