第117話「名を、持つということ」
前回の会議から、ちょうど、ひと月が過ぎていた。湊は、四十六歳のままだった。
この間、町には、二十六人が、加わっていた。うち、七人が、新生児。十九人が、外から来た労働者だった。人口は、六百六十七人になっていた。
---
この日の会議は、まず、前回の緊急課題の、確認から、始まった。
**食料――ミオ、ナギ**
「湊さん、まず、ご報告します」
ミオは、そう、切り出した。
「石の多い土地の開墾ですが――思った以上に、早く、進んでいます」
「どれくらい、進んだ?」
「すでに――これまでの農地の、二割ほどにあたる広さが、使えるようになりました」
湊は、この報告に、深く、安堵した。
「よかった」
「はい。掘削車の力は――本当に、大きいです」
ミオは、そう、答えてから、続けた。
「ただ――すぐには、収穫は、望めません。土を、育てる必要がありますから」
「それは、承知の上だ」
続いて、ナギが、報告した。
「養殖のほうも、拡大を、始めました」
「順調か?」
「はい。それに――食べ残しの発酵物を、餌にする試みも、うまく、いっています」
ナギは、そう、答えてから、続けた。
「魚は――よく、食べます。それに、育ちも、悪くありません」
湊は、この報告に、深く、頷いた。
「当面の、しのぎは、つきそうか」
「はい」
ミオが、そう、答えた。
「それに――足りない分は、外から、買うことに、しました。半年ほどで――追いつけると思います」
---
これらの報告が、終わった後。
ナギが、この日の、最初の議題を、提起した。
「湊さん、少し、重い話が、あります」
「なんだ?」
「三つの集落から――申し出が、ありました」
ナギは、そう、切り出した。
「この町の、一部に、なりたいと」
この報告に、会議の場が、大きく、ざわめいた。
「三つ、だと?」
ガルが、そう、驚いた様子で、尋ねた。
「はい」
湊は、この報告を、しばらくの間、静かに、噛み締めていた。
「理由は?」
「それぞれ、違います」
ナギは、そう、答えてから、続けた。
「一つは――北の集落と、同じです。若い者が、この町に、来てしまう。このままでは、集落が、消えてしまう」
「なるほど」
「もう一つは――技術です」
ナギは、そう、続けた。
「この町の技術を、自分たちも、使いたいと。ですが――外から、買うのでは、あまりに、高くつく」
「そして――三つ目は?」
湊が、そう、尋ねると、ナギは、少し、表情を、曇らせた。
「三つ目は――少し、事情が、違います」
「どういうことだ?」
「あの集落は――内輪で、争いが、続いています」
ナギは、そう、答えた。
「どちらが、集落を、率いるか。それで――二つに、割れています」
湊は、この報告に、深く、注意を、向けた。
「それで――こちらに、加わりたいと?」
「はい。争いに、疲れた者たちが――そう、申し出てきました」
湊は、しばらくの間、深く、考え込んでいた。
「その申し出は――集落全体の、意思か?」
「いえ」
ナギは、そう、答えた。
「片方の、意思です」
「なら――受けられない」
湊は、そう、静かに、答えた。
「なぜ、ですか」
「もし、受ければ――俺たちは、その争いの、片方に、加担することになる」
湊は、そう、答えてから、続けた。
「そうなれば――もう片方は、俺たちを、敵と、見なす」
湊は、そう、続けた。
「それは――この地域全体の、争いに、繋がりかねない」
この説明に、会議の場は、深く、納得した様子だった。
「では――どうすべきでしょうか」
ロタが、そう、尋ねた。
湊は、しばらく、考えてから、答えた。
「まず――話を、聞こう」
「話、ですか」
「そうだ。両方から。何を、争っているのか。何を、望んでいるのか」
湊は、そう、続けた。
「その上で――もし、望むなら。間に、入ろう」
この方針は、その場で、承認された。
---
残る、二つの集落については、慎重な議論の末、受け入れが、決定された。
だが、この決定を、下した後。湊は、深い、思案に、沈んでいた。
「湊さん、どうか、されましたか」
ケイが、そう、尋ねた。
「いや……少し、考えていた」
湊は、そう、答えてから、続けた。
「これで――この町に、加わる集落は、三つになる」
「はい」
「そうなると――もはや、『町』とは、言えないかもしれない」
この言葉に、会議の場が、静まり返った。
「といいますと」
ケイが、そう、尋ねた。
「離れた場所に、複数の集落を、抱える」
湊は、そう、答えてから、続けた。
「それぞれに、自治を、認めている。だが――全体の決まりは、共通だ」
湊は、そう、続けた。
「それは――もう、国と、呼ぶべきものじゃないだろうか」
この言葉に、会議の場は、深い、沈黙に、包まれた。
やがて、ロタが、静かに、口を開いた。
「私も――そう、思っていました」
「そうか」
「はい。ただ――言い出すのが、恐ろしかったのです」
ロタは、そう、答えてから、続けた。
「国を、名乗るということは――重い責任を、負うということですから」
湊は、この言葉に、深く、頷いた。
「その通りだ」
---
この議論は、その後、数日間にわたって、続けられることになった。
議会でも、そして――町の人々の間でも。
「国に、なるとは――どういうことでしょうか」
ある日、若い議会代表の一人が、そう、尋ねた。
「良い問いだ」
湊は、そう、答えてから、しばらく、考えを、巡らせた。
「俺の考えを、言おう」
「はい」
「一つは――名前を、持つということだ」
湊は、そう、答えた。
「今、俺たちは――『あの、大きな町』と、呼ばれている。だが、それは――他人が、そう呼んでいるだけだ」
湊は、そう、続けた。
「自分たちで、名前を、決める。それが――一つ」
「もう一つは?」
「約束を、する立場に、なるということだ」
湊は、そう、答えた。
「今も、他の集落と、取り決めを、結んでいる。だが――それは、あくまで、この町の、取り決めだ」
湊は、そう、続けた。
