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第22話 悠遠(4)

 部屋の明かりを消して、瑞樹と結衣は自然とベッドに横になった。


 結衣の家でいつもお泊まりしているみたいに、瑞樹はごく自然な動作で彼女に腕枕をしてあげる。


 結衣はいつも、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべて、次は何のイタズラをしてやろうかと常に思案してる風なのだが。


 今日は、全く違った。


 ひどく照れた様子で真っ赤な顔を伏せて、瑞樹のTシャツの胸元をキュッと小さく握りしめてくるその姿は、小悪魔な彼女からは想像もつかないほど、どこまでも愛らしい普通の少女のそれだった。


 それが、直前までしていた『見猿聞か猿言わ猿ゲーム』の影響であることは、さすがの瑞樹でも痛いほどわかった。


(……今ならキスをしても、友達だからダメとは絶対に言われなさそうだ)


 しかし、完全にタイミングを逃してしまっていた。


 なんとも言えない気まずさと強烈な気恥ずかしさがあって、あと一歩踏み出して最後の一線を乗り越える壁が、果てしなく大きく感じてしまう。


 瑞樹の最大の誤算は、引き当てたシチュエーションだった。


『次の俺の番で、必ずメインのシチュエーションを実行する。ランクダウンバージョンとか、応用編にはもう逃げない』


 そう男を見せて息巻いて発言したものの。


 いざ捲ったページが出したシチュエーションは、聴覚と視覚を完全に奪った上での、焦らしイタズラだったのだ。


 今まで結衣が開いたページは、全て最終的に男女の行為に及ぶ内容だったにも関わらず、意を決した今回に限って、最後までいかずにただのイタズラで終わる寸止めの内容だった。


 感覚を完全に奪ったら、普段は気にならない部位でも異常に感じてしまうようになるというのが趣旨だったらしく、それが寸止めで終わる理由だ。


 だから結局、瑞樹は結衣が限界を迎えたあの中途半端なところで、シチュエーションを終わらせざるを得なかったのだ。


 神様は意地悪だ。


 シチュエーションの流れに身を任せて、そのまま最後まで押し倒そうと考えていた瑞樹の計画は、見事に砕かれた。


(……いや、これはただの言い訳か)


