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第5話 終わらない言い訳

第5話 終わらない言い訳


 その夜。


 アルフレッドは藁の寝台に仰向けになっていた。


 全身が痛い。


 腕が痛い。


 肩が痛い。


 腰も痛い。


 掃除だけでこんなになるのかと本気で驚いていた。


「ありえん……」


 天井を見上げる。


 王宮なら今頃どうしていただろう。


 柔らかい羽毛布団。


 湯気の立つ風呂。


 香油で磨かれた床。


 夕食の後には果実酒と菓子。


 当たり前だった。


 何もかも。


 それが今は藁だ。


 藁。


 藁である。


「くそっ」


 思わず声が漏れる。


 すると心のどこかで別の声が聞こえた。


 仕方なかった。


 お前は悪くない。


 そうだ。


 悪いのは環境だ。


 教育だ。


 周囲だ。


 王族として育てられたのだ。


 掃除なんて教わるはずがない。


 アルフレッドは少し安心した。


 その瞬間だった。


 昼間のガストンの顔が浮かぶ。


『はい、お疲れさまでした』


 あの一言。


 妙に腹が立つ。


「くそっ」


 寝返りを打つ。


 するとまた別の言葉が頭に浮かぶ。


 じゃあ今は誰のせいなんだ。


 アルフレッドは目を閉じた。


 考えたくなかった。


 だが勝手に考えてしまう。


 王宮にいた頃。


 会議で失敗した時もそうだった。


 部下の資料が悪かった。


 大臣の説明が悪かった。


 財務官の報告が悪かった。


 そうやって全部誰かのせいにしてきた。


 それで終わりだった。


 改善はしなかった。


 だって自分は悪くないから。


「……」


 胸が痛かった。


 認めたくない。


 認めたら苦しい。


 認めたら今までの人生が全部間違いみたいじゃないか。


 その時。


 階下から物音が聞こえた。


 ガタガタ。


 ゴトン。


 アルフレッドは眉をひそめる。


 窓の外を見る。


 真夜中だった。


「何してるんだ」


 起き上がる。


 階段を降りる。


 店の奥から灯りが漏れていた。


 覗く。


 ガストンだった。


 大きな袋を運んでいる。


 額には汗。


 息も少し荒い。


「おい」


 アルフレッドが声を掛ける。


 ガストンが振り返った。


「何だ」


「こんな時間に何してる」


「荷物整理だ」


「明日にしろ」


「明日は明日の仕事がある」


 当たり前みたいに言う。


 アルフレッドは袋を見る。


 かなり重そうだった。


「誰か雇えよ」


「金があればな」


「……」


「だから自分でやる」


 ガストンは袋を持ち上げる。


 その姿は七十近い老人には見えなかった。


 アルフレッドはぼんやり眺める。


「なあ」


「何だ」


「お前、誰かのせいにしたことないのか」


 ガストンは笑った。


 珍しく笑った。


「あるぞ」


「あるのか」


「山ほどある」


 袋を下ろす。


 木箱に腰掛ける。


「昔は親が悪いと思ってた」


「……」


「次は世の中が悪いと思った」


「……」


「その次は取引先が悪いと思った」


 アルフレッドは黙って聞く。


「で?」


「何も変わらんかった」


 ガストンは即答した。


「は?」


「当たり前だ」


 鼻を鳴らす。


「相手が悪かろうが世の中が悪かろうが、俺の店は赤字だった」


「……」


「だからな」


 ガストンはアルフレッドを見る。


「正しいかどうかと、どうするかは別だ」


 アルフレッドは言葉を失った。


「誰が悪いかを百年考えても腹は膨れん」


「……」


「だが店を掃除すれば少し綺麗になる」


 妙な話だった。


 だが分かる気もした。


 ガストンは立ち上がる。


「お前は今、誰が悪いかを考えてる」


「……」


「好きなだけ考えろ」


「……」


「だが明日の朝には床を掃け」


 それだけ言って荷物を運び始めた。


 アルフレッドは黙っていた。


 心の中ではまだ言い訳が暴れている。


 父が。


 王が。


 リーゼロッテが。


 教育係が。


 大臣が。


 環境が。


 次々と名前が浮かぶ。


 終わらない。


 本当に終わらない。


 自己憐憫。


 自己正当化。


 責任転嫁。


 まるで頭の中に住み着いた魔物だった。


「くそっ」


 思わず呟く。


 するとガストンが振り返った。


「何だ」


「何でもない」


「そうか」


 ガストンは興味なさそうに戻る。


 アルフレッドは苦笑した。


 今までの人生なら。


 誰かが慰めてくれた。


 励ましてくれた。


 気を遣ってくれた。


 だがここにはいない。


 いるのはガストンだけだ。


 そしてガストンは、


 言い訳を聞いてくれない。


 だが追い出しもしない。


 それが少し不思議だった。


 アルフレッドは袋へ手を伸ばした。


「何してる」


 ガストンが聞く。


「持つ」


「持てるのか」


「知らん」


 正直に答えた。


 重い。


 ものすごく重い。


 だが持ち上がった。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 ガストンが鼻で笑う。


「下手くそだな」


「うるさい」


 アルフレッドは息を切らしながら答えた。


 終わらない。


 言い訳も。


 自己憐憫も。


 簡単には消えない。


 だが。


 その夜。


 アルフレッドは初めて気付いた。


 人生を変えるのは、


 完璧な反省でも、


 劇的な奇跡でもない。


 言い訳しながらでもいい。


 文句を言いながらでもいい。


 重い袋を一つ持ち上げることなのかもしれないと。



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