「国として、約束すれば――それは、この地に生きる、すべての人の、約束になる」
湊は、そう、続けた。
「そして――その約束は、俺たちが、いなくなった後も、残る」
この説明に、会議の場は、深い、静けさに、包まれた。
「それは――重いですね」
ロタが、そう、つぶやいた。
「そうだ」
湊は、そう、答えてから、続けた。
「だから――軽々しくは、決められない」
---
この議論の末、一つの結論が、示された。
国として、名乗るかどうか。それを――全住民の投票に、諮る。
この投票に先立ち、湊は、町の人々に向けて、映像を通じて、直接、語りかけることにした。
これは――あの、教育用の映像装置が、初めて、こうした形で、使われる機会だった。
「皆さんに、決めていただきたいことが、あります」
湊は、そう、語り始めた。
「この地を――国と、名乗るかどうか、です」
湊は、そう、続けた。
「国になれば――良いことも、あります。他の国と、対等に、約束を、結べます。それに――名前を、持てます」
湊は、静かに、続けた。
「ですが――重い責任も、負います」
湊は、そう、告げた。
「国は――ここに生きる、すべての人を、守らなければ、なりません。そして――その約束は、私たちが、いなくなった後も、残ります」
湊は、そう言って、しばらく、沈黙した。
「私は――皆さんが、どちらを、選んでも。それを、正しいと、思います」
湊は、そう、静かに、告げた。
「どうか――よく、考えて、決めてください」
---
投票の日。
これまでで、最も、多くの人々が、投票所に、訪れた。
結果は――圧倒的多数の、賛成だった。
この日、この地は――初めて、国として、名乗ることに、なった。
だが、名前を、決めるのには、さらに、時間が、かかった。
議会では、いくつもの、案が、示された。
「湊さんの名を、冠しては、どうでしょう」
そう、提案する者も、いた。
だが、湊は、これを、強く、拒んだ。
「それだけは――やめてほしい」
湊は、そう、答えた。
「なぜ、ですか」
「国は――一人のものでは、ないからだ」
湊は、そう、答えてから、続けた。
「俺の名を、付ければ――この国は、俺のものだと、思われる。それは――絶対に、避けたい」
この言葉に、議会は、深く、納得した。
最終的に、決まった名は――極めて、素朴なものだった。
「ナガレ」
この地を、流れる川の名。かつて、湊が、この世界に落とされた日、最初に、たどり着いた、あの川の名だった。
「なぜ、この名を?」
湊が、そう、尋ねると、提案した若い代表は、こう、答えた。
「この川がなければ――この地に、人は、住めませんでした」
その若者は、そう、答えてから、続けた。
「それに――川は、流れ続けます。止まりません」
湊は、この答えに、深く、感銘を、受けた。
「いい名だ」
湊は、そう、静かに、答えた。
---
この日の会議の後、湊は、記録帳に、この日の出来事を、丁寧に、書き記した。
『石礫地の開墾が、順調。すでに、農地の二割にあたる広さを、確保』
『三つの集落から、併合の申し出。うち、内紛のある一つは、受け入れを拒否し、仲介を提案』
『二つの集落の併合を、決定』
『国として名乗るかどうかを、全住民投票に付し、圧倒的多数で、承認』
『国名は「ナガレ」。この地を流れる川の名。川は、流れ続け、止まらないから』
『私の名を冠する案は、強く拒んだ。国は、一人のものではない』
夕暮れ、湊は、川辺に、立っていた。
かつて、この川で、骨の針を使って、初めての魚を、釣った。
あれから――三十二年。
湊は、しばらくの間、静かに、その流れを、見つめていた。
湊は、四十六歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、三十二年四ヶ月ほどが、過ぎていた。
---
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第117話 時点 文明発展状況】
湊46歳/漂着後 32年4ヶ月
人口:667人+併合二集落(約140名)=約807人
国名:ナガレ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 開墾が順調。農地が二割拡大
03 畜産・動物 ★★★★☆ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 養殖拡大が順調。発酵残飯の餌も成功
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 継続中
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★☆ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 継続中
13 科学・技術 ★★★★★ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 継続中
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 国家として「ナガレ」を建国。全住民投票により決定
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 二集落を併合。内紛のある集落には、仲介を提案
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 「国は一人のものではない」という理念を、建国の原則に
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次話への持ち越し】新併合地の統合、内紛集落の仲介、国としての体制整備――これらは、次話以降で確認される
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




