2話 公爵令息の屋敷に保護される
公爵邸の厳かさえ感じる、豪華な調度品に囲まれながら、私は侍女たちに手当てをしてもらえた。
大きな傷はなかったものの、傷が癒えるまでは少し時間がかかるだろう。
「それで……私に聞きたいこととは何なのでしょうか?」
私は机越しのソファに座るテオドア様を、びくびくとしながら見つめる。
ここまでしてくれた彼が敵とは思えなかったが、その思惑次第では結果は変わるかもしれない。
湯気を立てる紅茶の存在さえ忘れさせる緊張で、私は膝の上で手を握りしめる。
「ジェイコブ王子殿下のことだ。君は彼の婚約者だったのだろう」
「一応そうです。まあ、今日殺されかけましたがね……」
「その理由を聞きたい。私たちの追っている事件に絡んでいるかもしれないんだ」
「事件、ですか?」
「ある密輸組織を追っていてね。……まずは、なぜ君は殺されそうなのか聞いてもいいだろうか?」
「はい……。実は先ほどジェイコブ王子殿下に突然呼び出されて、前から気に入らなかったと婚約破棄を告げられたのです。そして私を毒殺しようとしました。かろうじて脱出できたのですが……その後も追っ手を差し向けられて……」
私は腕を組みながら、ジェイコブの言動と行動を思い出す。
今思い出しても、あの冷酷で残虐な行為は、身を打ち震わせる。
「……それは奇妙だな」
「え……?」
「婚約者の暗殺など、第二王子といえど重罪に問われる。その危険を侵してまで、ただ気に入らないからと君を執拗に追いかけるだろうか?」
あの男は、あの場では婚約破棄としか言っていなかった。
だけれども、テオドア様の言う通り、リスクとリターンが噛み合っていないのも確かだ。
「私を殺害したのは、婚約破棄だけが目的じゃない……ということ……?」
そういえば、私はジェイコブの足を引っ張っているとも言っていた。
慌てたように追っ手を差し向け、即座に私を殺そうとしていた。
まるで、私を必ず殺さなければいけないというように。
「何か、心当たりがあるのか? ……例えば、彼の周囲で怪しい人物、書類などを見た覚えがあるのではないか?」
「人物……書類……密輸。…………あ!」
私は一ヶ月前の、ある出来事を思い出す。
婚約者として義務となっていた月に数度の逢瀬で、私は彼の執務室へ招かれることになった。
その時はひどく待たされて怒りを募らせながら、手持ち無沙汰になって執務室の書類を覗き込んだ。
「あの書類……外国の薬草とか、珍しい生物とかの品目が書いていたような……」
「……! その品名は覚えているか?」
「ええと、確か魔草メルヘル……黒獣アミング……。この国で禁輸とされているものだから、何だろうと不思議に思ったのでよく覚えています」
「……それは、私の追っている違法密輸組織が扱っている品物と一緒だ。やはり第二王子が絡んでいたか……」
テオドア様は眉間に手を当てて、じっと考え込むようにうつむいた。
「つまり……ジェイコブ王子殿下が……その組織の関係者ということですか?」
「まだ、可能性の話だがな。肝心の証拠がまだ揃っていない。だが、早く尻尾を掴まなければ、違法密輸品による被害が広がってしまうだろうな」
「証拠……」
ジェイコブが密輸に関わっていると分かれば、きっと彼は王族の地位を剥奪されるだろう。
それはつまり、生き残る確率が上がることになる。
私は考え込むテオドア様の助けになるため、何かヒントになることがないか必死に記憶を辿った。
「……あ!」
悪女だった頃の浅はかな行動、それを思い出した瞬間。
私は思わず立ち上がって、淑女とは言えない声で叫んでしまった。
「シャーロット嬢……?」
証拠なら、ある。
しかもそれは、私の手の中で確保がされているものだ。
「これなら、ジェイコブを追放できるかも……」
拳を握りしめ、私は自分の最期を反芻する。
死にゆく私を冷酷に見下ろして笑った、あの男。
密輸に勘づいたかもしれない私を口封じしようとした、第二王子。
理不尽に死をもたらそうとした存在に、今更ながら怒りがふつふつと湧いてきた。
「テオドア様、私に協力してくださいませんか? 何度も私を追い詰めたあの男を……自分自身の手で叩きのめしてやりたいのです!」
「こちらにとって、それは願ってもいないことだが……。いいのか? 仮にも君の婚約者なのだぞ?」
「知ったことではありません。私のためにも……ジェイコブは徹底的に追い込んでやります! それがこの国のためにもなるのなら、一挙両得というものです」
呆気にとられたように私をソファから見上げていたテオドア様は、どこか楽しげに眼差しを和らげた。
「勝気な女性とは聞いていたが、ここまでとは。君みたいな斬新な女性は、中々いないだろうな」
「し、失礼いたしました。とても淑女とはいえない仕草をお見せしてしまい……」
「いや、いいんだ。……これから、よろしく頼む」
テオドア様もソファから立ち上がり、白の手袋に包まれた手を差し出す。
私は言葉の裏の意味を探ろうとせず、力強くその手を握り返した。





