第42話「湯気の立つ町」
毛筆と乾麺の完成から、ふた月ほどが過ぎていた。湊は、十七歳のままだった。
ある日、ナギが、河口方面への探索から、興奮した様子で、村に戻ってきた。手には、これまで見たことのない、美しい魚を、抱えていた。
「湊さん、見てください、これ!」
湊は、その魚を、まじまじと、見つめた。淡い、赤みを帯びた、輝くようなうろこを、持っている。
「これは……綺麗な魚だな。どこで、獲れたんだ」
「沖合の、少し深いところです。今まで、見たことのない場所で」
湊は、その魚を、焼いてもらい、口にしてみた。上品な脂の乗りと、繊細な旨みが、口の中に、広がった。
「美味い……! これは、特別な魚だな」
この魚は、村では「タイ」と呼ばれるようになり、たちまち、特別な祝いの席に欠かせない、貴重な食材としての地位を、得ることになった。
湊は、この慶事に浮かれる一方で、村の輸送手段についても、新たな課題を、感じていた。ある日、湊は、ガルに、相談を持ちかけた。
「ガル、村の外を歩いていて、気になったんだが……あの、二本足で立つ、大人しそうな恐竜、あれを、家畜にできないだろうか」
ガルは、少し、驚いた表情を見せた。
「あれを、飼うんですか。畑を、荒らしに来ることもある、あの動物を?」
「ああ。もし、あれが、荷物を、引いてくれるようになれば、村の輸送が、大きく、楽になるはずなんだ」
ガルは、しばらく、考え込んでから、頷いた。
「わかりません。でも、試す価値は、あるかもしれません」
この調教には、実に、四ヶ月ほどの、根気強い月日が、費やされることになった。最初のうちは、捕まえた若い個体が、暴れまわり、逃げ出そうとすることが、何度も、あった。
ガルは、毎日、根気強く、餌付けを続けた。少しずつ、綱で誘導する訓練を、重ねていった。
「今日も、少し、慣れてきた気がします」
ガルが、湊に、そう報告する日が、次第に、増えていった。四ヶ月が過ぎた頃、ようやく、数頭の個体が、綱に従って、歩くようになった。村の人々は、この動物を「タズ」と、呼ぶようになった。
ドウは、このタズに引かせるための、荷車を、設計した。だが、実際に組み上げてみると、すぐに、問題に、直面した。
「木の車輪だと、地面の凹凸が、そのまま、荷台に伝わってしまいます。石畳の上では、いいんですが、土の道だと……」
ドウが、湊に、こう報告した。湊は、この課題に、記憶の中の、ある発想を、重ね合わせた。
「車輪の外側に、何か、弾力のあるものを、巻きつけられないだろうか」
湊は、この構想を、タギとドウに、伝えた。最初に試されたのは、獣の皮を、車輪の外周に、幾重にも巻きつける方法だった。だが、雨に濡れるとふやけ、乾くと硬くなり、思うような弾力を、長く保つことができなかった。
タギは、次に、木の繊維を編み込んだ、太い縄状のものを、試みた。これは、革よりも耐久性があったが、弾力という点では、まだ、物足りなさが、残った。
試行錯誤の末、タギとドウが、たどり着いたのは、複数の素材を組み合わせる方法だった。革を下地に貼り、その上から、太い縄を、きつく巻きつけ、さらに、獣の脂を染み込ませた、厚い革で、覆う。
この工夫にたどり着くまで、さらに、二ヶ月ほどの時間が、必要とされた。
「これなら、いけそうです」
タギが、完成した「巻き輪」を、湊に、見せた。実際に、荷車に、タズを繋ぎ、走らせてみると、これまでとは比べ物にならない、滑らかな乗り心地が、実現していた。
この輸送の発展と時を同じくして、タギは、以前偶然発見した、あのガラスの研究を、着実に、進めていた。
「湊さん、板のガラスを、作ってみたいんです。窓に、使えないかと」
タギの言葉に、湊は、大きく、頷いた。
「それは、いい考えだ。窓があれば、光を取り入れながら、風雨を防げるようになる」
イワとタギは、溶けたガラスを、平らな石の上に流し、素早く均一な厚さに広げる技法を、何度も、試みた。多くは、冷える過程で、歪んだり、割れたりしてしまったが、ひと月ほどの試行錯誤を経て、少しずつ、比較的平らな、板ガラスが、作れるようになっていった。
最初のガラス窓は、議事堂の一室に、試験的に、取り付けられた。曇りがちで、多少の歪みもあったが、光を通す、その窓は、村の人々にとって、これまでにない、驚きの発明だった。
