12話 謝罪行脚の夜会、五度目の死
人々のざわめきの中。
公爵家主催の夜会で、私はテオドア様にエスコートされながら歩いていた。
「あの悪女のシャーロットが、テオドア様と歩いている……!?」
「第二王子があんなことになって、すぐに鞍替えするなんて……」
「テオドア様もきっと騙されているんだわ!」
人々の視線と、囁き声が胸に突き刺さった。
だが、それも覚悟の上で、私は今ここに、テオドア様の隣にいる。
「シャーロット、気分は大丈夫か?」
「平気です。テオドア様が用意してくれた機会を、無駄にはできませんから!」
この夜会は、テオドア様が私のために用意してくれたものだ。
少しでも迷惑をかけた人に謝罪し、悪女の噂を払拭するために。
「そう気負わなくてもいい。くれぐれも無理はしないでくれ」
「お気遣いありがとうございます。でも、テオドア様が一緒だから怖くないです。さあ、行きましょう……!」
淑女の笑みを絶やさず、私は片っ端からテオドア様の横で、挨拶と謝罪を繰り返した。
訝しげに見られ、怪しまれ、困惑された。
それでも私は、歩みを止めることはなかった。
「さあ、次に挨拶する子が最後ね……!」
私は疲れを見せながらも、気力を振り絞ってテオドア様と一緒にその子に話しかけた。
「ソフィ男爵令嬢。今よろしいでしょうか?」
「あ……は、はい」
ソフィ男爵令嬢は、あからさまに怯えるような顔を見せた。
その表情に胸を痛めながらも、私は柔和な笑みを浮かべる。
「今まで、数々の無礼な行いをしてしまい申し訳ありませんでした。これからは、友人として仲良くしてくださると嬉しいです」
「え……?」
ソフィ男爵令嬢は、紺色の瞳をおどおどと震わせる。
蜂蜜色の金髪がふわりと揺れ、彼女の小動物のような可愛らしさを彩っている。
「……ん?」
思わず、まじまじと彼女を見つめてしまう。
ソフィ男爵令嬢は、まるでお姫様のように美しい女性だった。
物語の主人公がそのまま飛び出してきたかのような、可憐で愛らしい見た目だ。
「んん!?」
私の中で、ある推測がよぎった。
(こ、この子……もしかして、もしかしなくても、この乙女ゲームの主人公――!?)
背筋を冷やしながら、心の中で行き当たった真実を絶叫する。
そういえば、一番彼女のことを目の敵にしていたような気がする。
私は真っ白になる思考の中、勢いよく彼女に向けて頭を下げた。
「私、心を入れ替えたのです! もう、あなたのことを虐めたりしないから! 本当に! 安心して!」
「は、え、あの……頭を上げてください……!」
妖精のような美しい声が、私の頭上から星屑のように降りそそぐ。
聞くだけで心が安らぐ声が、より彼女が主人公であることを示しているようだった。
「シャーロット様、私……嬉しいです。ずっと、本当は貴女と仲良くしたかったので……!」
彼女は月明かりのような儚い笑みを、慈しむように私へ向けてくれた。
「ソフィ男爵令嬢……! 良かった……ありがとうございます!」
ずっと心配していた主人公との確執が、ここでようやく消え去った。
私は胸を撫で下ろしながら、隣のテオドア様を見上げる。
彼は端正な顔立ちで、ふんわりと表情を和らげてくれた。
「良かったな、シャーロット。私も安心したよ」
テオドア様がそう言った直後。
私達の背後から、一つの足音が急くように近づいてきた。
「三人そろって……何の話をしているのかな?」
「……エドワードか」
この会場で最も格式高い装いをした、エドワード王子。
私達にちらりと目を向けた後、ソフィ男爵令嬢に視線を向けた。
「やあ、ソフィ。今日も一段と可愛らしいね」
「エドワード王子殿下……!」
エドワード王子は見たことがないほど優しく微笑み、ソフィ男爵令嬢も恥ずかしそうに笑みを返す。
二人の間に流れる空気は、友人同士と言うには熱があり、恋人というほど甘くはない。
「お二人は知り合いだったのですか?」
「……ああ、そうだ。ソフィとは仲良くさせてもらっている」
この二人の空気は、明らかに友達以上恋人未満のものだった。
詳しくは覚えてはいないが、もしかしたらエドワード王子は攻略対象なのかもしれない。
「エドワード……。それならシャーロットと私はこれで失礼しよう。後は二人で話してくれ」
テオドア様も二人の感情を読み取ったのか、私の肩に手を添えて踵を返そうとする。
「あ、待ってください……! シャーロット様、よろしければ今度私が主催するお茶会に来て頂けませんか?」
「え……私が? いいのかしら?」
「もちろんです! 今度招待状をお送りいたします!」
見ているだけで蕩けそうな、愛嬌たっぷりの笑顔。
彼女の慈愛ある誘いに、私は嬉しさで胸がいっぱいになった。
「ありがとうございます、ソフィ! 楽しみにしていますね!」
心躍らせながら、私はテオドア様と共にその場を立ち去った。
もしかして、これは今生で初めての友人ができた瞬間なのではないだろうか。
しかもそれが主人公だなんて、感激で思わず舞い上がりそうだ。
「シャーロット、とても幸せそうな色をしているな」
「ふふ、そうですね。テオドア様のおかげです……本当に感謝しています」
「君が頑張った成果だ。力になれたようで嬉しいよ」
少しは、この夜会で悪女の印象を薄れさせることができただろうか。
大成功に終わった夜会の中で、私はテオドア様と幸福を噛みしめていた。
◇
ガシャン――ッ!
うららかな昼下がりのお茶会。
「う……ゴホ……!」
私は胸を切り裂く痛みとともに、ティーカップを落とした。
口からは、止めどなく血が流れ落ちる。
私は、心から楽しみにしていたお茶会で、五度目の死を迎えた。
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