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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第三部 文明の礎

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102/112

第100話「小さきものの、時代」

 前回の会議から、ちょうど、ひと月が過ぎていた。湊は、四十四歳のままだった。


 この間、村には、七人が加わっていた。うち、五人が、この村で生まれた赤ん坊だった。人口は、三百八十六人になっていた。


 この日の朝、湊は、いつもより早く、議事堂に、着いていた。


 窓の外は、まだ、薄明るい程度だった。湊は、しばらくの間、静かに、村の景色を、眺めていた。


 ――もう、百回近く、この会議を、続けてきたのか。


 湊は、そう、心の中で、つぶやいた。


 やがて、一人、また一人と、会議の参加者が、集まってきた。


---


「では、始めよう」


 湊が、そう、切り出すと、まず、レンが、報告を、始めた。


「湊さん、高純度の砂石を、使った、新しい三線石について、ご報告します」


 レンは、そう言って、小さな、木箱を、机の上に、置いた。


 その蓋を、開けると――中には、爪の先ほどの、小さな部品が、いくつも、整然と、並んでいた。


「これは……」


「以前のものと、比べてみてください」


 レンは、そう言って、隣に、古い部品を、並べた。


 古いものは、指先ほどの、大きさだった。だが、新しいものは――その、四分の一ほどしか、ない。


「小さくなっただけでは、ありません」


 レンは、そう、続けた。


「壊れにくくなりました。それに――同じものを、確実に、作れます」


「どれくらいの、確かさで?」


「百個作って、九十五個以上が、使えます」


 湊は、この報告に、深く、頷いた。


「それは……もう、実用と、言っていいな」


「はい。私も、そう、考えています」


 この報告を受けて、会議では、この新しい部品を、村の様々な装置に、本格的に、導入していくことが、決定された。


「まず、どこから、始めるべきだと思う?」


 湊の問いに、レンは、しばらく、考えてから、答えた。


「通信の装置からだと、思います」


「なぜだ?」


「今、村の通信は、まだ、多くが、真空管に、頼っています。これを、置き換えれば――装置が、小さくなり、壊れにくくなり、しかも、電気の消費も、減ります」


 湊は、この判断に、深く、同意した。


「それが、いい」


 この決定を受け、村では、電話、電信、そして、放送の装置が、順次、新しい部品へと、置き換えられていくことになった。


---


 続いて、シラが、報告を、始めた。


「湊さん、医療について、ご報告することが、いくつか、あります」


「聞かせてくれ」


「まず――外科の手術ですが、この、ひと月で、さらに、四例、行いました。すべて、回復しています」


「よかった」


「それから――一つ、大きな進展が、ありました」


 シラは、そう言って、少し、興奮した様子を、見せた。


「なんだ?」


「血を、分けられるように、なったかもしれません」


 湊は、この報告に、深く、身を、乗り出した。


「どういうことだ?」


「手術の時、いちばん、恐ろしいのは――血が、足りなくなることです」


 シラは、そう、説明した。


「これまで、それは、どうすることも、できませんでした。ですが――もし、他の人から、血を、分けてもらえたら」


 湊は、この構想に、しばらく、沈黙した。


 湊自身、輸血という技術について、朧げな記憶を、持っていた。だが――その記憶には、極めて、重要な警告も、含まれていた。


「シラ、それは……極めて、危険だ」


「といいますと」


「人の血には――いくつかの、種類がある」


 湊は、そう、告げた。


「合わない血を、入れると――かえって、命を、落とすことになる」


 シラは、この言葉に、深く、驚いた表情を、見せた。


「種類が、あるのですか」


「あるはずだ。ただ――どうやって、見分けるのかは、俺にも、わからない」


 湊は、正直に、そう、答えてから、続けた。


「ただ、一つ、覚えていることがある。血と血を、混ぜてみると――合わないものは、固まるらしい」


 シラは、この助言を、丁寧に、書き留めていった。


「では――まず、それを、確かめてみます」


「頼む。だが――絶対に、人には、使わないでくれ。確かな、見分け方が、わかるまでは」


