第103話「海を、渡る器」
前回の会議から、ちょうど、ひと月が過ぎていた。湊は、四十五歳のままだった。
この間、村には、七人が加わっていた。うち、五人が、この村で生まれた赤ん坊だった。人口は、四百七人になっていた。
---
この日の会議は、まず、前回の課題の、確認から、始まった。
**有人飛行の試験――宗**
「父上、ご報告します」
宗は、そう、切り出した。
「これまでの装置を、二倍ほどの大きさに、してみました」
「結果は?」
「飛びました。ですが――」
宗は、そう言って、少し、表情を、曇らせた。
「安定しません。少しの風で、大きく、傾いてしまいます」
湊は、この報告に、深く、頷いた。
「大きくすれば、それだけ、風を、受けるからな」
「はい。それに――重くなった分、翼の付け根に、大きな力が、かかります。二度、折れました」
湊は、この報告を、深く、受け止めた。
「宗、それは――もし、人が、乗っていたら」
「わかっています」
宗は、そう、静かに、答えた。
「だから、まだ、乗りません」
湊は、この言葉に、深く、安堵した。
「焦るな。それが、いちばん、大事だ」
---
**空からの地図作成――宗、ガル**
「地図のほうは、順調です」
宗は、そう、報告した。
「村の周り、およそ、半日で歩ける範囲までは、写し終えました」
ガルが、続けて、報告した。
「湊、これは……予想以上だ」
「どうだった?」
「恐竜の通り道が――はっきり、見えた」
ガルは、そう言って、一枚の、大きな図を、机の上に、広げた。
そこには、空から写した写真をもとに、描かれた、地図が、あった。そして――その上に、いくつもの、赤い線が、引かれていた。
「これが、通り道だ」
ガルは、そう、説明した。
「これまで、俺たちは――なんとなく、危ない場所を、知っていた。だが、こうして、見ると……」
ガルは、そう言って、しばらく、沈黙した。
「危ない場所は、俺たちが、思っていたのと、少し、違っていた」
湊は、この報告に、深く、興味を、示した。
「どう、違った?」
「これまで、安全だと思っていた道が――実は、通り道の、すぐそばだった」
ガルは、そう、答えた。
「逆に――危ないと思っていた場所が、実は、群れが、めったに、通らない場所だった」
湊は、この報告を、深く、噛み締めていた。
「なるほど。目で見るのと、空から見るのとでは……まるで、違うということだな」
この地図をもとに、村では、村外の道の配置が、大幅に、見直されることになった。
---
**虫除けの散布――ミオ**
「空からの散布ですが、うまく、いっています」
ミオは、そう、報告した。
「効果は?」
「はっきり、出ています。散布した畑と、していない畑で――虫の被害が、大きく、違いました」
「よかった」
「ただ――一つ、気になることが」
「なんだ?」
「風の強い日に、まいてしまった時――隣の畑まで、届いてしまいました」
湊は、この報告に、深く、注意を、向けた。
「害は、なかったか」
「今回のものは、穏やかなものですから――害は、ありませんでした。ですが」
「そうだな」
湊は、そう、答えてから、続けた。
「決まりを、作ろう。風の強い日には、まかない」
---
**東の農地の放送局――ケイ**
「稼働を、始めました」
ケイは、そう、報告した。
「あちらでも、喜ばれています。特に――天気の知らせが、役立っているようです」
---
これらの報告が、終わった後。
ナギが、この日の、最初の議題を、提起した。
「湊さん、船のことで、ご相談が、あります」
「聞かせてくれ」
「今、村の船は――いちばん、大きなもので、二十人ほどが、乗れます」
ナギは、そう、切り出した。
「そうだな」
「ですが――アガルとの、やり取りが、増えるにつれて。それでは、足りなくなってきました」
ナギは、そう、続けた。
「特に、荷物です。今は、何度も、往復しなければ、なりません」
湊は、この報告に、深く、頷いた。
「もっと、大きな船が、必要ということか」
「はい。それに――もう一つ」
「なんだ?」
「今の船では、天候が、悪い時、海に、出られません」
ナギは、そう、指摘した。
「もっと、大きく、頑丈な船なら――多少の荒れなら、渡れるはずです」
湊は、この指摘を、深く、受け止めた。
「なるほど。それは、大きな問題だな」
湊は、そう、答えてから、しばらく、考えを、巡らせた。
「どれくらいの、大きさが、必要だと思う?」
「今の、五倍ほど。百人が、乗れて――荷物も、たくさん、積めるもの」
この提案に、会議の場が、ざわめいた。
「五倍、ですか」
ドウが、そう、驚いた様子で、尋ねた。
「はい」
湊は、しばらく、考え込んだ。
「レン、作れると思うか?」
湊の問いに、レンは、しばらく、思案してから、答えた。
「難しいですが……不可能では、ないと思います」
「何が、難しい?」
「大きくなるほど――船体に、かかる力が、大きくなります。木材だけでは、耐えられないかもしれません」
レンは、そう、答えてから、続けた。
「ですが――今なら、鋼が、あります」
湊は、この言葉に、深く、頷いた。
「鋼で、骨組みを、作るということか」
「はい。それに――外側も、鋼の板で、覆えば」
この構想に、湊は、しばらく、沈黙した。
「レン、一つ、聞きたい」
「なんでしょう」
「鋼で、覆った船は――沈まないのか」
この、率直な問いに、レンは、少し、戸惑いを、見せた。
「といいますと」
「鋼は、水に、沈む。木は、浮く」
湊は、そう、指摘した。
「なら――鋼で、覆った船は、沈むんじゃないか」
この問いに、会議の場が、しばらく、静まり返った。
やがて、探究の舎から来ていた、若い研究者の一人が、口を開いた。
「湊さん、それは――違うと思います」
「なぜ、そう思う?」
「大事なのは、材料が、沈むかどうかでは、ありません」
その若者は、そう、答えた。
「船全体の重さと――船が、押しのける水の重さ。その、比べ合いです」
湊は、この答えに、深く、感心した。
「よく、わかっているな」
「探究の舎で、水に浮くものについて、調べていました」
その若者は、そう、答えてから、続けた。
「中が、空洞なら――鋼で、覆っても、十分に、浮くはずです」
湊は、この答えに、深い、満足を、覚えていた。
