第24話「紙を漉く」
レンガの安定した生産が軌道に乗り始めた頃、湊は、これまでずっと温めてきた、もう一つの構想に取りかかろうとしていた。
紙だ。
これまで湊は、レポート用紙という、現代から持ち込んだ有限の資源に頼って、記録を続けてきた。だが、その紙は、すでに残りわずかになっていた。余白という余白を、これまでの半年余りで、びっしりと文字と絵で埋め尽くしてきたからだ。
もし紙が尽きてしまえば、湊が最も大切にしてきた「書き記す」という行為そのものが、立ち行かなくなってしまう。それだけは、何としても避けなければならなかった。
湊の記憶にあったのは、紙が植物の繊維から作られるという、ごく基本的な原理だった。木の皮や、草の繊維を細かく砕き、水と混ぜて薄く広げ、乾燥させる。図画工作の授業で、牛乳パックを使った紙漉きを体験したことがあった。その記憶を、湊は必死にたぐり寄せた。
この構想を、湊はミオとイワに相談した。植物に詳しいミオと、繊細な手作業を得意とするイワは、この新しい試みに、それぞれの得意分野を持ち寄ることができるはずだった。
最初に試したのは、村の周辺で豊富に採れる、繊維質の強い植物だった。ミオが選んだのは、以前から蔓として利用してきた植物の若い茎の部分だ。これを水に浸してふやかし、石で叩いて繊維を細かくほぐしていく。
この作業は、想像以上に根気を要するものだった。繊維が十分に細かくならなければ、薄く均一な紙は作れない。イワは何度も、叩き方や浸す時間を変えながら、最適な方法を模索していった。
繊維がある程度細かくなったところで、湊は次の工程――漉くという作業に取りかかった。細かくなった繊維を、大量の水と混ぜ合わせ、薄い布を張った木枠で、水を切りながらすくい上げる。
最初の試みは、失敗の連続だった。繊維が均一に広がらず、厚みにむらのある、ぼろぼろの塊にしかならなかった。イワは根気強く、枠の動かし方、繊維と水の配合比率を、少しずつ調整していった。
十数回目の試みで、ようやく、それらしい薄いシート状のものができあがった。これを、平らな板の上に広げ、天日で乾燥させる。
乾燥した「それ」は、湊が知る現代の紙とは、まるで似ても似つかないものだった。厚みがあり、表面はざらつき、色も茶色がかっている。それでも、木の板や粘土板とは違い、軽く、折りたたむことができ、そして――墨のようなもので文字を書きつけることができた。
湊は、木炭を細かく砕き、水と混ぜて作った簡易的な墨で、その紙に文字を書いてみた。滲みはあったが、確かに文字は残った。
これは、湊にとって、これまでのどの技術発展にも劣らない、大きな喜びだった。この紙があれば、これまで湊一人が抱え込んできた「記録」という営みを、村全体に広げていくことができる。
紙作りの技術は、その後も改良が重ねられていった。ミオは、繊維の質がより良い植物を、村の周辺で探し続けた。イワは、より均一で薄い紙を漉くための道具――簡易的な漉き枠を、何種類も試作していった。
数ヶ月後には、村では、ある程度安定した品質の紙を、継続的に生産できる体制が整いつつあった。
紙の誕生と並行して、湊が取り組んでいたもう一つの課題が、文字の統一だった。
これまで、湊とガルの部族との間で作り上げてきた「共通語」は、あくまで話し言葉としての単語の共有に留まっていた。文字として、それをどう表記するかについては、まだ体系立った仕組みがなかった。
湊は、自分が使う日本語の文字――ひらがなや漢字をそのまま持ち込むことも考えた。だが、それでは、この世界の人々にとって、あまりに複雑で、習得に長い時間がかかってしまう。
湊が選んだのは、もっと単純な方法だった。共通語の主要な音――「ア」「イ」「ウ」といった基本的な発音一つ一つに、簡単な記号を対応させる。表意文字ではなく、表音文字による、簡素な文字体系だ。
湊はケイに、この構想を相談した。数を数えるという概念をすでに理解していたケイは、記号と音を対応させるという発想にも、比較的スムーズに理解を示した。
湊とケイは、村の主だった人々を集め、少しずつ、この新しい文字体系を教えていった。最初は戸惑う者も多かったが、単純な記号の組み合わせで、あらゆる言葉を表現できるという仕組みは、次第に村の人々の間に浸透していった。
湊はレポート用紙――もはや貴重品となっていたその最後の余白に、この日の出来事を書き記した。
『紙の製法を確立。ミオとイワの試行錯誤により、安定した品質の紙が生産可能に』
『表音文字による、共通語の文字体系を考案。ケイと共に、村人への普及を開始』
この日を境に、湊が現代から持ち込んだ最後の紙は、その役目を終えた。以降のすべての記録は、村で作られた紙に、村の人々自身が学び始めた文字で、書き記されていくことになる。
湊は、使い切ったレポート用紙の束を、大切に保管することにした。これは、単なる紙切れではない。この世界で、湊がゼロから積み上げてきたすべての記録の、原点だった。
夕暮れ、湊はイワが漉いた新しい紙の束を手に取り、その手触りを確かめた。まだ粗く、決して洗練されたものではない。それでも、そこには、これから紡がれていくであろう、無数の書物への、確かな可能性が込められていた。
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【第24話 時点 文明発展状況】
人口:35人/漂着後 350日
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★☆ 継続中
03 畜産・動物 ★★☆☆☆ 継続中
04 漁業・水産 ★★★☆☆ 継続中
05 狩猟・採集 ★★☆☆☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★☆ 継続中
07 医療・薬学 ★★☆☆☆ 継続中
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★☆ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★☆☆ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 紙の製法を確立
13 科学・技術 ★★★★☆ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 紙の発明と表音文字の考案により、記録文化が飛躍
15 教育・研究 ★★★★☆ 文字教育が村人への普及段階に入る
16 経済・商業 ☆☆☆☆☆ 未着手
17 政治・法律・行政 ★★★★☆ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★☆☆☆ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 継続中
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【新規記述書物】『紙漉きの書・第一葉』『文字の芽・完成版』(表音文字体系の記録)
【次なる課題】書物の複製体制の確立、教養学校・専門学校の開講】
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