第22話 悠遠(3)
(……これは……ちょっと、マジでヤバいかも……)
結衣は、瑞樹の部屋のベッドの中央で、力なく女の子座りの体勢を維持していた。
身に着けているのは、風呂上がりに瑞樹から借りた白のオーバーサイズのパーカー、ただ一枚だけだ。
ダボついた分厚い生地の擦れる感触が、素肌のあちこちに直接伝わってくる。
本当ならもっと身を縮めてしまいたいのに、それができない理由は単純であり、同時に結衣の羞恥心を極限まで煽り立てるものだった。
今の結衣は上も下も、一切の下着を身に着けていなかったからだ。
パーカーの裾はかろうじて膝のあたりまでを隠しているが、両脚を開くように折り曲げた女の子座りの体勢では、少しでも重心をずらせば見えてはいけない場所が完全に露わになってしまう。
瑞樹には穿いてると言ったけど、嘘だった。
だって、一日中身に付けて歩き回っていたものなのだから。
大好きな瑞樹に汚いって思われたら、嫌だったから。
お泊まりするって最初からわかっていたら、ちゃんと準備もしてきたのに。
肌寒い部屋の空気が、剥き出しになった太腿や無防備な下腹部の隙間をスーッと撫でていき、そのたびに肌がゾクゾクと粟立った。
覗かれでもしたら、終わる。
結衣の視界は分厚い黒のアイマスクによって完全に塞がれ、世界は手探りすら許されない深い闇に沈み込んでいる。
さらに両耳には、ノイズキャンセリング機能のついたワイヤレスイヤホンが深くねじ込まれ、瑞樹が設定した重低音の激しいダンスミュージックが大音量で鳴り響いていた。
――見えなくて、何も聞こえない。
そんな状況の中、『曲が終わるまでの約三分間、絶対に声を出してはいけない』というルール。
もし少しでも声を出してしまったら、曲は再び最初から再生され、この地獄のような時間は完全にリセットされてしまう。
瑞樹から言い渡されたそのシチュエーションのルールは、視覚と聴覚という重要な感覚を奪われた結衣にとって、あまりにも残酷で、圧倒的な恐怖と興奮を伴うものだった。
いつ、どこを、どのように触られるのか全く予測できないという事実が、皮膚の感覚を限界まで研ぎ澄ませていく。
ドクッ、ドクッ、ドクッ……。
(瑞樹くん、あんな顔して……すごく本気だった……どうしよう……ほんとに……)
イヤホンから流れる暴力的なまでのビートが、心臓の鼓動と重なって結衣の焦燥感を煽る。
恐怖と期待がないまぜになったような息苦しさに耐えながら、結衣はシーツをギュッと強く握りしめた。
――不意に。
右腕の肘関節の裏側に、冷たい指先がツーッと這わされた。
「――っ!」
ビクッと結衣の肩が大きく跳ね上がる。
皮膚が薄く柔らかなそのくぼみは、普段なら気にも留めないような些細な場所だ。
しかし、感覚が異常に過敏になっている今、そこをなぞられるだけの行為が信じられないほどの刺激となって脳を焼き切ろうとする。
瑞樹の指は爪を立てるか立てないかのギリギリの力加減で、デリケートな皮膚に円を描くように何度も何度も這い回った。
神経を直接撫でられているようなゾクゾクとした悪寒にも似た感覚が、背筋を駆け上がっていく。
結衣は唇を強く噛み締め、喉の奥から這い出ようとする吐息を必死に飲み込んだ。
今、声を出せばまた最初からになってしまう。
耐え忍ぶ結衣の右手を、やがて瑞樹の大きく温かい手がすっぽりと包み込んだ。
手のひらの中心を、親指の腹でじっくりと、円を描くように押し揉まれる。
ただのマッサージのようにも思えるその動きは、しかし明確な熱を帯びて結衣の手相をなぞり、じんわりと汗を滲ませていく。