 今になって思うが、別にあの本に書かれたルールを、馬鹿正直に最後まで守ってただのイタズラで終わらす必要など全くなかったのだ。


 何をされるのか結衣は知らないのだから、あのまま強引にキスだって出来たし、それ以上のことだって出来たし、それに……。


 それをしなかったのは、他でもない瑞樹だ。


 神様は意地悪だったかもしれないけど、結局のところ、瑞樹は最後の最後で決断できない、ただ意気地が無かっただけのヘタレだ。


 抱き締めたい。


 キスをしたい。


 直接、触れたい。


 瑞樹の中の欲と愛が、結衣の温もりを感じるたびに、溢れんばかりにどんどん大きくなっていく。


「……ねえ、瑞樹くん……」


 結衣がボソッと名前を呼んだ。


 少し震えたその甘い声が、暖かい空気を送るエアコンの駆動音に紛れて、瑞樹の耳に届く。


「……私、いま……人生で一番恥ずかしいかも。すっ、すっごい照れてる……」


「お……俺のせい?」


「うん。瑞樹くんのおかげ」


「へへ」と、結衣は照れくさそうに笑って、瑞樹の胸に顔をスリスリと擦り付けた。


「……あのさ」


 この際だからと、瑞樹はどうしても気になっていたことを訊ねる。


「指……舐められたの、気持ち悪くなかったか?」


 思い出すだけで顔から火が出そうだが、結衣の細い指を、アイスキャンディーのようにチュパチュパと吸って舐め回してしまったのだ。


 彼女の反応的に嫌がってはいないと確信していたが、それは聴覚と視覚が遮られたことによる副産物、ある種のパニック状態でしかないとも考えられる。


 いや、つまり、不安なのだ。


 大好きな彼女に、嫌われていないかと。


 大丈夫と、言って欲しかったのだ。


 結衣はギュッと瑞樹の服を握る力を強めた。


「全然、気持ち悪くないよ。……前も言ったけど。私、瑞樹くんなら何されても大丈夫だから。……全部、気持ちよかった」


 聖母のような、女神のような、男にとってこれ以上ない嬉しいことを言ってくれる。


 瑞樹はホッと心底安堵して胸を撫で下ろす。


 良かった。


「私も……訊きたいこと、ある……」


 結衣はまた、ボソッと呟いた。


「なんだ?」


 結衣は迷ってるのか、再び口を開くまでに少しタイムラグが生じた。


「……一花さんとか、朱音さんとか……女の子たち、よく瑞樹くんのこの部屋に遊びに来るの?」


「……数ヶ月前まではな。最近はめっきり来なくなったけど」


「……そか。やっぱり。私が漫画見つけた時、間違って一花が読んだらなんて真っ先に出てくるってことは、頻繁に部屋に来てたってことだなって思ってさ」


「あー……」


 何も気にしていなかった。ただの一花への気遣いの発言だった。


 グロテスクな漫画を一花が間違って読まないように、という言葉は、一花が自由に部屋に入って来ると同義なのだ。


 結衣はそこまであの一瞬で考えて、嫉妬していたのか。


 だからあの時、少し不満気な顔をしていたのだ。


「……あの、さ……」


 結衣はまた、言い難そうに、でも意を決したように口を開いた。


「このベッドで……一緒に寝たこと、ある? 一花さんや……朱音さんと」


 結衣に嘘は、吐きたくなかった。


 過去は変えられない。


「…………ある」


「……そか」


 結衣はそう呟くと、ギュッと強く抱きついてきた。


 絶対に離さないでと聞こえそうなほど、強く瑞樹の腰に両手を回して来た。


「嫌……」


「か、過去の話だぞ? もう絶対にないから」


「やっ!」


 結衣は瑞樹の胸に顔を埋めて、子どものように可愛く駄々をこねる。


「どうしようも出来ないのに私、瑞樹くんの過去に嫉妬してる……。私以外の女の子と、もう一緒に寝ちゃヤだから……」


「しないよ。大丈夫だ」


「流されないでよ? 瑞樹くん、他の子から本気で泣いてお願いされたら、優しすぎて断れなさそうだもんなー……」


「絶対もうしない! 確かにあの頃の俺は、境界線がなくて見境なかったかもしれない。……だけど今は、結衣が悲しむことは絶対にしたくないって、本気で思ってる」


「……うん……じゃあ、信じる」


 不満そうに頬をプクッと膨らませながら、結衣が上目遣いで見つめて来た。


(……ああ、ダメだ)


 結衣の信じるという言葉に、絶対の自信を持たせることが出来るのは、他の誰でもない瑞樹だけだ。


 そう思ったら。


 いや、もはやそこまで論理的に考えていなかったと思う。


 瑞樹は吸い込まれるように、少し尖った結衣の可愛い唇に、自分の唇を重ねた。


「……んっ……」


 初めての、結衣との真っ当なキス。


 学校祭の時に触れてしまったことはあったから、厳密には初めてとは言わないのかも知れないけど。こうしてお互いの確かな意思をもって、正面から求め合ったのは初めてだ。


 ただ触れるだけの長いキスは、瑞樹がゆっくりと離れることで終わった。


「……もっかい」


 結衣が瞳を潤ませて、布団の中で瑞樹の手を強く握った。


「……んんっ」


 また、交わす。


 さっきよりも強く、お互いの唇を押し付ける。


 極度の緊張をしているせいか、酸素の消費が激しくて、息を吸いたくてすぐに離れてしまった。


「……く、苦しい……呼吸が……」


「瑞樹くん、離れるの早いよ……」


 結衣は物欲しそうに絡めた手を強く握ってくると、熱を帯びた瞳で、口を半開きにして言ってきた。


「……もっと、えっちなちゅーして」


「えっ……ちな……?」


 男の頭をフル回転させる瑞樹。


『えっちなちゅー』とは具体的に何を求められているのかわからなくて、咄嗟にさっきの結衣の言葉を思い出す。


『瑞樹くんなら、何をされても大丈夫』


 瑞樹は体を起こして、結衣の開いた股の間に入り込んだ。


 結衣の上に完全に覆い被さるような形で、彼女の口に自分の口を近付ける。


「……俺の唾液……飲んで……」


「……いいよ。入れて」


 結衣は瑞樹の胸のTシャツをギュッと握って、従順に小さな口をゆっくりと開けた。


 瑞樹は自身の唾液を溜めて、結衣の小さな口に深く唇を重ねて、直接彼女の口の中に流し込んだ。


「ンハァっ……ゴクッ……」


 結衣は瑞樹の唾液を喉を鳴らして飲み込むと、トロンとした顔で見つめてきた。


「……もっと、入れて欲しい……」


 瑞樹はまた唾液を溜めて、今度も結衣の口の中に直接流し込む。


 そして結衣が飲み込んでしまう前に、瑞樹は強引に舌を這い入れ、唾液とともに結衣の小さな舌と深く絡めた。


「ぁんっ……アッ……んっ……チュッ……」


 クチュ、クチュといういやらしい水音と、結衣の可愛く感じる声が静かな部屋に響く。


 そしてその生々しい音と、絡まる舌の熱い感触は、瞬く間に瑞樹の残された理性を完全にぶっ壊して、ただただ目の前の結衣を求めるオスに変えた。


 瑞樹の唾液と結衣の唾液が、お互いの口の中で激しく混ざり合い、交わる。


 どれだけの時間そうしていたのか。


 頭の中が真っ白で、気付けばお互いに全力疾走をした後のように激しい呼吸で胸を上下させていた。


 結衣の口の端から、ツッーと溢れた銀の糸が落ちていく。


 結衣はそれを手の甲で拭い、カクッと首を傾げた。


「……めっちゃえっちなちゅー、だね。変態」


「ごめん、これしか思い浮かばなくて」


「ふふっ。私的には、舌入れるだけかなって思ったんだけど……それ以上のことしてくれて、すごく嬉しい」


 結衣は火照った真っ赤な顔で、心底嬉しそうに妖艶に笑う。


 瑞樹はもう、自分の本能を止められなかった。


「……いい?」


 結衣はコクリと、力強く頷いた。


***


 若さ故の無尽蔵な体力なのか、それともそもそも瑞樹の抑圧されていた精力が凄かったからなのか。

 今までの結衣との焦らし合って寸止めしてきたじゃれ合いで、溜まりに溜まった巨大な貯金を吐き出すように。


 気付けば、カーテンの隙間から見える外の景色は薄らと明るくなり始めていて。


 身も心も結ばれた二人は、抱き合いながら気絶するように、深い眠りに落ちていった。


二人の愛し合う描写はカットしました。

ノクターンノベルズにてノーカットで投稿します。

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