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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第一部 生き延びる

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25/103

第25話「余白の落書き」

 紙と文字体系の確立から、村の暮らしには、また新しい変化が生まれ始めていた。


 湊が最初に取り組んだのは、これまで八人の協力者それぞれに、断片的に伝えてきた知識を、体系立った書物としてまとめ直すことだった。医療の知識はシラのもとで、農業の知識はミオのもとで、土木の知識はドウのもとで――それぞれの分野の実践を通じて確認された、確かな知見が、少しずつ紙の上に記録されていった。


 これらの書物は、単に湊一人が書くのではなく、実際にその技術を手がけてきた協力者たち自身の言葉と経験を交えながら、共同で作り上げられていった。湊が原理を示し、協力者が実践知を加える。この共同作業のあり方は、湊がずっと目指してきた「知識を託す」というあり方の、一つの完成形だった。


 書物が増えるにつれ、湊はこれを、より多くの人々に伝える仕組みが必要だと考えるようになった。これまでのように、湊や八人の協力者が、一人一人に直接教えるだけでは、村の人口が増えていくにつれ、限界が生じてくる。


 湊はケイと相談し、村の子供たちを対象にした、簡単な学びの場を設けることを提案した。集会所の一角を使い、決まった時間に、文字と基本的な数の数え方を教える。これが、村における「学校」の、最初の萌芽だった。


 最初のうち、子供たちの反応は様々だった。熱心に文字を覚えようとする子もいれば、すぐに退屈して落ち着かなくなる子もいた。湊は、子供たちの集中力を保つ工夫を、あれこれと試みた。


 ある日、湊は、文字の練習に飽きてしまった一人の男の子が、紙の余白に、こっそりと絵を描いているのに気づいた。それは、村で見かける動物を、単純な線でデフォルメした絵だった。しかも、その動物が、面白おかしく転んでいる様子が描かれていた。


 湊は思わず、笑ってしまった。その絵には、確かな観察眼と、ユーモアのセンスが感じられた。


 湊は、この出来事から、あるアイデアを思いついた。文字の練習が退屈なら、絵と組み合わせてはどうか。


 湊は、自分がかつて中学生だった頃、授業中にノートの端に描いていた、簡単な四コマ漫画のようなものを思い出していた。友人たちと回し読みして笑い合った、たわいのない落書き。あの経験を、この学びの場に活かせないかと考えたのだ。


 湊は、紙に簡単な物語――村の日常を題材にした、コミカルな出来事を、四つの区切られた枠の中に、絵と簡単な文字で表現してみせた。ガルが狩りに失敗して転ぶ話や、タギが窯の前でうたた寝をして煙にむせる話。誰もが知っている村の人々を、少し誇張して描いた、ごく他愛のない内容だった。


 これを子供たちに見せると、教室は一気に沸き立った。文字を読む練習として提示されたものが、笑いを誘う「物語」として、子供たちの心をつかんだのだ。


 子供たちは、この形式を真似て、自分たちでも絵と文字を組み合わせた「話」を作り始めた。最初は単純な落書きだったものが、次第に、簡単な起承転結を持つ、ちょっとした物語へと発展していった。


 湊は、この現象に、大きな可能性を感じ取っていた。文字の普及という、実用的な目的から始まったこの試みが、思いがけず、村に新しい文化的な表現の形をもたらしつつあった。


 湊自身、かつて中学生だった頃、授業の合間にノートに描いていた、ギャグ漫画や、勧善懲悪の少年漫画の断片を、時折思い出すことがあった。それらは、直接的に村の発展に役立つ知識ではない。だが、人々の心を和ませ、笑いをもたらすという意味で、確かな価値を持つものだった。


 湊は、あるとき、余暇を使って、自分が覚えている限りの物語の断片――誰かの冒険譚や、ちょっとした笑い話を、絵と文字で紙に書き記してみた。それを、夜の集会所で、火を囲みながら、村の人々に披露してみることにした。


 反応は、湊の予想を超えるものだった。大人も子供も、その物語に夢中になり、続きを求める声が上がった。これまで、村の夜は、専ら技術や知識の伝達、あるいは静かな休息のための時間だった。だが、この日を境に、「物語を聞く・読む」という、新しい楽しみが、村の夜に加わることになった。


 湊はレポート用紙――いや、今や村で漉かれた紙の上に、この日の出来事を書き記した。


『文字教育の一環として、絵物語を導入。子供たちの間で自然発生的に、絵と文字を組み合わせた表現が広がる』

『余暇に描いた物語が、村人たちの娯楽として受け入れられる。技術書とは異なる価値を持つ書物の可能性を見出す』


 書きながら、湊は、自分が元中学生であったことの意味を、改めて考えていた。技術書や医学書は、村の生存と発展に直結する、重要な知識だ。だが、ギャグ漫画や冒険譚といった、一見他愛のない創作物もまた、人々の心を豊かにし、共同体としての結びつきを強める、確かな役割を持っている。


 子供たちが夢中になって描く、稚拙だが生き生きとした絵物語の数々を眺めながら、湊は、これがいつか、村の――そして、この文明の、重要な文化になっていくのではないかという、漠然とした予感を抱いていた。


 夜が更けても、集会所の片隅では、何人かの子供たちが、紙とにじんだ墨を手に、夢中で新しい「話」を作り続けていた。


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【第25話 時点 文明発展状況】

人口:35人/漂着後 365日

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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中

02 食料・農業    ★★★★☆ 継続中

03 畜産・動物    ★★☆☆☆ 継続中

04 漁業・水産    ★★★☆☆ 継続中

05 狩猟・採集    ★★☆☆☆ 継続中

06 水・衛生     ★★★★☆ 継続中

07 医療・薬学    ★★☆☆☆ 継続中

08 住居・建築    ★★★★★ 継続中

09 土木・インフラ  ★★★★☆ 継続中

10 火・エネルギー  ★★★★★ 継続中

11 鉱業・金属    ★★★☆☆ 継続中

12 製造・工業    ★★★★★ 継続中

13 科学・技術    ★★★★☆ 継続中

14 言語・文字・出版 ★★★★★ 絵物語という新たな表現形式が誕生

15 教育・研究    ★★★★☆ 集会所を用いた初歩的な学校教育が定着

16 経済・商業    ☆☆☆☆☆ 未着手

17 政治・法律・行政 ★★★★☆ 継続中

18 外交・交通・情報 ★★☆☆☆ 継続中

19 軍事・防災・治安 ★★★★☆ 継続中

20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 漫画文化の萌芽。村の娯楽として物語が定着

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【新規記述書物】『村の四コマ・第一葉』(村の日常を題材にした絵物語)

【次なる課題】書物の複製体制の確立、専門学校の本格開講、第10章の完結へ

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