11話 テオドアと通い合う想い
その日は、まるでテオドア様の瞳を映したかのような青空だった。
豊かな緑が広がる植物園は、見ているだけで心癒される。
「きれい……。あ、この花、見たことがない……!」
「それは西方の国から取り寄せた花だ。可愛らしい姿形から、プレゼントに贈られることも多いと聞いている」
私とテオドア様は、貸し切りにしてもらった植物園の中を、ゆったりと歩いて回った。
ここのところ、怒涛のような毎日だったせいか、この時間がなお優しく感じられる。
「テオドア様、あの白い花は何でしょうか?」
何気なく隣を歩くテオドア様に、群生する白い花について尋ねた。
白亜で可憐な姿は、凛としながらも愛らしさを纏わせている。
「これは……厳しい高地でもたくましく咲く花だ。花言葉は、真実を見通す……」
テオドア様は、どこか言いよどみながら白い花畑を見つめた。
青い瞳は、迷いが見られるように震えている。
「テオドア様……?」
「私の秘密を聞いて欲しいと言ったことを、覚えているだろうか?」
「……ええ。もちろんです」
テオドア様は自らの目元に触れながら、眉根を寄せて苦渋の表情を浮かべる。
「私は、魔眼と言われる不可思議な力を、生まれながらに持っていた。この瞳は、感情の色を読み取ることができる……」
「あ……」
ブラウン子爵が言っていた、魔眼。
エドワード王子が言っていた、テオドア様の目。
そして、今までのテオドア様の言動と行動。
あらゆる事象が点と線になって繋がり合う。
「嘘を見破れるのはもちろん、下卑た感情も見通せる。だから……私は、それらに嫌気が差して社交界にほとんど顔を出さなかった……」
確かに、公爵家の嫡男だと言うのに社交界でテオドア様を見たことは一度もなかった。
その事情の裏にあった、彼の苦悩が垣間見え、私の胸は締めつけられる。
「君と王城で出会った時は、本当に驚いたんだ。こんなにも……綺麗な色を持つ人がいるのかと」
「え……。私の色、ですか?」
「白く透明でありながらも、神々しい……。まるで神に愛されたかのような聖女の佇まいさえ感じられた。見ているだけで清められる者なんて、今まで出会ったことがなかった」
「そ、それは褒めすぎてはありませんか……!?」
「真実だ。最初は見間違えたかと思ったが……。君と言葉を交わすたびに、その色通りの人なのだと確信した」
テオドア様の端正な顔立ちが、柔らかに解きほぐされる。
彼の真剣でありながらも、優しい微笑みが私だけに向けられ、どうしようもなく顔が熱くなる。
「私は、強さを持ちながらも、弱さもあわせ持つ君が好きだ。この先も……シャーロット嬢を守りたいと思っている」
私の心が、テオドア様の言葉に波立たせられていく。
とても嬉しい言葉ばかりなのに、私の心はどんどん曇っていく。
「私は……テオドア様の言うような女性ではありません。現にこの前も、ブラウン子爵に殺されそうになるほど……周囲を傷つけてきました」
過去は消えない。
私に苦しめられた人はいる。
今までの死の原因は、身から出た錆と言ってもいい。
「私には、もう一つの秘密があります。……最初に殺されそうになった時、前世の記憶を思い出したのです」
テオドア様の瞳を見ていられなくて、私は逃れるように白い花へ視線を移した。
「その記憶が蘇るまでは、周囲の言う通りの悪女でした。申し訳ありません、テオドア様の想いを裏切るような人間で……」
幻滅されるだろうか。
もう二度と会ってくれないだろうか。
私は手を握りしめ、彼の言葉をただ黙って待った。
「私が好きなのは、今目の前にいる君だ。過去がどうであろうと、関係ない」
柔らかな風が、木々のざわめきを乗せて二人の間を駆け抜ける。
「もし、君が過去を悔いているのなら……それも一緒に受け止めたい。一人で苦しむ必要は……ないんだ」
「……っ! でも、今回のように、また迷惑をおかけすることに……!」
「シャーロット嬢、私が聞きたいのはそういうことではない。君の本心だ。君は……私のことをどう思っているんだ? 共に歩むパートナーとなれるだろうか?」
「そ、それは……」
私のテオドア様への想いは、もう目を背けられないほど膨らんでいる。
いいのだろうか。
彼の手を取って、未来へと歩んでいっても。
「きっと君と二人なら、どのような苦難も乗り越えられる。お互いを支えあえる、理想の関係を築いていけるはずだ」
テオドア様は、私の手を取り、その指先に口付けを落とした。
「私の恋人になってほしい……シャーロット。君のそばにいたいんだ」
胸の奥の心臓が、一瞬で苦しくなるほどに高鳴る。
もう自分自身を騙すことなどできなかった。
私は彼の手を、そっと、だけれども力強く握り返した。
「はい、テオドア様。私も、あなたのことが好きです……!」
テオドア様が弾かれたように顔を上げ、青の瞳が私の心を見透かしていく。
私の感情の色に嘘がないのを見たのだろうか、彼は少しバツが悪そうに笑みを浮かべた。
「こんな目を持っている私を、好きだと言ってくれるのは君くらいだ」
「そんな……。テオドア様の瞳は、今日の青空よりも美しいですよ。いつまでも見ていたいくらいです」
彼が魔眼を持っていたからこそ、私と絆を結べたのかもしれない。
それなら、その力は忌むべきものではなく、むしろ私にとって幸せそのものだ。
「私は、過去と向き合っていきます。どうか……そばで見守って頂けませんか?」
「ああ、もちろんだ。……これから、よろしく頼む」
白い花々の花弁が、青い空に舞い上がっていく。
私とテオドア様は、喜びと微笑みを重ね合わせていった。
◇
「そうか、シャーロットを殺しそこねたか」
その人物は、窓のガラスをゆっくりと撫で上げる。
「まあ、いい。機会はいつでもある……。次こそ、彼女を殺す。必ずな」
窓に反射した唇に笑みはなく、ただ殺意を乗せて景色を眺めていた。
◇





