第98話「砂と、油から」
電光掲示板が村の各所に設置されてから、まだ、半月ほどしか、経っていなかった。湊は、四十四歳のままだった。
この間、村には、五人が加わっていた。うち、三人が、この村で生まれた赤ん坊だった。人口は、三百七十三人になっていた。
ある朝の会議で、レンが、これまでにない、緊張した面持ちで、報告を、始めた。
「湊さん、皆さん。少し、長くなりますが……聞いていただきたいことが、あります」
会議の場が、静まり返った。
「聞かせてくれ」
湊が、そう、促すと、レンは、机の上に、いくつもの、小さな試料を、並べた。
「この半年ほど、私は、あの砂石について、ずっと、調べてきました」
レンは、そう、切り出した。
「そして――ようやく、はっきりと、わかったことが、あります」
「なんだ?」
「これまで、私たちは、この物質を、ただ『砂から取れるもの』と、呼んできました。ですが――これは、一つの、独立した、はっきりとした性質を持つ物質です」
レンは、そう言って、続けた。
「そして、その性質は――純度によって、まったく、変わります」
湊は、この報告に、身を、乗り出した。
「どういうことだ?」
「不純物が、少しでも、混じっていると――電気の流れ方が、まったく、安定しません。ですが、極限まで、純度を、高めると――」
レンは、そう言って、一つの、小さな結晶を、取り出した。
「こうなります」
その結晶は、これまでの、黒っぽい塊とは、まったく、異なっていた。銀灰色に、静かに、輝いている。
湊は、その結晶を、手に取り、しばらくの間、じっと、見つめていた。
「これは……」
「純度を、極めた、砂石です」
レンは、そう、答えてから、続けた。
「これに、ごく微量の物質を、極めて、正確な量だけ、混ぜると――狙った通りの、性質を、持たせられます」
湊は、この報告の、重要性を、直感的に、理解していた。
これまで、村の半導体技術は、あくまで、偶然と、経験則に、依存していた。うまくいくものと、いかないものが、あった。だが――
「つまり、狙って、作れるということか」
「はい。ようやく――そこに、たどり着きました」
会議の場に、しばらく、沈黙が、流れた。
「レン」
湊は、静かに、そう、呼びかけた。
「これは……村の技術を、根本から、変える発見だ」
この日の会議は、その後、この発見が、何を、可能にするかという議論に、費やされることになった。
まず、レンが、示したのは、これまでの「三線石」の、飛躍的な性能向上だった。
「純度が、上がれば――もっと、小さく、もっと、確実に、作れます」
次に、イワが、指摘したのは、光印刷との、組み合わせだった。
「今の光印刷では、髪の毛ほどの太さの模様まで、写せます。ですが――もっと、細かくできるかもしれません」
「どうやって?」
湊の問いに、イワは、しばらく、考えてから、答えた。
「光を、絞るのです。今は、そのまま、当てています。でも――レンズを、使えば」
この提案に、湊は、深く、頷いた。
「なるほど。それは、面白い」
この日の会議で、二つの方針が、決定された。
一つ。純度の高い砂石の、安定した生産体制を、確立する。
二つ。光印刷を、より、細かい模様が写せるよう、改良する。
この二つの取り組みは、その日から、直ちに、始められることになった。
この、半導体をめぐる大きな進展と並行して、村では、もう一つの、重要な発見が、報告されていた。
石油の、精製に関するものだった。
この報告を、行ったのは、探究の舎で、化学の研究に、取り組んでいた、若い研究者――かつて、ヤズの集落から来た留学生の一人、サギという男だった。
「湊さん、面白いことに、気づきました」
「聞かせてくれ」
「私たちは、あの黒い液体を、熱して、蒸気を、冷やすことで、燃料を、取り出しています」
「そうだな」
「ですが――その時、取り出されずに、残るものが、あります」
サギは、そう言って、粘り気のある、黒い塊を、机の上に、置いた。
「これまで、これは、ただの、残りかすとして、捨てていました」
「なるほど」
「ですが――これを、さらに、別の方法で、扱うと……様々なものが、取れることが、わかりました」
サギは、そう言って、いくつもの、小さな容器を、並べていった。
その中には、透明な液体もあれば、粘性の高いものも、そして――白っぽい、固形の物質も、あった。
「これは、何だ?」
湊は、その、白っぽい物質を、手に取った。
軽い。そして――柔らかい。だが、確かに、形を、保っている。
「まだ、名前が、ありません」
サギは、そう、答えた。
「熱すると、柔らかくなって、自由に、形を、変えられます。そして、冷めると――そのまま、固まります」
湊は、この報告に、深く、驚いた。
――樹脂だ。石油から作る、あの、樹脂。
「サギ、これは……大変な発見かもしれない」
湊は、そう、静かに、告げた。
「といいますと」
「これが、思った通りのものなら――金属でも、木でも、陶器でもない、まったく新しい素材になる」
湊は、そう、続けた。
「軽くて、錆びなくて、水を通さない。しかも、型に入れれば、どんな形にも、できる」
この報告に、会議の場が、大きく、ざわめいた。
「それは……あらゆるものに、使えるということですか」
ドウが、そう、尋ねた。
「たぶん、そうだ」
湊は、そう、答えてから、しかし、続けた。
「だが――一つ、警告しておく必要がある」