「わかりました」


 この研究は、その日から、極めて、慎重に、始められることになった。


 シラは、続けて、もう一つの、報告を、行った。


「それから――手術に使う、道具のことです」


「どうした?」


「今の道具は、金属で、できています。ですが――熱で、消毒すると、次第に、傷んでしまいます」


 シラは、そう、説明した。


「それに、細かい作業には――もっと、細くて、しなやかな道具が、欲しいのです」


 この報告を聞いて、レンが、口を開いた。


「シラさん、それなら――あの、新しい素材が、使えるかもしれません」


「新しい素材?」


「はい。サギさんが、見つけた、あの、白い素材です。軽くて、錆びません」


 シラは、この提案に、深く、興味を、示した。


「熱には、耐えられるのでしょうか」


「そこは……確かめてみないと、わかりません」


 この課題も、その日から、研究が、始められることになった。


---


 こうした、大きな報告の後、湊は、いつものように、各分野の状況を、確かめていった。


 **農業――ミオ**


「川向こうの干拓ですが、ひと月ほど、早く、完成しそうです」


 ミオは、そう、報告した。


「これで、農地が、およそ、四割、増えます」


「それは、大きいな」


「はい。ですが――問題も、あります」


「なんだ?」


「新しい土地は、まだ、土が、痩せています。すぐには、多くの収穫は、望めません」


 湊は、この報告に、深く、頷いた。


「なら、最初の数年は、土を、育てることに、専念しよう」


「はい。豆から、始めようと、考えています」


---


 **土木――ドウ**


「鉄道の工事ですが、あと、四ヶ月ほどで、繋がる見込みです」


 ドウは、そう、報告した。


「順調だな」


「はい。それから――一つ、ご相談が」


「なんだ?」


「河口まで、繋がった後――その先を、どうすべきかと」


 湊は、この問いに、しばらく、考えを、巡らせた。


「その先、というと?」


「東です。アガルの方角へ」


 この提案に、会議の場が、ざわめいた。


「それは……随分と、遠いな」


「はい。海も、越えなければ、なりません」


 ドウは、そう、答えてから、続けた。


「ですが――もし、繋がれば」


 湊は、この構想の、途方もない規模に、深く、考え込んだ。


「今は、まだ、早いかもしれない」


 湊は、そう、答えた。


「だが――いつか、必ず、そういう日が、来る。今のうちから、考えておくのは、悪くない」


---


 **経済――トウ**


「輪の流通ですが、大きな問題は、ありません」


 トウは、そう、報告した。


「ただ――一つ、気になることが」


「なんだ?」


「権利市で、値の動きが、少し、激しくなっています」


 湊は、この報告に、深く、注意を、向けた。


「原因は?」


「鉄道です。完成が、近づいているという話が、広まって――鉄道会社の権利を、買いたいという者が、急に、増えました」


 湊は、この報告に、深く、考え込んだ。


「トウ、これは――注意深く、見ておく必要がある」


「はい」


「もし、値が、あまりに、急に上がるようなら――以前、決めた通り、取引を、いったん、止めてくれ」


「わかりました」


---


 **外交――ナギ**


「多国間の場ですが、四つ目の集落から、前向きな返事が、来ました」


「それは、いい報せだ」


「はい。ただ――アガルが、少し、慎重です」


「どういうことだ?」


「多くの集落が、対等な立場で、集まる。それは――アガルにとって、自らの立場が、相対的に、下がることを、意味します」


 湊は、この指摘に、深く、頷いた。


「なるほど。それは、確かに、そうだ」


 湊は、しばらく、考えを、巡らせた。


「ナギ、こう、伝えてくれないか」


「なんでしょう」


「この場は――誰かが、上に立つための場では、ない。互いに、困った時に、助け合うための場だと」


 ナギは、この言葉を、深く、頷きながら、書き留めていった。


---


 **教育――ケイ**


「探究の舎ですが、在籍が、四十一名になりました」


 ケイは、そう、報告した。


「増えているな」


「はい。それに――面白いことが、起きています」


「なんだ?」


「学ぶ者たちが、自分たちで、集まって、議論を、始めるようになりました」


 ケイは、そう、続けた。


「講師が、いなくても。夜遅くまで、あれこれと、話し合っています」


 湊は、この報告に、深い、喜びを、覚えていた。


