↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

123/138

第21話 結愛(2)

『久しぶりに、放課後エンカしよ』


 放課後。一日の授業を終えて校舎を出たところで、結衣からふいにメッセージが届いた。


 瑞樹は冷たい冬の風を避けながら校門の近くで立ち止まり、手袋を外してスマホに返信を打ち込む。


『おっけ。そっちに行こうか?』


 送信すると、すぐに既読の表示が付く。


 返信を待っていると――突然、右耳のすぐ後ろに、ふわりと温かい熱が近づいてきた。


「……よっ!」


「わっ!?」


 耳元で囁かれた甘い声に驚いて右に振り向くと、そこには校門の石柱の陰からひょっこりと顔を出して、ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべた結衣が立っていた。


「えへ。来ちゃった」


 冬仕様のブレザーの制服に、チェック柄のマフラーをぐるぐると巻いただけの、見ているこちらが寒くなりそうな身軽な恰好。


 誰もがもう一枚、上に指定のコートやダウンを羽織っているというのに、結衣は何故か冬の装備はマフラーだけだ。


「来ちゃったと言うか、来ちゃってましただよな!? てか、お前の学校終わるの早くないか?」


「期末テストだったんだー。だから午前授業だったの」


「なるほど。それで、俺の学校の前で待ち伏せが出来たってわけか」


 結衣は、まるで銃を構えているようなスパイの仕草で、校門の陰にササっと背中を預けてポーズをとった。


「ずっとここで角待ちしてました」


「FPSで一番嫌われるやつ」


「武器はショットガンです」


「最悪の極み」


 瑞樹が嫌そうに顔を歪めてツッコミを入れる。


 すると結衣が、ピョンと瑞樹の正面に小動物のように近寄ってきて、右手の人差し指を瑞樹の胸元に突き立ててきた。


「……バァン」


「うっ……!」


 邪心など欠片も知らないような、心底楽しそうな屈託のない笑顔。


 風に揺れるショートヘアと、マフラーに埋もれた赤い頬が、瑞樹の心臓を直撃した。


「……可愛すぎだろ」


 思わず口に出てしまってから、「あっ」と瑞樹はしまったという顔で視線を逸らす。しかし結衣は、ニヤニヤとその視線の先に顔を出して、下から覗き込むように追ってくる。


「ふふふ。照れてるー」


「……やめろ! ほら、行くぞ!」


 瑞樹は照れ隠しに強引に結衣の手を握り、歩き出す。


 結衣はニコニコしながら「えへへ」と、ぐいっと自分の体重を瑞樹の腕に預けてきた。


 本当に歩き難い。


 けどやっぱり、心地良い。


 いつの間にか、結衣の柔らかな体温や甘いシャンプーの匂いが直に感じられるこの距離感が、瑞樹にとっても当たり前になっていた。


 それこそ、先日のように瑞樹自身が他の女の子に対しても距離感を間違ってしまうくらいには、骨の髄まで馴染んでしまっていたのだ。


 全部、結衣のせいだ。


 まったく。


 呆れながらも、瑞樹の口から自然と幸せそうな笑みが溢れたのを、結衣の鋭い目は見逃さなかった。


「どうしたの、急に一人でニヤニヤ笑って。変質者?」


「おい、こら。ひとのことを、何かよからぬことを企ててる怪しい奴みたいに言うな」


「あ、やっぱり、そーゆーコンセプトの笑みだったんだ。ひくわー」


「いや、絶対違うからね?」


 結衣は「あはは!」と楽しそうに笑うと、小さな手でギューっと瑞樹の手を強く握ってきた。


 瑞樹もそれに呼応するように優しく握り返すと、結衣はまた嬉しそうに目を細めて笑った。


***


 冷えた体を温めるため、二人は駅前にあるいつもの行きつけのカフェに向かったが、残念なことに店舗の入り口には『配管工事のため臨時休業』の張り紙がしてあった。


 仕方なくどうしようかと二人で話し合い、時間も潰せるしということで、まだ二人きりで行ったことがなかった駅前のカラオケに行くことになった。


 通された部屋はカップル用なのか、三畳くらいしかない激狭ルームだった。


 ピッタリと肩をくっつけて座るスペースしかない小さなソファに、無駄に大きすぎるテーブル。そして近すぎるカラオケのモニター。


 カップル用というより、もはやヒトカラ部屋に思える。


「ま、私たち歌わないからいいんだけどね」


「それな」


 瑞樹はもちろん、結衣もカラオケで歌うのはあまり得意な部類ではなく、友達の付き合いで行く時も周りでタンバリンを叩いて賑やかす役目をかっていた。


 だから、通されたこの部屋がいかに狭かろうと、二人にはさして問題ではなかった。


 薄い壁の向こうから、他の客が熱唱している声や曲の重低音がドスドスと聞こえてきていて、カラオケに来ているという特有の雰囲気は味わえる。何より、誰の目も気にせずゆっくり話が出来れば、それだけで良かった。


