4話 第二王子への断罪
私とテオドア様が共同戦線を結んだ、その一週間後のことだった。
「この良き日に、皆に告げたいことがある!」
王家主催の晩餐会で、高座に上がったジェイコブは高らかに声を張り上げた。
「シャーロット侯爵令嬢は、私を暗殺しようとして逃亡! そして失踪した! 残念ながらこの婚約は破棄となる……」
ジェイコブのかたわらには、目もくらむような派手なドレスを身にまとった令嬢が満足げに寄り添っている。
「だが、安心してほしい。私は代わりに真実の愛を捧げてくれる伯爵令嬢と、今夜正式に婚約を結ぶこととなった! 皆の者、祝杯を――」
「それは少し気が早いのではないか、ジェイコブ王子殿下」
ホールの熱気を裂くような、凛とした声がジェイコブに叩きつけられる。
ジェイコブが慌てたように声の先に目を向けると、人垣を割りながらテオドア様が歩みを進めていた。
「テオドア!? 貴様、不敬であるぞ!」
「不敬? それは……これを見ても言えるかな」
テオドア様は、その場にいる全員に見せつけるように書類の束を掲げた。
「違法薬物を密輸している巨大組織がいるのは、ジェイコブ王子殿下も存じているだろう。これはその組織の重要書類だ。これには……あなたの血印と筆跡が残っている」
「な、何のことだ……! そんな、出どころの分からない書類で、私に濡れ衣を着せるつもりか!」
「――その書類は、婚約者だった私があなたの執務室から奪ったものです」
テオドア様の影に隠れていた私は、扇で覆っていた顔を上げる。
「ん、うん? ……シャーロット!!?」
華美さを重視した、今までの私とはまるで違う姿。
シンプルながら洗練された装飾品に、落ち着いた紺色のドレスを着ていたため、ジェイコブはすぐに気づかなかったのだろう。
まるで幽霊を見たかのように、震える体で私を指さす。
「罪人が、よくも王宮の晩餐会にノコノコと現れたな……!」
「彼女はこの件の功労者だ。シャーロット嬢は自らの危険を顧みず、密輸の書類を手に入れた。そして、私たちに証拠として渡してくれたのだ」
実のところ、待たされた腹いせに書類を持ち出して困らせようとしただけだ。
いつかジェイコブに「返してほしければ宝石を買え」と脅すため、馴染みの宝石店に宝飾品と共に預けていた。
その悪女ムーブが、まさか役に立つことになるとは思わなかった。
「デ、デタラメだ……。殺せ、こいつらを殺せ――!」
ジェイコブが叫んだのと同時だった。
柱の影からこちらに目にも留まらぬ速さで肉薄する黒ローブの男が飛び出した。
その手には、シャンデリアの輝きを反射する凶刃が握られている。
「危ないっ!」
私は反射的にテオドア様の前に躍り出て、その凶刃の前に立ちふさがった。
血しぶきが私の胸元から飛ぶ。
呼吸すらできないほどの痛みが全身を貫いた。
「ごほ……っ!」
剣に体を貫かれた私は、ドレスを血に染めながら背中から倒れ込んだ。
「シャーロット嬢!?」
床へ衝突する前に、テオドア様がその腕で受け止めてくれたのが分かった。
声を発しようとすると、代わりに口から血がこぼれ落ちる。
「シャーロット嬢! ……死ぬな!」
青の瞳を動揺で震わせ、その顔は焦燥と悲痛で歪められている。
私は初めて見る、感情をあらわにした彼を見つめながら、そのまままぶたを下ろした。
◇
「――!?」
急に力がみなぎった体に、意識が驚きで曖昧になる。
まぶたを開けると、目の前にはこちらを苦々しげに見下ろすジェイコブが高座に佇んでいる。
「殺せ、こいつらを殺せ――!」
ジェイコブの言葉が鼓膜を打った瞬間。
この後起こる惨劇が、凍てついた記憶とともに蘇る。
私は恐怖をねじ伏せながら、テーブルの上にあったワイン瓶を即座につかんだ。
「てや!!」
考えている時間も、猶予もない。
それを柱の方に、影に向かって全力で投げつける。
ゴン――ッ!
今まさに飛び出した黒ローブの刺客の顔面に、ワイン瓶が鈍い音を立てて直撃した。
不意打ちで態勢を崩された刺客は、そのまま後方にすっ転ぶように倒れる。
「……な!?」
ジェイコブが刺客を防がれた驚愕で、伯爵令嬢を置き去りにして後ずさる。
困惑と混乱で作られたその隙を、テオドア様は見逃さなかった。
「衛兵! 第二王子、ジェイコブを捕らえろ!」
テオドア様の号令と同時に、壁際に控えていた衛兵が一斉にジェイコブを取り囲む。
「わ、私に、こ、こんな真似をして許されると思うのか!」
「残念ながら、すでに証拠について王家には話を通してある。……連れて行け」
衛兵がジェイコブを引きずるようにして、ホールの出口に連れ去っていく。
扉が重々しく閉まる音と同時に、晩餐会会場はざわめきに包まれた。
今目の前で第二王子が失脚したのだから、当惑と高揚が収まらないのも無理はない。
「これで……ようやく一段落でしょうか」
私を殺そうとした男は、これでいなくなった。
もう死ぬ心配はなくなったと言っていいだろう。
今まで私を縛っていた緊張から解かれ、ほっと胸を撫で下ろした直後だった。
「そうだな。これで君へ遠慮なく……異性として交友を深められる」
「そうですか……へ!? は!?」
素っ頓狂な声を上げて、振り仰ぐようにテオドア様に顔を向ける。
すぐそばで私に優しい眼差しを向ける彼は、冗談を言っているようには見えない。
「どどど、どういう意味ですか!?」
「シャーロット嬢のように勇気があり、見ているだけで面白い女性は初めてだ。君のそばにいれば……いや、今はこれ以上言わないでおこう」
「いやいやいや、テオドア様。私ですよ!? 悪女と名高いのはご存知でしょう!」
「そう聞いていたが、実際に話してみないと分からないものだな。……私はもっとシャーロットのことが知りたい。それに君には、命を助けられたような恩義も感じるんだ。なぜだろうな」
「え、あ、どうしてでしょうね……?」
この不思議な巻き戻りの力は、誰も知らないはずなのに。
なぜか、彼に勘付かれているような気がした。
私がすっとぼけていると、くすりとテオドア様は微笑む。
「シャーロット嬢。……これから、よろしく頼む」
一難去ったというのに、またとんでもない嵐が私に到来する。
その源であるテオドア様は、無表情の中に柔和な笑みを作り上げ、私を優しく包み込むのだった。
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