「それは……何より、いいことだ」


---


 すべての報告が、終わった後。


 湊は、しばらくの間、沈黙していた。


「みんな」


 やがて、湊は、静かに、口を開いた。


「今日で――この会議は、ちょうど、百回目になる」


 この言葉に、会議の場が、ざわめいた。


「もう、そんなに、なりますか」


 ケイが、そう、つぶやいた。


「ああ」


 湊は、そう、答えてから、続けた。


「最初の頃、俺は――毎朝、みんなに、俺の知っていることを、話していた」


 湊は、静かに、続けた。


「でも、今は、違う。みんなが、俺の知らないことを、持ってくる」


 湊は、そう言って、しばらく、沈黙した。


「これが――いちばん、望んでいたことだ」


 この言葉に、会議の場は、静かな、感慨に、包まれた。


 湊は、記録帳に、この日の出来事を、丁寧に、書き記した。


『高純度砂石による、新しい三線石が、実用段階に到達。歩留まりは、九割五分以上』

『通信装置から、順次、真空管を置き換えていくことを決定』

『シラが、輸血の可能性を提起。血に種類があること、混ぜると固まるという手がかりを伝えた。人への使用は、確かな見分け方が判明するまで、厳禁とした』

『手術道具への、新素材の応用を検討開始』

『干拓が、予定より早く完成の見込み。ただし、土が痩せているため、数年は、土を育てることに専念』

『鉄道の、さらに東への延伸が、構想として浮上』

『権利市で、鉄道会社の権利の値動きが、活発化。注意深い監視が必要』

『多国間の場に、四つ目の集落が前向き。ただし、アガルは慎重』

『探究の舎で、学ぶ者たちが、自主的な議論を始めている』

『今日で、この会議は、百回目。最初は、私が話していた。今は、みんなが、持ってくる』


 夕暮れ、湊は、書庫の窓から、村を、見つめていた。


 湊は、四十四歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、三十年十一ヶ月ほどが、過ぎていた。


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【第100話 時点 文明発展状況】

湊44歳/漂着後 30年11ヶ月

人口:386人(うち、この期の新生児5名)

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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中

02 食料・農業    ★★★★★ 干拓完成間近。農地が四割増加の見込み

03 畜産・動物    ★★★★★ 継続中

04 漁業・水産    ★★★★★ 継続中

05 狩猟・採集    ★★★★★ 継続中

06 水・衛生     ★★★★★ 継続中

07 医療・薬学    ★★★★★ 輸血の研究に着手。外科手術は、累計16例中15例が回復

08 住居・建築    ★★★★★ 継続中

09 土木・インフラ  ★★★★★ 鉄道の河口延伸まで、あと四ヶ月。さらに東への延伸を構想

10 火・エネルギー  ★★★★★ 継続中

11 鉱業・金属    ★★★★★ 継続中

12 製造・工業    ★★★★★ 新型三線石が実用段階に。歩留まり九割五分以上

13 科学・技術    ★★★★★ 半導体が、量産可能な水準に到達

14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中

15 教育・研究    ★★★★★ 探究の舎、在籍41名。自主的な議論が活発化

16 経済・商業    ★★★★★ 権利市で、鉄道会社株の値動きが活発化。監視強化

17 政治・法律・行政 ★★★★★ 継続中

18 外交・交通・情報 ★★★★★ 多国間の場に、四集落が前向き。アガルは慎重姿勢

19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 継続中

20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 毎朝の会議が、百回目を迎える

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【次話への持ち越し】輸血の血液型判別、手術道具への新素材応用、通信装置の半導体化、権利市の動向――これらは、次話以降で確認される

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