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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第二部 村を築く

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第40話「実り、蓄え、味わう」

 鋳造技術がひとまず形になってから、湊は、久しぶりに、村政詳報を、机の上に広げていた。


「畜産、漁業……まだ、手つかずのままの課題が、いくつも残っているな」


 湊は、独り言のようにつぶやきながら、紙の余白に、これから取り組むべき課題を、一つ一つ、丸で囲んでいった。湊は、十七歳になっていた。この世界に来てから、三年と少しが過ぎている。


 湊は、まず、ミオを、家畜小屋のそばに呼び出した。ミオもまた、湊と同じ、十七歳になっていた。輪作の成功以来、彼女は、村の農業だけでなく、家畜の世話についても、確かな知見を、少しずつ蓄えるようになっていた。


「ミオ、豚の様子は、どうだ?」


 湊の問いに、ミオは、小さくため息をついた。


「困っているんです。最近生まれた子豚たちの中に、やたらと気の荒いのが混じっていて。柵に体当たりしたり、他の子豚に噛みついたり……。世話をする若者が、何人か、怪我をしています」


「怪我の具合は?」


「大したことはありません。でも、このまま放っておくと、もっと大きな怪我をする者が、出てくるかもしれません」


 湊は、しばらく、腕を組んで考え込んだ。


「前にも、似たようなことがあったな。あの時は、ただ、様子を見ていただけだった」


「はい。でも、このままでは、いつまで経っても、状況は変わりません」


 湊は、ふと、以前、農業の分野で行ってきた、輪作の考え方を、思い出した。良い作物を選び、悪いものを避ける。同じ発想が、家畜にも、応用できるのではないか。


「ミオ、これまで、気性の穏やかな子豚と、荒い子豚を、区別して、育ててきたか?」


「いえ……特には」


「なら、試してみないか。穏やかな親同士を、意図的に、掛け合わせてみるんだ。逆に、気性の荒い個体は、繁殖には使わず、早めに、肉として、活用する」


 ミオは、少し驚いた表情を見せた。


「そんなことが、できるんですか」


「わからない。でも、試す価値はあると思う。植物と同じで、動物にも、それぞれの個性がある。良い個性を、次の世代に、残していけたら……」


 ミオは、湊の言葉に、深く頷いた。


「やってみます。まずは、群れの中で、特に穏やかな個体を、見極めることから、始めないと」


 この日から、ミオは、村の若者たちと共に、豚の群れを、一頭一頭、丁寧に観察する作業を、始めることになった。


 湊は、次に、ナギのもとを訪ねた。ナギは、川辺で、網の手入れをしていた。


「ナギ、網目のことで、相談したいことがある」


 ナギは、手を止めて、湊のほうを向いた。


「網目、ですか」


「ああ。最近、村の漁師たちが使っている網を、見て回ったんだが……目の粗さが、みんな、ばらばらだった。細かい目の網で、小さな稚魚まで、獲ってしまっている者もいる」


 ナギは、少し、気まずそうな表情を見せた。


「正直、俺も、気にはなっていました。でも、目の細かい網のほうが、たくさん獲れるので……つい」


「今は、それでいいかもしれない。でも、このまま、稚魚まで獲り続けたら、いずれ、魚そのものが、いなくなってしまうかもしれない」


 湊は、地面に、いくつかの魚の絵を、大きさを変えて描いてみせた。


「これくらいより小さい魚は、逃がす。そういう決まりを、漁師たちの間で、作れないか」


 ナギは、湊の描いた絵を、じっと見つめていた。


「わかりました。みんなを集めて、話し合ってみます」


 この話し合いは、簡単には、まとまらなかった。目先の漁獲量を優先したい者と、将来を見据えるべきだという者との間で、幾晩も、議論が続けられた。三週間ほどが過ぎた頃、ようやく、獲ってよい魚の最低限の大きさと、それに応じた、網目の規格が、村の漁師たちの間で、取り決められることになった。


 これらの課題と並行して、湊は、以前から気になっていた、塩の活用について、シラとミオに、新しい提案を持ちかけていた。


「塩を使って、野菜を、長く保存できる方法があるはずなんだ。漬物、っていうんだが」


「漬物、ですか」


 シラが、聞き慣れない言葉に、首をかしげた。


「野菜を、塩水に漬けておくと、独特の酸味が出て、しかも、日持ちするようになる。俺の記憶では、そうだったはずなんだが……」


 湊は、正直に、自分の記憶が、あまり確かではないことを、伝えた。


「塩の分量とか、漬ける時間とか、詳しいことは、俺にも、はっきりとはわからない。試しながら、確かめていくしかないと思う」


 ミオが、この話に、興味を示した。


「やってみます。畑の野菜を、いくつか、分けて漬けてみましょうか」


 最初の試みは、塩の分量が、うまくいかなかった。少なすぎれば、数日で、野菜が傷んでしまう。多すぎれば、辛くて、食べられたものではなくなる。ミオは、何度も、分量を変えながら、様々な野菜を、根気強く、漬け込んでいった。


