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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第一部 生き延びる

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28/102

第28話「石に価値を刻む」

 道路網の整備が進むにつれ、村の中では、これまでとは違う種類の困りごとが、少しずつ表面化し始めていた。


 きっかけは、ある日の市――といっても、まだ正式な市場と呼べるほどのものではなく、村の広場の一角で、収穫物や作った道具を持ち寄って交換する、自然発生的な集まりだった。


 湊がその様子を眺めていると、一人の年配の女性と、若い漁師との間で、ちょっとした揉め事が起きているのに気づいた。女性は、自分が織った布と、漁師が獲った魚を交換したいと申し出ていたが、漁師は、その布が自分にとって、それほど必要なものではないと感じているようだった。かといって、他に交換できるものも持っていない。


 結局、その日、二人の交渉はまとまらず、女性は布を持ち帰ることになった。


 湊は、この光景を見て、以前から漠然と感じていた課題が、はっきりと形になったのを感じた。物々交換には、決定的な弱点がある。互いに、相手が欲しがっているものを、ちょうど持ち合わせていなければ、取引そのものが成立しない。


 村がまだ小さく、誰もが顔見知りだった頃は、この不便さも、さほど大きな問題にはならなかった。だが、人口が増え、専門分野が細分化し、道路や舟によって外部との接触も増えていく中で、この物々交換の限界は、これからますます、村の発展の足かせになっていくだろうと、湊は予測していた。


 湊が思い描いたのは、貨幣という仕組みだった。誰もが価値を認める、共通の交換の媒介――それがあれば、直接的な物々交換の不便さを解消し、より柔軟な取引が可能になるはずだった。


 問題は、何を貨幣とするかだった。湊の記憶にある貨幣は、金属や、あるいは紙幣といった形だったが、この時代の村において、何が「共通の価値」として受け入れられるのか、慎重に見極める必要があった。


 湊はケイに、この構想を相談した。数を扱うことに長けたケイは、貨幣という概念そのものには、比較的早く理解を示した。だが、その具体的な形については、二人でしばらく議論を重ねることになった。


 湊が最初に考えたのは、タギが精錬した金属の小片を、貨幣として用いることだった。金属は、加工に手間がかかり、それ自体が一定の価値を持つ。また、腐敗することもなく、長期間保存が可能という点でも、貨幣として適した性質を備えていた。


 湊とタギは、一定の大きさと重さに揃えた、簡素な金属片を作ることにした。粗悪な偽造を防ぐため、片面には、村を象徴する簡単な印――イワが考案した、焚き火を模した意匠を刻み込むことにした。


 最初は、この新しい仕組みに、村の人々の反応は懐疑的だった。これまで、実際に食べられるもの、使えるものだけが「価値」だと考えられてきた中で、ただの金属片に価値があると信じることは、簡単ではなかったのだ。


 湊は、この不信感を解消するために、まず自ら、村の様々な人々との取引に、この金属片――村では次第に「輪」と呼ばれるようになっていった、円形のこの貨幣を使ってみせることにした。ミオから野菜を買い、ナギから魚を買う。その際、必ずこの輪を対価として渡し、後日、その輪を持って別の店――例えばシラの薬草店で、必要なものと交換できることを、実演を通じて示していった。


 この実演を、湊は根気強く繰り返した。輪を受け取った人が、それを別の場所で、確かに価値あるものと交換できる。この「循環」が実際に機能することを、村の人々が自分の目で確認するたびに、貨幣への信頼は、少しずつ積み重なっていった。


 数ヶ月かけて、この輪は、村の中で徐々に浸透していった。特に、専門的な技術を持つ職人たち――タギの鍛冶仕事や、イワの建築装飾など、成果物が直接的な食料ではない仕事に従事する人々にとって、この貨幣制度は、大きな恩恵をもたらすことになった。これまでは、自分の仕事の対価を、その場で必要なものと直接交換しなければならなかったが、輪があれば、いったん貨幣として受け取り、後で自分が本当に必要なものと交換できるようになったのだ。


 湊はレポート用紙に、この一連の発展を書き記した。


『物々交換の限界を受け、金属片による貨幣制度を導入。村では「輪」と呼ばれ始めている』

『実演を重ねることで、信頼の輪が徐々に広がっている。専門職人にとって特に恩恵が大きい』


 書きながら、湊は、この貨幣という仕組みが持つ、思わぬ副次的な効果にも気づき始めていた。物々交換の時代には、あまり顕在化していなかった「価値の比較」という感覚が、貨幣を通じて、村の人々の間に、自然と根づき始めていたのだ。


 この感覚は、やがて、より大規模な取引――村の外部との交易にも、応用されていくことになるだろう。湊は、そんな未来を、漠然と思い描いていた。


 夕暮れ、湊は広場の市の様子を眺めていた。以前は難航していたような交渉が、輪を介することで、ずっとスムーズに進んでいるのが見て取れた。年配の女性が織った布も、今度は無事に、別の誰かとの取引が成立していた。


 湊は、その光景に、静かな満足感を覚えていた。骨の針から始まった村の歩みは、今、目に見えない「価値」という概念さえも、確かに紡ぎ出そうとしていた。


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【第28話 時点 文明発展状況】

人口:45人/漂着後 470日

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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中

02 食料・農業    ★★★★☆ 継続中

03 畜産・動物    ★★★☆☆ 継続中

04 漁業・水産    ★★★★☆ 継続中

05 狩猟・採集    ★★☆☆☆ 継続中

06 水・衛生     ★★★★☆ 継続中

07 医療・薬学    ★★★☆☆ 継続中

08 住居・建築    ★★★★★ 継続中

09 土木・インフラ  ★★★★★ 継続中

10 火・エネルギー  ★★★★★ 継続中

11 鉱業・金属    ★★★★☆ 貨幣鋳造という新たな用途が加わる

12 製造・工業    ★★★★★ 継続中

13 科学・技術    ★★★★☆ 継続中

14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中

15 教育・研究    ★★★★★ 継続中

16 経済・商業    ★★★☆☆ 金属貨幣「輪」の導入により交換経済が発展

17 政治・法律・行政 ★★★★☆ 継続中

18 外交・交通・情報 ★★★☆☆ 継続中

19 軍事・防災・治安 ★★★★☆ 継続中

20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 継続中

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【新規記述書物】『価値を計る書・第一葉』(貨幣制度の考案と運用記録)

【次なる課題】東の民ヤズとの交易接触、法と税の制定】

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