第21話 結愛(5)
「――みーくん! あそこのお肉、すごい! なんかやばい!」
「語彙力が消えたぞ、一花」
一花が、大きな丸皿に山盛りに盛ったミディアムレアのステーキを頬張りながら、ニコニコと幸せそうに小走りでやってきた。
その後ろから、五等分同盟の二ノ宮、三鷹、四葉、五十嵐の四人も一緒にやってくる。
それぞれが思い思いの料理を乗せたワンプレートを仕上げて、一様に頬を綻ばせて幸せそうだ。
それにしても、一花を筆頭にこの五人が揃うといつ見ても華やかで、とんでもなく美人揃いだなと感心してしまう。
一花は言わずもがな、みんなの愛され妹的存在で、小さい体でいつも元気いっぱいに振る舞っている。活発なショートヘアも相まって、どことなく結衣と似た親しみやすい雰囲気がある。
二ノ宮は、肩まで伸びた茶色いセミロングの髪。今日は気合いを入れているのか、可愛いピンクのピン留めでいつもは見えない綺麗なおでこを少しだけ出している。キリッとした目がおっかなくて天然のツンキャラだったが、学校祭のコンカフェでツンデレ妹を演じたことを機に、学年でも唯一無二の天然ツンデレキャラとして認知されつつある。誰よりも優しくて、他人の感情への理解力に優れた、瑞樹の大好きな友達だ。
三鷹は、おっとりとした見た目で、いつもふわふわとした天然の雰囲気を纏っているショートボブの女の子。しかし実は悪戯好きで、クスクスとほくそ笑む姿がよく似合う。最近、遊のサッカー部の友達である七瀬と付き合い始めたらしい。
四葉は、一花と似ていつも元気な印象がある。長めのポニーテールを揺らしてニコニコ笑う顔が愛くるしい。根っからの純粋な心の持ち主なのか、あまり他人を疑わない。四葉も最近、サッカー部の八重樫と付き合い始めた。
五十嵐は、五人の中で一番大人びているみんなのお姉さん的存在。毛先だけゆるくパーマをかけたロングの黒髪で、言葉数は少ないけどハッキリとものを言うタイプだ。暴走しがちな一花や四葉を、いつも的確に制しているイメージが強い。
今になって改めて思うが、この美少女五人が揃ってやった妹コンカフェ。実はとんでもなくすごい奇跡の空間だったのでは、と。来年はもっとすごいことになりそうだ。
「……なに、顔赤くしてジロジロ見てんのよ。気持ち悪い」
「いたっ!」
二ノ宮が、瑞樹の脇腹を鋭い肘打ちで小突いた。
瑞樹は攻撃を受けた脇腹をさすりながら、五人を一瞥して視線を誤魔化す。
「な、なんでもない。ただの人間観察だ」
相変わらず粒揃いの美少女集団だと思ったことは、決して口には出さず心の中に留めておく。
もし言えば、三鷹を筆頭に『瑞樹くんは誰が一番好み?』などと、イジられる未来が確実に見えたからだ。
二ノ宮は訝しげなジト目を向けてくるが、瑞樹は敢えてそこには触れずに、三鷹と四葉に話を振る。
「……七瀬と八重樫は、一緒じゃないのか? せっかくのクリスマスパーティーなのに」
「そうなの! 聞いてよ瑞樹くん!」
四葉が、ぷくっと頬を膨らませて怒った表情で詰め寄ってくる。
「あの人たち、『これだけ同じ高校の人が多いところで、ずっと一緒にいるところを見られるのは恥ずかしい』とか言って、男子の集まりに逃げちゃったんだよ! 酷くない!?」
「ねー。ちゃんと付き合ってるんだから、別に変なことじゃないのに。男の子って変なとこでプライド高いよね」
三鷹も、顔はおっとりと笑っているが、目の奥はメラメラと静かな怒りに燃えているように見える。
これは、あいつらにも恋愛の洗礼と教育を与えないといけないな。
瑞樹は少し老婆心ながら、付き合いたての七瀬と八重樫の今後の関係を思って、明確なアドバイスを提案した。
「三鷹も四葉も、遠慮するな。あいつらは、多少強引なくらいに首根っこ引っ張ってやらないとダメなタイプだ。ただでさえあいつらは顔が良くて、他の子から声掛けられやすいんだから。今のうちに手綱はしっかり握って、私たちの彼氏だって周囲に知らしめとけ」
「……やっぱり、瑞樹くんもそう思うよね!? ほら、行こ!」
四葉は、何かを吹っ切ったようにやる気に満ちた表情になり、「あらあら、瑞樹くんは悪いこと教えるね」と言いながらも全く抵抗する素振りのない三鷹の手を引いて、男の集団がいる人混みの中へと、勇ましく消えて行った。
