9話 改めて交わされた約束、夕刻の怪しい影
私は一つずつテオドア様に説明をした。
ジェイコブとの騒動で、死に戻るようになったこと。
死ぬことが確定する直前に戻ること。
そして、先ほども何者かに、王宮で殺されたことを。
「信じられないですよね。このような話……」
自分自身でさえ信じられないような、かなり無理がある能力だ。
悪女の私がこんな夢想話をし始めたら、きっと社交界の誰もが頭がおかしくなったと思うだろう。
だけれども、彼なら、もしかしたら信じてくれるかもしれない。
わずかな望みをかけて、私は身を震わせながらテオドア様に視線を向ける。
「王宮で私達と会った後に殺されたのか……。すまない、君に迫る危機に気づけなかった」
「え……?」
「私がいれば、きっとシャーロット嬢を守ることができた。……怖かっただろう。今まで一人で頑張り続けていたのだな」
テオドア様の労わるような優しい言葉に、堰き止めていた恐怖が込み上げてくる。
涙が一筋、また一筋と頬を伝って落ちていく。
「テオドア様……信じてくださるのですね……っ」
「もちろんだ。君がこの場で嘘を言うとは思えないし、何より君の言葉の色が……いや、今は言わないでおこう」
テオドア様は椅子から立ち上がり、私のそばまで歩み寄ってくれた。
濡れた頬を指先でぬぐいながら、柔らかに、安心させるように微笑んでくれた。
「これからは、私が君のそばにいる。シャーロット嬢、私に君を守らせてくれ」
「テオドア様……」
「たとえ時間が戻るとしても、君を死なせたくない。一緒に、運命に立ち向かおう」
指先から伝わる温もりが、私のがんじがらめになった心を解していく。
もう一人じゃないという事実が、こんなにも胸を楽にしてくれるとは思わなかった。
「はい……。ありがとうございます……! あの、もし全てが終わったら、約束通り……植物園に行きましょう」
「……植物園?」
「え……、あ……っ!」
私は慌てて自身の口を塞いだ。
植物園に誘われたのは死に戻り前のこと。
今の彼とは、そのような約束をしていないことを遅まきながら思い出した。
「も、申し訳ありません……! 今のは忘れてください!」
「……そうか、なるほど。今日、君を植物園に誘おうと思っていたんだ。死に戻る前、おそらく私が誘っていたのだな?」
「は、はい……」
「いや、気にしないでほしい。それは君が嘘をついていないという何よりの証拠だろう。だが……自分自身に先を越されたようで少し複雑なだけなんだ」
テオドア様は困ったような笑みを浮かべながら、私の膝に置かれた手を取った。
「改めて、今の私が君を誘おう。全てが終わったら、私と植物園に行ってくれないだろうか?」
「はい……ぜひ!」
握られた手を重ね合わせ、お互いの体温を交わらせた。
この人になら、私の命運を託せる。
一緒に立ち向かうことができる。
宿の密やかな一室で、私はテオドア様と揺るぎない信頼を築き上げた。
「ひとまず、侯爵邸まで送ろう。君の実家まで行けば、下手人も簡単には手を出せないはずだ」
「そうですね……」
「公爵家からも護衛を付けよう。本当はずっと君のそばにいたいが、未婚の貴族同士がいるのは不埒に思われてしまうかもしれない。今しばらく我慢してくれ」
「え!? あ、そうですね……」
秘密を共有したせいだろうか。
何だかテオドア様との距離感が、より近くなったような気がする。
けれど決して嫌ではなく、むしろその温もりを、私自身心地よく感じていた。
テオドア様は宿を出てからも、私の手を離すことなく、私の歩幅に合わせて歩いてくれた。
(テオドア様の手。大きくて、触れているだけで心穏やかになる……)
死が迫っている状況だと言うのに、彼ともっとずっとこうしていたいと思ってしまう。
赤く染まっているであろう顔を隠すように、私は視線をうつむかせた。
その時だった。
テオドア様の足が、体が揺れるほど急に止まった。
「テオドア様……?」
「シャーロット嬢。私の背中へ」
テオドア様がその背後へ、私の手を促すように引いた。
夕刻ということもあり、商業区から貴族街へと続く道は人気が少ない。
私は状況を理解できないながらも、テオドア様の背中を緊張感をもって見上げた。
「そこにいるのは誰だ。……隠れていても、いるのは分かっている」
「……!?」
テオドア様が、細い路地へと続く角に視線を向けている。
彼の声に呼応するように、夕影から背丈の高い男が現れた。





