↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様の備忘録  作者: 伊丹 宝


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
77/118

ありがとうを言えなかった兄 1

四季庭では、春の桜が雪へ花びらを落とし、夏の青葉が風に揺れ、秋の紅葉が池を染め、冬の雪がそのすべてを静かに包んでいた。四季が同じ場所で重なり合う、ここだけの庭。


ーコンー

ーちりんー


鹿威しと風鈴の音を聞きながら、尊は縁側に寝転んで空を見上げていた。


「今日もいい天気だね」


誰へともなく呟く。この場所では、季節も時間も曖昧に溶け合っている。隣では松平が静かに湯を注いでいた。


「尊様、お茶が入りました」

「ありがとう、松ちゃん」


尊は起き上がり、湯呑みを受け取る。一口飲んで息をつく。


「おいしい。今日のは優しい味だね」


松平も同じ茶を口にする。それは相談者と同じものを分け合う、この場所の決まりだった。しばらく二人は庭を眺めていた。風が吹き、桜が舞う。尊はふと呟く。


「最近、懐かしいって思うことが増えたんだ」


松平が静かに問う。


「何がでございますか」

「分からないんだ」


尊は少し困ったように笑う。


「懐かしいのに、何が懐かしいのか思い出せない」


松平は穏やかに答える。


「思い出は、必要な時に訪れるものでございます」

「そういうもの?」

「はい」


尊は少し安心したように笑う。


「松ちゃんって、そういうところ安心するよね」

「ありがとうございます」


穏やかな時間が流れる。その時…


ーカランー


鈴の音が響いた。尊は自然に微笑む。


「来たね」


松平は静かに立ち上がる。


「お迎えに参ります」

「お願い」

「かしこまりました」




目を覚ました男は、夕暮れの実家にいた。畳の匂い。木の柱。縁側。庭の柿の木。風鈴が揺れている。


「…実家か」


三十代前半の男はゆっくり起き上がる。懐かしい景色だった。幼い頃、弟と遊んだ庭。母の声。


悠斗ゆうと、帰っておいで』


その記憶が自然に蘇る。縁側に立ち、庭を見る。誰もいないのに、弟が走ってきそうだった。


「…あいつ、転びながら走るんだよな」


その時、扉が叩かれる。


ーコン、コンー


「お目覚めでしょうか」


扉を開けたのは、黒髪のメイド服の少女だった。


「私は松平と申します。異世界相談所へようこそ」


男は戸惑う。


「異世界……?」

「お迎えに参りました」


不思議と、恐怖はなかった。ただ懐かしさだけがあった。


「こちらへ」


松平に導かれ、男は歩き出す。やがて庭が広がる。四季が同時に存在する不思議な場所。男は立ち止まる。


「……綺麗だな」


松平は静かに答える。


「ここは四季庭でございます。時間のない場所です」


男は小さく笑う。


「弟が見たら喜ぶだろうな」


その言葉に、胸が少しだけ痛む。松平は何も言わない。ただ歩き出す。しばらく歩くと相談室に着き、松平は慣れた手つきでノックした。


ーコン、コン、コンー


「尊様、お連れいたしました。…こちらへ」

「失礼いたします。…峰倉悠斗みねくらゆうとです」

「挨拶をありがとう。僕は、尊」


男は小さく名乗った。その声は夕暮れに溶けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。