「……騒がしい奴らだな」
「ほんとね」
瑞樹が苦笑いで遠くを見つめると、五十嵐もやれやれといった苦笑いで寄ってきた。
「あの子たち、彼氏が出来てから毎日いつも楽しそう。でも、休日に五人揃うことが少なくなって、私たち独り身はちょっと寂しいなーって。逆に、最近はこの三人での女子会が増えちゃったの」
「ねー。だから今日は、私たちも良い出会いを期待して気合入れてるんだもんね! 私たちも絶対彼氏作ろう! 寂しいクリスマス脱却!」
一花も小さな両手でガッツポーズをして、やる気満々にフンスッと鼻を鳴らす。
五十嵐もうんうんと頷いて一花に同意するが、二ノ宮はそんな浮かれた二人を見て、一人だけ冷めたため息を吐いていた。
「なんでみんな、そんなに彼氏彼氏って必死なのよ……。べ、別にいなくたって、女子だけで楽しいし……」
「ニノちゃん、そんな可愛げのないこと言ってると、あっという間に三十路になっちゃうよ? 婚期逃しちゃうよ?」
一花が手厳しい言葉を投げるが、二ノ宮は顔を少し赤くしながらも冷静に打ち返す。
「私たちはまだ高校一年生でしょ。婚期とか気が早すぎるわよ。……正直、私はもうしばらくは、恋愛はいいかなーって感じ」
「へぇ。……まるで、大恋愛の末に失恋したばかりみたいな言い方ね」
五十嵐が黒髪を揺らして鋭く突っ込んで、二ノ宮と、流れ弾の当たった瑞樹もギクッと体を反応させる。
二ノ宮からは、明確に好きだと告白されたわけではなく、あくまでも『それに近しい感情を一時的に抱いた』と、この間の女子会で告げられただけだ。
だから厳密には失恋ではないのだろうけど、二ノ宮の今の反応を見るに、なんとも表現し難い、複雑な感情だったと思わざるを得ない。
そして、その細かな二ノ宮の表情の変化と、瑞樹の不自然な動揺を、目ざとい一花と五十嵐が見逃してくれるわけがなかった。
「……えっ……? えっ!? ちょっと、みーくん!?」
「ニノちゃん……あなた、まさかやっぱり……」
瑞樹と二ノ宮は、慌てて両手を胸の前でブンブンと振って、必死に「違う!」と弁解するが、二人の目は怪訝そうな、全てを察したようなジト目のまま、全く変えてはくれない。
「ち、違う! ほんとに違うからっ!」
「ほんとだぞ! 俺と二ノ宮とは、一切何もないからな!」
「なんか二人とも必死過ぎて、逆に怪しいわね」
五十嵐は、怪しい関係を疑うようにふふっと黒い笑みを浮かべる。
忘れていたが、この人も三鷹に負けず劣らず、人をイジるのが好きなタイプだった。というか、隙のない二ノ宮があたふたして崩れる姿を見るのが好きなのだ。
「も、もぉー! ほんとに違うんだってば! 信じてよ二人とも!」
「ふーん……」
一花は、ジト目で瑞樹の顔をじっと見つめると、ボソッと呆れたように呟く。
「……みーくんって、本当に罪作りな人だね」
一花は、小さな肘でぐいぐいと瑞樹の脇腹を非難するように押すと、五十嵐と腕を組んで「美味しいケーキ取りに行こっか」と踵を返す。
二ノ宮もそれを慌てて追いかけようとして、しかし一瞬だけ立ち止まると、瑞樹にコソッと耳打ちをする。
「ご、誤解はあとで私がちゃんと解いておくから! 変な風に思わないでよね!」
明らかにイジられていると気付いているのかいないのか。律儀で真面目な奴だなと、瑞樹は少し可笑しくて、一人小さく笑った。
***
一花たちが去った後、程なくして大ホールの入り口から、やっと待ちに待った想い人がやって来た。
「やっほー、瑞樹くん」
「お疲れ、結衣」
さすがに外の寒さには勝てなかったみたいで、今日はブレザーの上に少し大きめのダッフルコートを羽織ってきている。
チェック柄のマフラーで顔の半分までぐるぐると埋まったままだけど、微かに覗かせるぷっくりとした頬と鼻の頭が、寒さで赤く染まっているのを見て、ああ、外は本当に寒かったんだなと想像する。ただそれだけで、瑞樹はなんだか彼女の存在がどうしようもなく愛おしく思ってしまった。
「ごめんね、古河くん。結衣ちゃんと時間までお喋りして待とうと思ってたんだけど、つい女子トークで盛り上がっちゃって」
結衣と一緒に来た紗綾香が、コートを脱ぎながら眉を下げて大人びた微笑みを向ける。
この二人も、グランピングでのあのお泊まりダブルデート以降、急激に仲良くなった。
