↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様の備忘録  作者: 伊丹 宝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
99/118

帰る場所を忘れた神 5

異世界相談所、静止、音がない。暖炉だけが、かすかに揺れる。パチっと火が鳴る。それだけが現実だった。窓の外には四季庭。桜、雪、若葉が同時に存在する。矛盾は、沈黙している。尊は白い本を見ていた。動かない。ただ、そこにある。


「松ちゃん」

「はい」


すぐに返事が返ってくる。尊は息を吸う吐くを、短く繰り返す。


「僕、怖いのかもしれない」


松平の瞳が揺れる。


「何がでございますか」


尊は本を見る。白と圧、存在そのもの。


「思い出すこと、全部」


一拍。その間が、尊の恐怖心を表していた。


「もし壊れるなら……」


言い切る前に、火が鳴る。松平は目を閉じ、そして開く。気持ちを落ち着かせるように。


「尊様」

「何、松ちゃん」

「過去は…あなたを壊しません。あなたを作ったものです」


長い沈黙、火だけが揺れる。尊は何も言わない。ただ、目を伏せる。



翌日、尊は白い本を開いた。さら…本を開く音が異様に大きい。松平は動かない、祈るように見ているだけ。


「松ちゃん」

「はい」

「全部思い出したら、僕は変わる?」


長い沈黙。松平は答えない。パチっと火が揺れる。


「変わるかもしれません。でも………変わりません」


尊は顔を上げる。


「何が?」


松平は微笑む。


「あなたが、誰かを大切にすること」


尊は笑う、小さく。


「そっか。なら大丈夫だね」


笑顔を浮かべるが、尊の声らわずかに震えていた。白い本、最後の頁。尊は指を置く。その瞬間、音が消える。暖炉、風、庭、世界…全てが無音。まるで世界か完全停止しているかのように、時間が止まる。そして、頁が光る。白い、だが眩しくない。逃げ場のない光が降りてくる。記憶ではない。“存在の復元”。さら…さら……雪ではない。意味そのもの。やがて浮かぶ。


『最初の約束』


尊の呼吸が止まり、胸が鳴る。強く、視界が割れる。雪、無音、白い世界、古い屋敷、縁側、少年。


「どうして、あなたが謝るんですか」


少年は笑う。壊れそうな笑い。


「だって僕が守れなかったから」


その瞬間、世界が止まる。雪が止まり、音が消える。尊の胸が裂ける。


「待って」


声が届かない。白に全て吸われる。その中でただ一つ、聞こえる声がある。


『あなたは悪くありません。だから、生きてください』



尊は目を開ける。息が乱れ、肩が震える。涙が落ちる。


「……」


松平がいる、すぐ側。


「尊様。大丈夫でございますか」


尊は頬に触れる。濡れている。


「泣いてた…僕」


松平は動かない、ただ見ている。尊は笑う、小さく。


「変だね。悲しいのに、優しい」


松平は目を伏せる。


「それが、あなたです」


尊は問う。


「僕、誰かを助けられなかった?」


長い沈黙。松平は答えない。ただ目を閉じる。それが答えだった。尊は息を吐く。


「そっか。だから、ずっと助けようとしてたのか」


松平の声が小さく答える。


「……はい」



四季庭の夜。風、桜、雪。いつもの光景が広がる庭に、尊は立つ。


「僕、思い出す。怖くても全部…僕の記憶だから」


松平は少し離れている。深く頭を下げる。


「ありがとうございます」


尊は振り返る。


「何が?」


松平は微笑む。


「待つ時間を、終わらせてくださったことです」


尊は少し笑う。


「松ちゃん、ずっと待ってたんだね」


松平は答える。


「はい。約束のためですから」


その瞬間、鈴の回廊から音が鳴る。


ーカランー


世界が揺れる。一拍遅れて、もう一度。


ーカランー


空気が裂ける。尊と松平は同時に振り返る。回廊の奥にある古い鈴、止まっていたはずの鈴。それが今、鳴っている。一度、さらにもう一度。それは音ではない。


“呼び戻し”


尊の胸が跳ねる。松平の瞳が揺れる。


「……来ました」


声が落ちる。回廊の奥の白い光。本ではない、記録でもない。


“存在”


そこに何かが立つ。そして世界が一瞬だけ、無音になる。次の瞬間、文字ではない光そのものが形を取る。一文字ではない。


“名”


それが空間に刻まれる。


『尊』


沈黙、完全停止。世界が息を止める。尊は息を吸い、松平は目を閉じる。長い沈黙のあと、静かに言う。


「……始まりました」


尊は白い本を見る。手が震える。


「僕の人生が?」


松平は答える。


「はい。ようやく帰還します」


鈴が鳴る。今度は確かに、世界そのものが。“尊”を思い出した音だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。