そこから指先へとゆっくり滑らせた瑞樹の指が、結衣の指と指の間、薄い水かきの部分に深く、強引に入り込んできた。
指の股をゴリゴリと擦られ、五本の指を完全に絡め取られる恋人繋ぎの形に。
指と指の間の薄い皮膚を徹底的に摩擦される生々しい感触に、結衣の呼吸は次第に制御を失って荒くなっていく。
腕に。手に。
なんてことない部位への接触。
そのはずなのに、聴覚と視覚を奪われただけで、途端に敏感な性感帯へと変わってしまった気分になってしまう。
イヤホンから流れる単調で激しい音楽の裏側で、自分の脈拍がドクドクと異常なスピードで跳ねているのがわかった。
「んっ……」
不意に水かきを強くつままれ、耐えきれずに小さな鼻声が漏れてしまった。
その瞬間、耳の中を満たしていた音楽がブツリと途切れ、全く同じ曲の激しいイントロが、再び最初から流れ始める。
(あ……うそ、また、最初から……っ)
絶望感に苛まれる結衣をよそに、瑞樹の責めはさらに執拗さを増していく。
絡めていた指がゆっくりと引き抜かれ、今度は結衣の細い指先を一本ずつ、濡れた舌でチュパッと絡め取られた。
(やっ……瑞樹くんに……舐められっ……!)
水音は、大音量の音楽にかき消されて結衣の耳には届かない。
しかし、指先をすっぽりと包み込む口腔の生温かさと、ざらついた舌が爪の先や指の腹を執拗に這い回る感触は、脳の芯を直接かき混ぜてくるほど鮮明だった。
人差し指、中指、そして薬指と、まるでアイスを味わうようにチュゥッと吸い上げられるたびに、下腹部の奥がきゅん、きゅんと疼いて熱を帯びていく。
身を捩りたい。太腿をぴったりと擦り合わせて、このもどかしい熱をごまかしたい。
しかし、女の子座りの体勢を崩すことはルール違反であり、動けばさらに恐ろしいペナルティが待っている気がして動くことができない。
指先への執拗な接触から解放されたのも束の間。瑞樹の手は無防備に投げ出された結衣の脚へと向かった。
パーカーの裾をゆっくりと、焦らすように捲り上げられ、冷たい部屋の空気が露わになった内腿を撫でる。
そして、太腿の柔らかな内側の肉を、下から上へと這い上がるように瑞樹の手のひらが撫で上げた。
「ひぁっ……!」
声を出さないという誓いは、あまりにもあっさりと再度破られた。
再び音楽がリセットされ、冒頭のイントロが冷酷に鳴り響く。
これで何度目だろうか。たった三分という時間が、結衣にとっては永遠のように果てしなく感じられる。
(だめ、そこは……穿いてないのがバレちゃうっ……!)
下着をつけていない結衣の股間の、ほんの数センチ横。
そこを這い回る瑞樹の指先は、決して中心には触れようとせず、ただひたすらに内腿の最も敏感な皮膚だけを揉みしだき、爪を立て、撫で回す。
触れられるたびにビクンビクンと腰が大きく跳ねるが、女の子座りの体勢だけは崩さないように、結衣は必死に片手をベッドに突いて、もう片方の手を瑞樹の肩を掴んで、耐えた。
「ハァ……ハァ……」
もどかしさと狂おしいほどの熱が混ざり合い、結衣の頭の中は真っ白に染まっていった。
内腿を焦らすように撫でていた手がようやく離れたかと思うと、今度は結衣の首筋に、ハァッと熱い吐息が吹きかけられた。
ビクッと身をすくめると同時に、首の横、脈打つ部分に瑞樹の唇が容赦なく落とされる。
ちゅっ、と強く吸い付かれ、そのまま鋭い犬歯を立てて甘噛みされた。
チクリとした痛みの直後に広がる、痺れるような感覚。
首筋から鎖骨へと、濡れた舌がゆっくりと這い下がっていく。
イヤホンからは音楽が大音量で鳴り続けているのに、瑞樹の息遣いや肌を舐め上げる音が、直接脳内に響き渡っているような錯覚に陥った。