湊の、この、急に厳しくなった声に、一同は、緊張した。
「なんでしょう」
「これは、たぶん――土に、還らない」
湊は、そう、静かに、告げた。
「捨てても、いつまでも、そのままの形で、残り続ける。長い年月をかけて、少しずつ、砕けていくが……決して、消えはしない」
この言葉に、会議の場は、しばらく、沈黙に、包まれた。
「では――使うべきでは、ないのでしょうか」
サギが、そう、尋ねた。
湊は、しばらく、考えを、巡らせた。
「いや。使うべきだと思う」
湊は、そう、答えてから、続けた。
「これは、確かに、多くのことを、楽にする。だが――最初から、決まりを、作っておくべきだ」
湊は、そう言って、紙に、書き始めた。
「一つ。この素材で作ったものは、必ず、回収する仕組みを、同時に、作る」
「二つ。回収したものは、もう一度、溶かして、使う」
「三つ。使い捨てにするようなものには、極力、使わない」
この方針は、その場で、承認された。
湊は、この決定を、深く、重要なものと、考えていた。
湊自身、かつての世界で、この素材が、どれほどの問題を、引き起こしていたかを、朧げに、記憶していた。
「同じ過ちを、繰り返す必要は、ない」
湊は、そう、静かに、つぶやいた。
この、二つの大きな発見――純度の高い半導体と、石油からの新素材。
湊は、この日の会議の終わりに、こう、締めくくった。
「今日、俺たちは、二つの、大きな扉の前に、立った」
湊は、静かに、そう、語った。
「どちらも――これから先、この村を、大きく、変えていくはずだ」
湊は、そう言ってから、続けた。
「だが、忘れないでほしい。新しい力は、必ず、新しい責任を、伴う」
この言葉に、一同は、深く、頷いた。
会議の後、湊は、一人、書庫に、戻っていた。
机の上には、あの、純度の高い砂石の結晶と、白っぽい、新しい素材が、並べて、置かれていた。
湊は、しばらくの間、その二つを、じっと、見つめていた。
――ここから先は、俺の知らない領域だ。
湊は、そう、心の中で、つぶやいた。
これまで、湊は、自分の記憶を、頼りに、この村の発展を、導いてきた。だが、この二つの発見については――湊自身、その先に、何が、待っているのか、ほとんど、わかっていなかった。
半導体の純度が、極まった時。細かい模様が、さらに、写せるようになった時。
その先に、何が、生まれるのか。
湊は、しばらくの間、その未知の可能性を、静かに、思い描いていた。
湊は、記録帳に、この日の出来事を、丁寧に、書き記した。
『レンが、砂石の高純度精製に成功。狙った性質を、正確に、持たせられるようになった』
『イワが、光印刷に、レンズを用いることで、さらに細かい模様を写せる可能性を、提案』
『サギが、石油の残渣から、新しい素材を発見。軽く、錆びず、自由に形を変えられる』
『この新素材について、土に還らないという性質を、事前に警告。回収と再利用を、最初から、義務づけた』
『今日、二つの扉の前に、立った。その先に何があるのか――私にも、わからない』
夕暮れ、湊は、書庫の窓から、村を、見つめていた。
湊は、四十四歳のまま、この日を終えた。この世界に来てから、三十年九ヶ月ほどが、過ぎていた。
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【第98話 時点 文明発展状況】
湊44歳/漂着後 30年9ヶ月
人口:373人(うち、この期の新生児3名)
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★★ 継続中
03 畜産・動物 ★★★★★ 継続中
04 漁業・水産 ★★★★★ 継続中
05 狩猟・採集 ★★★★★ 継続中
06 水・衛生 ★★★★★ 継続中
07 医療・薬学 ★★★★★ 継続中
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★★ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★★ 石油の残渣から、新たな用途を発見
11 鉱業・金属 ★★★★★ 砂石の高純度精製に成功
12 製造・工業 ★★★★★ 新素材(樹脂)の発見。回収・再利用を義務づけ
13 科学・技術 ★★★★★ 半導体の性質を、狙って制御できる段階に到達
14 言語・文字・出版 ★★★★★ 継続中
15 教育・研究 ★★★★★ 探究の舎から、村の根幹を変える発見が生まれた
16 経済・商業 ★★★★★ 継続中
17 政治・法律・行政 ★★★★★ 新素材の環境負荷を見越し、事前に規制を策定
18 外交・交通・情報 ★★★★★ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★★ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★★ 「新しい力は、新しい責任を伴う」という理念を、改めて確認
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【次話への持ち越し】高純度砂石の生産体制、光印刷の微細化、新素材の実用化――これらの結果は、次話で確認される
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