 二週間ほどが過ぎた頃、ミオが、湊のもとに、小さな器を持って、駆け込んできた。


「湊さん、これ、食べてみてください!」


 湊は、差し出された、漬け込まれた根菜を、一切れ、口に入れてみた。程よい塩気と、これまでにない、爽やかな酸味が、口の中に広がった。


「美味い……! これだ、これが、俺の言っていた漬物だ」


 ミオは、その言葉に、満面の笑みを浮かべた。


「よかった。ちょうどいい塩加減が、やっと、掴めた気がします」


 湊は、この成功に、大きな手応えを感じていた。だが、湊の頭には、もう一つ、さらに難しい構想があった。


「シラ、もう一つ、試してみたいことがあるんだ」


「なんでしょう」


「豆を、塩と一緒に、長い時間、寝かせておくと、独特の風味が出る調味料になるらしい。詳しいやり方は、俺もよくわからないんだが……」


 シラは、湊の、この曖昧な説明に、少し困惑した様子を見せた。


「豆を、寝かせる、ですか。腐ってしまわないでしょうか」


「そうかもしれない。でも、確か、腐るのとは違う、何か、良い変化が、起きるはずなんだ」


 シラとミオは、この曖昧な情報をもとに、気の遠くなるような試行錯誤を、始めることになった。畑で育てていた豆類を煮て潰し、塩と混ぜ合わせ、土器の甕に詰めて、寝かせてみる。だが、最初の数回は、ただ、腐敗してしまうだけに終わった。


 ある日、シラが、思いがけない発見を、湊に報告してきた。


「湊さん、気づいたことがあります。煮た豆を、そのまま寝かせるのではなく、一度、天日にさらして、表面をわずかに乾燥させてから仕込むと……腐敗の進み方が、これまでと、明らかに違うんです」


「本当か?」


「はい。何か、目に見えない、良い変化を助けるものが、空気の中にあるのかもしれません」


 湊は、この気づきに、深く感心した。湊自身、この現象を、科学的に説明する術は、持っていなかった。それでも、シラの、この経験に基づいた観察は、確かに、正しい方向を、示しているように思えた。


 この発酵調味料が、確かな形になるまでには、さらに、ふた月ほどの時間を要することになった。できあがった調味料――村では「豆の蜜」と呼ばれることになったそれは、汁物や、焼いた肉、魚の味付けに使われるようになり、村の食卓に、また新たな豊かさをもたらすことになった。


 こうした食の発展と並行して、湊は、算数の教育にも、改めて力を入れることにした。ケイのもとを訪ねた湊は、こう相談を持ちかけた。


「ケイ、子供たちに、もっと、体系立てて、数を教える方法は、考えられないだろうか」


 ケイは、少し考えてから、答えた。


「今は、それぞれが、必要に迫られて、なんとなく、数を覚えている、という状態です。でも、確かに、もっと、順序立てて教えられれば……」


「畑で収穫した豆の数を数えるとか、狩りで得た獲物の頭数を数えるとか、子供たちにとって身近な出来事を通じて、数の感覚を、養っていけないかと思うんだ」


 ケイは、この提案に、深く頷いた。


「やってみましょう。日々の暮らしの中に、数を学ぶ機会は、たくさんあるはずです」


 こうして、湊とケイは、日常の題材を使った、算数教育の仕組みを、少しずつ、作り上げていくことになった。


 湊はレポート用紙に、この一連の発展を書き記した。


『畜産の課題に、選抜交配という方針で対応。ミオが、群れの観察を開始』

『漁業の課題に、網目の規格化という方針で対応。三週間の議論を経て、漁師たちの合意を得た』

『塩を用いた漬物の開発に成功。ミオの試行錯誤により、確かな塩加減にたどり着く』

『発酵調味料の開発に成功。シラの観察眼による、天日干しの工夫が、鍵となった』

『算数教育を、日常の題材を通じて、体系的に進める仕組みを構築』


 夜、湊は、家族と共に、夕食の席についていた。膳には、その日獲れた魚に、ミオが漬けた漬物、そして、豆の蜜で味付けされた汁物が、並んでいた。


 この頃、湊の家族と呼べるのは、まだ、村の人々全体だった。宗も、アカリも、まだ、生まれていない。それでも、湊は、村の人々と、共に食卓を囲む、この時間を、何より大切にしていた。


 湊の隣で、シラが、汁物を一口すすりながら、つぶやいた。


「これ、本当に、美味しいですね。まさか、自分たちで、こんな味を、作り出せるなんて」


 湊は、その言葉に、微笑んで応えた。


「みんなが、根気強く、試行錯誤を続けてくれたから、できたことだ」


 湊は、この何気ない食卓の光景に、深い充足感を覚えていた。技術の発展や、村の運営――そうした、大きな責任を担う日々の中で、こうした、小さな、しかし確かな豊かさこそが、この村の、本当の財産なのかもしれない。


 湊は、十七歳のまま、この作業を終えた。この世界に来てから、三年四ヶ月ほどが、過ぎていた。


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【第40話 時点 文明発展状況】

湊17歳/漂着後 3年4ヶ月

人口:55人

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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中

02 食料・農業    ★★★☆☆ 継続中

03 畜産・動物    ★★★☆☆ 選抜交配を開始

04 漁業・水産    ★★★★☆ 網目の規格化を実施

05 狩猟・採集    ★★★☆☆ 継続中

06 水・衛生     ★★★★☆ 継続中

07 医療・薬学    ★★★☆☆ 継続中

08 住居・建築    ★★★☆☆ 継続中

09 土木・インフラ  ★★★★☆ 継続中

10 火・エネルギー  ★★★☆☆ 継続中

11 鉱業・金属    ★★★☆☆ 継続中

12 製造・工業    ★★★★☆ 漬物・発酵調味料の製法を確立

13 科学・技術    ★★★☆☆ 継続中

14 言語・文字・出版 ★★★☆☆ 継続中

15 教育・研究    ★★★★☆ 算数教育を日常題材で体系化

16 経済・商業    ★☆☆☆☆ 継続中

17 政治・法律・行政 ★★★☆☆ 継続中

18 外交・交通・情報 ★★★☆☆ 継続中

19 軍事・防災・治安 ★★☆☆☆ 継続中

20 文化・娯楽・思想 ★★★☆☆ 継続中

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