連絡先を交換して、なにやら二人で秘密の女子会を定期的に開いているらしい。
(……ほんと、女子会好き過ぎだろ、女子って生き物は)
瑞樹は心の中で突っ込むと、二人に向かって微笑んだ。
「いえ、結衣に先輩みたいな綺麗な友達が出来て、俺も嬉しいです。……思ってることすぐに口に出しちゃうデリカシーのない奴ですけど、嫌わないで面倒見てやってください」
瑞樹が、まるで結衣の保護者のように振る舞って頭を下げると、結衣は「むっ」と頬を膨らまして、瑞樹の腕に頭からドスッと突撃した。
「ぐっ。……痛い」
「瑞樹くんのバカ。私はデリカシーの塊です」
そんな二人のじゃれ合う様子を見て、紗綾香は「ふふっ、ほんとに仲良いね。どう見てもカップルじゃない」と微笑ましそうにくすくす笑う。
「俺たちは、健全なオタク友達ですよ」
瑞樹は真顔でそう言うが、しかし、果たしてこの鋭い先輩には、結衣との関係が友達であるという狂った設定がまだ生きているのか、甚だ疑問ではある。
女子会の際に、結衣がペラペラと真実を教えてしまっていそうだ。
瑞樹は、探りを窺うように結衣の顔をチラッと見ると、彼女は瑞樹の意図を何か理解したように、スッと目を細めた。
そして彼女は、マフラーを首元まで下げて真っ赤な顔を出すと、瑞樹の肩に両手を添え、そのまま背伸びをして瑞樹のほっぺにチュッと軽くキスをしてきたのだ。
マフラーの下に隠れていた、冷たい外気とは真逆の温かくて柔らかい唇。触れるだけの短いそれが、瑞樹の心臓を狂ったように跳ねさせるには、十分すぎる破壊力だった。
「なっ……!?」
「ほら、この通り。私たちは、挨拶代わりにキスしちゃうくらい、とっても仲の良い友達でーす」
紗綾香は、驚くどころかニヤニヤと口元に手を当てて笑う。
「そうだねー。これは紛れもなく、健全なト・モ・ダ・チ、ダネー」
結衣と紗綾香は顔を合わせて、完全に示し合わせたように、悪巧みをする魔女のように笑い合う。
これはもう、決まりだ。
「……言ったな? 言ったんだな!? 言ったんですね!?」
瑞樹は、結衣と紗綾香の顔を交互に指差して抗議する。
「それにしても、古河くん、ほっぺにキスされても顔色一つ変えずに動じないんだね? 遊くんもそうだけど、この幼馴染たちの感情のストッパーって、一体どうなってるの?」
完全に無視された。
というか、瑞樹は必死に顔の熱を隠してポーカーフェイスを保っているだけなのだが。
紗綾香は呆れたように肩をすくめて、瑞樹を指差しながら結衣に顔を向ける。
「先輩。私たちはもう、普通のカップルがするような普通のことじゃ、全く満足出来ない体に開発されちゃったんです。……いわゆる、アブノーマルです」
「アブッ……!? えっ……じゃあ、ゆ、遊くんも、もしかしてそういうアブノーマルなのが好きなの!?」
「きっとそうですよ。だから先輩も、彼には放送ギリアウトを狙うくらいが、刺激的でちょうど良しです」
「ギリアウト……な、なるほど……。メモメモ……」
完全に遊んでる。
紗綾香が、遊との関係を進展させるために年下の結衣からなんでもかんでも吸収しようとするのをいいことに、結衣はあることないこと、適当な嘘を吹き込んでいる。
結衣に非難の視線を向けると、彼女は「てへっ」と舌を出して、小悪魔の悪い顔をした。
紗綾香は一学年上の先輩のはずなのに、この二人は一体どういう力関係になっているのか。
「あ。ほら、先輩。噂の彼氏が、他校の女の子にキャーキャー声掛けられてますよ。早く行って、私の教えの通り、手綱を握ってあげてください」
結衣がホールの人混みの一角を指差すと、まさに今、料理を取りに行っていた遊が、数人の女子生徒に囲まれてモジモジと話しかけられていた。
紗綾香は、それを見て深いため息を吐くと、「はぁ……。あの光景はいつものことだから、もう慣れちゃったわ。行ってくる」と溢して、トボトボと歩いて行ってしまった。
「……あの光景は、先輩にとってはもうノーマルなんだね」
結衣がポツリと呟いて、瑞樹はすかさず意地悪く訊ねる。
「じゃあ、あの光景をアブノーマルにするなら、どうなるんだ?」
「……NTRだね」
「NTRか」
二人は全く同時に、オタクらしい最低な答えを出し、顔を見合わせると「ぶっ」と吹き出して笑い合った。




