10話 私を殺そうとした犯人、テオドアの秘密
「あ……っ」
その身なりの良い格好をした男には見覚えがあった。
私が悪女だった頃、こき使っていた同年代のブラウン子爵だ。
テオドア様の背中越しに、ブラウン子爵と目が合うと、彼は穏やかに微笑んだ。
「これはこれは、シャーロット様。こんなところで会うとは奇遇ですね」
「え、ええ……」
確かブラウン子爵は、私に顎で使われながらも、いつもニコニコとしていたのを覚えている。
しかし、今の状況では彼が味方かは分からない。
悪女だった私に不満があって、凶行に及んだとしても不思議ではない立場だ。
「ブラウン子爵は、どうして、そこにいらっしゃったのですか……?」
「もう夕暮れ時ですからね。貴族街の私邸に帰ろうとしたところですよ」
彼はこちらにゆっくりと、微笑みを崩さずに近寄ってくる。
しかし、ブラウン子爵が近づく度に、テオドア様が腕で私を庇うように距離を取る。
「それ以上近づくな。ブラウン子爵……お前の考えていることは『分かっている』」
ピタリと、ブラウン子爵の足が止まる。
「公爵家のテオドア様ですね。一体何のことでしょうか? シャーロット様とは普段から仲良くさせて頂いているので、少しお話をしたいだけですよ」
「……なら、背中に隠しているものはなんだ」
テオドア様の言葉に、ブラウン子爵の目がすっと細められた。
先程までの人の良い笑顔が、夕闇の中へ暗く消えていく。
「テオドア様、そこをどいて頂けませんか?」
「断る。お前の方こそ、自分が何をしようとしているのか、分かっているのか」
「そうですか……。あなたも、たぶらかされたのですね。そこの悪女に……っ」
ブラウン子爵は背後に回していた手を、ゆらりと下ろす。
「……!?」
手には、鞘から抜かれた銀色の剣が握られている。
「あなたは……いつも私にだけ、愛おしげに言葉をかけてくれていたではないですか……! それも、全て演技だったと言うのですか……っ」
その切っ先は、王宮で私を刺し貫いた刃と、あまりにも酷似していた。
「婚約解消したら、私の元に来てくれると思っていたのに……! あれだけ私に気を持たせておきながら……この、悪女が!」
一切の迷いなく、ブラウン子爵が剣を振りかぶって石畳を蹴る。
凶刃が迫っているというのに、テオドア様はむしろ立ち向かうように一歩踏み出した。
「テオドア様!? 危険です!」
「シャーロット嬢、大丈夫だ。私には……全てが見えている」
私に優しく言葉をかけながら、テオドア様は青銀の髪を風でかき乱す。
その眼前から、ブラウン子爵の殺気の込められた一撃が振り下ろされた。
「……っ!?」
私は、声にならない悲鳴を上げる。
その一撃を、テオドア様は余裕のある動作でひらりと回避した。
「な……!?」
刃をかわしながら、テオドア様はブラウン子爵の胸ぐらを掴む。
ドン――ッ!
そのまま、目にも留まらぬ速さで石畳にブラウン子爵を叩きつけた。
「がは……!」
衝撃を受けた勢いで、ブラウン子爵の手から剣が離れる。
その隙を見逃さずに、テオドア様はその剣を路地先へと蹴り飛ばした。
「ブラウン子爵、お前はこのまま衛兵へと突き出す。覚悟しておけ」
「く……っ、やはり、あの噂は本当だったのか……! 公爵家の魔眼持ちめ……!」
魔眼という聞き慣れない言葉を発した直後、テオドア様は顔を不快そうにしかめた。
「余計なことを言うな。……シャーロット嬢、怪我はないか?」
「私は何とも……。それよりテオドア様は!?」
「私も問題ない。……無事で良かった」
ブラウン子爵の手をひねり上げながら、テオドア様はどこまでも優しく微笑んでくれる。
その青の瞳は、見ているだけで心を透き通らせるほど、澄み渡っている。
しばらくして、騒動を聞きつけた衛兵により、ブラウン子爵は引き渡されていった。
衛兵達の聞き取りが終わった後、テオドア様は私に瞳を向けてくれた。
「シャーロット嬢、怖かっただろう。もう、君を殺そうとする者はいない」
彼は私の手を取り、まだ震えていた手を柔らかい熱で包みこんでくれた。
「ありがとうございます。テオドア様、ご迷惑をおかけしました……」
「いいんだ。君を守れて……心から安心している」
「テオドア様がいなければ、私はまだ死んでいたかもしれません。本当に……感謝しています」
「いや……。君が秘密を話してくれたからこそだ。……そこで、なんだが」
テオドア様は私へ、どこか控えめな視線を向けた。
「……君が話してくれたように、私の秘密を聞いてほしいんだ」