こうした技術の積み重ねの中で、湊は、もう一つ、村の暮らしを豊かにする構想を、温めるようになっていた。公衆浴場だ。
湊は、この構想を、タギとイワに、相談した。
「日光を利用して、水を温める仕組みを、作れないだろうか。黒く塗った容器に、水を入れて、日なたに置いておくと、自然に、温まるはずなんだ」
タギとイワは、素焼きの陶器で作った、平たく、黒く煤で塗った甕を、いくつも並べ、その中に、水を通す管を這わせる仕組みを、試行錯誤の末に、作り上げていった。
この「日だまりの湯」の仕組みは、最初、思うように水を温められず、何度も、甕の配置や、管の長さを、調整する必要があった。だが、ひと月ほどの改良を経て、ある程度、安定して、温かい湯を得られる仕組みが、完成した。
この温かい湯を使い、ドウとイワは、村の中心近くに、レンガ造りの、大きな湯船を持つ建物――公衆浴場を、建設することになった。
完成した公衆浴場は、たちまち、村の人々の間で、大きな人気を集めることになった。ある夕暮れ、湊は、久しぶりに、この浴場で、ゆっくりと、湯に浸かる時間を、持った。
「これは……いいものだな」
湊の隣で、同じく、湯に浸かっていた、ドウが、笑って、答えた。
「一日の疲れが、すっかり、取れます」
湊は、この、何気ない会話に、深い満足感を、覚えていた。
湊はレポート用紙に、この一連の発展を、書き記した。
『タイと呼ばれる美味な魚を発見』
『中型の草食恐竜「タズ」を調教し、荷車を引かせることに成功。四ヶ月を要した』
『車輪に革と縄を巻き重ねる「巻き輪」を開発』
『板ガラスの製法を確立し、窓への応用に成功』
『日光を利用した湯の加温装置を開発し、公衆浴場を建設』
湊は、まもなく十八歳になろうとしていた。この世界に来てから、四年が、過ぎようとしていた。
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【第42話 時点 文明発展状況】
湊17歳(まもなく18歳)/漂着後 3年11ヶ月
人口:63人
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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中
02 食料・農業 ★★★☆☆ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★☆ 草食恐竜「タズ」の調教に成功
04 漁業・水産 ★★★★☆ 美味な魚「タイ」を発見
05 狩猟・採集 ★★★☆☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★☆ 継続中
07 医療・薬学 ★★★☆☆ 継続中
08 住居・建築 ★★★★☆ ガラス窓、公衆浴場が完成
09 土木・インフラ ★★★★☆ 「巻き輪」の開発により輸送が向上
10 火・エネルギー ★★★★☆ 日光を利用した給湯装置を開発
11 鉱業・金属 ★★★☆☆ 継続中
12 製造・工業 ★★★★☆ 板ガラス、巻き輪の製法を確立
13 科学・技術 ★★★☆☆ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★☆ 継続中
15 教育・研究 ★★★★☆ 継続中
16 経済・商業 ★★☆☆☆ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★☆☆ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★★☆☆ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★☆☆☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★☆ 公衆浴場が、村の新たな社交と安らぎの場に
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