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神様の備忘録  作者: 伊丹 宝


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7/23

龍になれなかった少年 1

【備忘録】


人は、何かを失った時に初めて、本当に大切だったものに気づくことがある。


ー尊ー


世界と世界の狭間。どの世界にも属さない場所に、一つの建物が存在していた。そこは、神々の管理にも属さない。誰にも知られていない場所。名をー…異世界相談所。そこへ訪れる者は様々だった。


遠い世界の王族、魔法を扱う者、剣を握り続けた戦士、人ではない姿を持つ者。生まれた世界も、歩んできた人生も、誰一人として同じではない。ただ一つだけ共通していることがある。その人生に、後悔を残したこと。それだけだった…。


異世界相談所には、時間が存在しない。朝も夜もない。昨日も明日もない。それでも、尊にはいつもの時間があった。縁側、湯気の立つ湯呑み。そして、四季庭を眺める時間。相談所の中心にある庭。そこには四つの季節が同時に存在していた。桜の花びらが舞う隣で、紅葉が静かに落ちている。青々とした木々の向こうには、白い雪景色。雪の中では、夏の蛍が小さな光を灯していた。

春夏秋冬、すべてが共にある。それが、この場所の日常だった。池では鯉が泳ぎ、竹林から風が抜け、風鈴が優しい音を響かせる。尊は縁側に座り、その景色を眺めていた。


「……やっぱり、ここは落ち着くなぁ」


手元には一冊の本、まだ名前のない備忘録。尊はそれを閉じる。その横に、松平という少女が立っていた。少女のような姿をした、不思議な存在。整った顔立ち、静かな瞳、感情は、あまり表に出さない。けれど、長い時間を共にしている尊には分かる。今の松平は、少しだけ呆れている。


「尊様」

「ん?」

「備忘録の執筆途中です」


尊は空を見る。


「……そうだったね」

「忘れていましたか。」

「少しだけ」


松平は沈黙する。


「尊様」

「うん?」

「少しではありません。忘れてはいけません」


尊は苦笑する。


「松ちゃんは厳しいね」

「事実です」


そう言いながらも、松平は尊の前に新しい湯呑みを置く。


「ありがとう、松ちゃん」

「どういたしまして」


二人の間に流れる時間。それは、長い年月を共に過ごした者だけが持つ静けさだった。その時、遠くから音が響いた。


ーカランー


風鈴ではない、庭の音でもない。鈴の間にある、一つの鈴。誰かの人生が終わった時だけ鳴る音。尊は静かに顔を上げた。先ほどまでの穏やかな表情が消える。相談者の人生を前にした時だけ。尊は神としてではなく。一人の聞き手になる。


「松ちゃん」

「はい」

「相談者が来たね」


松平は静かに頷いた。


「お迎えいたします。」


鈴の間、異世界相談所の入口へ続く小さな廊下。天井には、数え切れないほどの鈴が吊るされている。金色、銀色、木製、ガラス、様々な世界の音を持つ鈴。その一つだけが、まだ小さく揺れていた。受付には、小さな木製の机。壁一面には時計が並んでいる。懐中時計、柱時計、砂時計、魔法時計。しかし、どの時計も動いていない。針は止まったまま。時間を失った者たちが訪れる場所だから。松平は受付へ向かった。そこに、一人の青年が現れる。長い髪、静かな表情。けれど、その瞳には深い悲しみが残っていた。


「新しい相談者様ですね」


青年はゆっくりと目を開けた。蒼蓮ソウレンは、静かな和室で目を覚ました。最初に感じたのは、畳の香りだった。柔らかな香り、どこか懐かしい。目を開けると障子から淡い光が差し込んでいる。床の間には、一輪の花、その横には掛け軸。そこに書かれた一文字。


『静』


蒼蓮は、その文字を見つめた。知らない場所、知らない部屋。それなのに不思議と胸の奥が穏やかだった。


「……ここは」


答える声はない。それでも、不安はなかった。まるで帰る場所を見つけたような感覚だった。その時、襖が静かに開く。松平が立っていた。


「お目覚めですか」


蒼蓮は身体を起こす。


「あなたは…」

「私は松平と申します。こちらへどうぞ」


短い言葉。しかし、その声には不思議な安心感があった。蒼蓮は静かに頷く。


「分かりました」


廊下を歩く足音だけが響く。一歩、また一歩。歩くたびに、心の奥にあった緊張が少しずつほどけていく。やがて、一つの扉の前に着く。松平は静かにノックした。


ーコン、コンー


「尊様、相談者様をお連れいたしました」


中から穏やかな声が返る。


「どうぞ」


松平が扉を開く。


「失礼いたします」


蒼蓮は部屋へ入った。そこには本棚に囲まれた静かな空間。机の向こうに、一人の青年がいる。穏やかな瞳、優しい表情をする青年、尊。しかし見た目と違い、人ではない雰囲気を醸し出している。


「いらっしゃい」


その声を聞いた瞬間、蒼蓮は思った。この人なら自分の中にあるものを、すべて話せるかもしれない。蒼蓮は深く一礼する。


「人生を語ってもよろしいでしょうか」


尊は静かに頷いた。


「もちろん。話を聞くために、僕は此処にいるんだから」


その言葉を合図に。蒼蓮は、自らの人生を語り始めた。


1話ごとに気軽に読めない長さだったので、6話から分割して更新いたします。

分割にした時に続きがおかしくならないように調整、頑張ります。

まだ投稿や読みやすい長さが分からず試行錯誤していますが、よろしくお願いいたします。

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