(や……こんなの……耐えられない……)
結衣はパーカーの袖口を両手で強く握りしめ、ガクガクと小刻みに震える身体を必死に制御しようとする。
しかし、視覚を奪われた暗闇の中では、瑞樹の与える刺激だけが無限に増幅され、結衣の理性を少しずつ削り取っていく。
(気持ち良すぎて……ヤバいっ……かもっ……)
そして、瑞樹の標的は結衣の最も敏感な場所、全ての感覚が集中する場所へと移った。
イヤホンが深く刺さっている耳の、そのすぐ外側の部分。
耳たぶを指先で摘まみ、コリコリと捏ね回すように揉みほぐされる。
「あっ……あんんっ……!」
またしても小さな悲鳴が漏れてしまい、音楽がブツリと途切れた。
無慈悲なイントロが再び流れ始める中、瑞樹の舌が耳殻の縁をなぞり、イヤホンのコードごと耳全体を塞ぐように、すっぽりと口で覆い被さってきた。
「ひゃっ……! だ、だめっ……んっ」
大音量の音楽が鳴り響いているすぐ横で、瑞樹の熱い吐息と舌の感触が鼓膜のすぐ外側を責め立ててくる。
声を出してしまったのに、音楽は止まらず、鳴り続ける。
きっと、瑞樹はもうスマホから手を離しているのだ。
ルール違反とか関係なく、瑞樹は完全に結衣を襲ってきているのだ。
リセットされない音楽が、逆にもう逃げられないという圧倒的な絶望に変わり、残されたわずかな理性を粉々に打ち砕いた。
瑞樹の熱い手が結衣の後頭部を支え、一方の手は内腿を這い上がって優しく撫でてくる。
「やっ……。アッ……」
音楽の振動と、耳を直接舐め回され、内腿を弄られる物理的な刺激が脳内で激しくぶつかり合い、結衣の意識はついに限界点を超えた。
耳の裏の薄い皮膚を、下から上へと強く舐め上げられた瞬間、背筋を突き抜けるような強烈な電流が全身を駆け巡る。
「ああっ……! もう、だっ……め……っ!!」
もはやルールなどどうでもよかった。
声を殺すことなど到底できず、結衣は暗闇の中で必死に両手を伸ばした。
手探りで瑞樹の身体を見つけると、そのまま彼の広い肩にすがりつき、強く抱きしめるようにしがみつく。
視界は真っ暗なまま、チカチカとした真っ白な光の弾けが脳裏を何度もよぎっていった。
女の子座りの体勢のまま、瑞樹の胸元でビクビクと小刻みに痙攣する身体を止めることができない。
頭の中が真っ白に染まり、思考が完全に溶け落ちていくような、果てしなく深い波に全身が飲み込まれていった。
「ハァ……ハァ……ん……ッハァ……」
深く、長い余韻。
瑞樹の肩にしがみついたまま、息も絶え絶えに肩で息をする結衣の耳から、不意にイヤホンが優しく抜き取られた。
同時に、視界を塞いでいた分厚いアイマスクも外される。
眩しい部屋の光に目を細めると、至近距離で意地悪でありながらも、どこか満足げな、けれど真っ赤に顔を染めた瑞樹が見下ろしていた。
静寂が戻った部屋の中で、瑞樹の優しい声が耳に届く。
「えっと……大丈夫か……?」
しかし、結衣の意識は全く別の場所に向いていた。
ふと視線を落とした先。自分の座っている場所、女の子座りをしていたベッドのシーツ。
浮かしていた腰を下ろした時、ヒヤッとする冷たい湿り気を感じてしまったのだ。
(うそ…………はっず……)
その生々しい湿りを感じて、結衣はようやく気がついた。
攻められ続けている間、自分では全く自覚がないままに、身体はとめどなく反応し続けていたということに。
圧倒的な羞恥と、それ以上の深い余韻の中
、結衣は火照った身体を震わせながら、ただ瑞樹の肩に顔を埋めることしかできなかった。
「……大丈夫…………じゃない」