――自分が、教えたことではない。この村の若者が、自分で、探り当てたことだ。
「わかった。では、進めよう」
湊は、そう、決断した。
この、大型船の建造は、村にとって、これまでで、最も、大規模な事業と、なることが、予想された。
このため、その資金は、鉄道の時と同様に、多くの出資者を、募る形で、集められることになった。
---
この日の会議では、さらに、もう一つの、重要な議題が、扱われた。
「鉄道のことだ」
湊は、そう、切り出した。
「河口まで、繋がるのは、あと、ふた月ほどだな」
「はい」
ドウが、そう、答えた。
「その先を、どうするか。前に、話が、出たと思うが」
湊は、そう、続けた。
「あの時は――まだ、早いと言った。だが、今、改めて、考えてみたい」
この議論には、多くの意見が、出された。
「東への延伸は、確かに、魅力的です。ですが――海を、越えなければ、なりません」
ドウは、そう、指摘した。
「なら、まず、こちら側の、陸地を、繋ぐのは、どうだろう」
湊は、そう、提案した。
「こちら側、というと」
「北だ」
湊は、そう言って、地図を、指し示した。
「北には、いくつか、小さな集落が、ある。そこまで、繋げないだろうか」
この提案に、ナギが、答えた。
「それは……大きな意味が、あると思います」
「なぜだ?」
「あの辺りの集落は、今、村との、行き来が、ほとんど、ありません。もし、鉄道が、繋がれば――」
ナギは、そう、続けた。
「交易も、人の行き来も、大きく、変わるはずです」
この構想は、その場で、承認された。
河口までの工事が、完了した後、次は、北への延伸に、着手することが、決定された。
---
さらに、この日の会議では、外交についても、大きな進展が、報告された。
「湊さん、アガルから、正式な返答が、来ました」
ナギは、そう、報告した。
「多国間の場について?」
「はい。条件付きで――参加するとのことです」
「条件とは?」
「その場で、決めたことは――それぞれの国の、決まりに、優先しないこと」
湊は、この条件を、しばらく、考え込んだ。
「なるほど。それは、当然の要求だな」
「はい。私も、そう、考えています」
「なら、受けよう」
湊は、そう、答えた。
「この場は――命令する場では、ない。話し合う場だ」
こうして、この地域で、初めての、多国間の協議の場が、ついに、実現に向けて、動き出すことになった。
最初の会合は、半年後。この村で、開かれることが、決定された。
---
この日の会議の後、湊は、各分野の状況を、いつものように、確かめていった。
**医療――シラ**:血液の第二の分類について、研究継続中。外科手術、累計二十三例。
**工業――レン**:通信装置の置き換え、七割が完了。
**経済――トウ**:輪の流通量、千四百枚。権利市、安定。
**教育――ケイ**:探究の舎、在籍五十二名。
**治安――ロタ**:この、ひと月で、揉め事、四件。
湊は、記録帳に、この日の出来事を、丁寧に、書き記した。
『有人飛行の試験機、二度、翼が折れる。人を乗せる段階には、まだ遠い』
『空からの地図が完成。恐竜の通り道が、これまでの認識と、大きく異なることが判明。村外の道を、大幅に見直す』
『空からの虫除け散布は、明確な効果。ただし、強風時の散布を、禁止した』
『百人乗りの大型船の建造を決定。鋼の骨組みと外装を採用』
『鋼が沈むのに、鋼の船が浮く理由を、探究の舎の若者が、正確に説明した。私が教えたことではない』
『鉄道の、北方への延伸を決定』
『アガルが、多国間の場に、条件付きで参加を表明。半年後、この村で、初회合』
夕暮れ、湊は、河口の方角を、見つめていた。
湊は、四十五歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、三十一年二ヶ月ほどが、過ぎていた。
---
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【第103話 時点 文明発展状況】
湊45歳/漂着後 31年2ヶ月
人口:407人(うち、この期の新生児5名)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
01 生存・サバイバル ★★★★★ 恐竜の通り道が判明、村外の道を再設計
02 食料・農業 ★★★★★ 空からの虫除け散布が、明確な効果
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 外科手術、累計23例。血液の第二分類を研究中
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 河口延伸まで二ヶ月。北方への延伸を決定
10 火・エネルギー ★★★★★ 継続中
11 鉱業・金属 ★★★★★ 継続中
12 製造・工業 ★★★★★ 大型船の建造に着手。通信装置の半導体化、七割完了
13 科学・技術 ★★★★★ 浮力の原理を、村の若者が独自に解明
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 探究の舎、在籍52名
16 経済・商業 ★★★★★ 輪の流通量1400枚。大型船建造への出資を募集
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 継続中
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 多国間協議の場が、半年後に実現へ。東西の放送局が稼働
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 空からの調査により、警戒体制が根本的に改善
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 継続中
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次話への持ち越し】大型船の建造、有人飛行の改良、北方鉄道の着工、多国間協議の準備――これらは、次話以降で確認される
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