 瑞樹が注文したコーラ、結衣のメロンソーダ、そして山盛りのフライドポテトが届いたところで、パクッと揚げたてのポテトを頬張りながら結衣が口を開いた。


「瑞樹くん、クリスマスパーティー、予約した?」


「したよ。結衣の分と合わせて二名で。どうやら、地域の有名なパティシエのいるケーキ屋さんも協賛してくれるらしいぞ。スイーツ食べ放題だ」


「へー! それはすっごく楽しみだね。元取るためにいっぱい食べなきゃだ。……あ、服装は、普段着でいいのかな?」


 パクパクと小動物のように連続でポテトを摘む結衣。


 よほどお腹が空いているのか。


「いや、制服じゃないとダメみたいだぞ。学校行事ではないけど、学生としての意識は持って、羽目を外しすぎないようにしましょう、みたいな趣旨らしくて」


 それに、パーティーからの解散後、そのまま繁華街で夜遊びするのを防ぐ役割も担っているようだ。


 制服のまま夜の街を歩いていれば、補導される可能性がグンと上がるからだ。


「そっかー、制服かー。まあ、コーデ考えなくて良くて楽だからいいけどね。……ポテトうまー」


「お腹空いてんのか? もしかして、午前授業だから昼飯何も食べてないのか?」


 結衣は、ポテトを咥えたままコクリと頷く。


「だったらガッツリ飯頼んだら? どうせ、この変な時間にポテト食べたら、夜ご飯食べない気だろ?」


「ふふっ。さすが名探偵。真実に辿り着いちゃったね」


「そんな食生活だから、小っちゃいんだぞお前は。もっといっぱい食べておっきくなりなさい」


 瑞樹は保護者のようにそう言いながら、結衣のペタンコなお腹をぷにっとつつこうと手を伸ばした。


 しかし、瑞樹の伸ばした手を、ちょうどテーブルの奥にあるメニューを取ろうと伸ばした結衣の手が下から押し上げてしまい。本来ならお腹をつつくはずだった瑞樹の指は、軌道を逸れて結衣の胸を的確に捉えてしまった。


――ぷにょん。


 決して大きくはないけど、確かな弾力と柔らかな感触が指先から脳へと伝わる。


「……」


「……」


 結衣は勢いよく顔を向けて、ジト目で瑞樹を無言で見つめた。


「……小さくて悪かったね? 瑞樹くんは、やっぱりおっきいのが好みなんだ」


「ちがっ……! 俺が言った小さいというのは身長とか全体的な体の話で、決して胸の話では……!」


「ふーん? じゃあぶっちゃけ、どっちがいいの?」


 これは絶対に誤魔化してはダメなやつで、真剣に答えないと引き下がってくれないやつだと、瑞樹は結衣の凄むような表情から読み取る。


(いや、そもそも。事故とはいえ胸を触ってしまったことには、一切触れないのか結衣さんは)


「……いいか、結衣。男にとって女性の胸は、大きさじゃない。感度だ!」


「か、感度……?」


 まさかの斜め上の回答に、珍しく戸惑う結衣。


 瑞樹はここぞとばかりに追撃をかける。


「そう、感度。触った時にどんな反応をするかが一番大事なんだ。大きさなんて二の次。……ちなみに俺は、大きいよりも小さい方が、断然好きだ」


 今までいろんなやり取りを赤裸々にやってきたからか。これくらいの少し際どい会話は、もはやお互いに恥ずかしげもなく真顔で交わすことができるようになっていた。


 付き合いたての初々しさなんてものは、とうの昔にどこかに置いてきてしまった二人だ。


「えっ。じゃあ、今の無反応だった私は、ゼロ点じゃん」


「落第点だな。やり直し」


「でも瑞樹くん。たかだか指先で服の上から軽く触れたくらいで、『あっ……』みたいな艶っぽい声なんて、普通出ないよ」


「あの変態の結衣さんでも?」


「出ないってば!」


 結衣の頬が、少しだけ赤らむ。


「ほら、だったら普通に触ってみてよ。そしたら、ちゃんと瑞樹くんの望む反応になるはずだから」


 結衣は照れながらも、挑発するようにトンッと胸を突き出してくる。


 今ならいくら触っても絶対に怒られなさそうだが、さすがの瑞樹も、一応ここが外であるという場をわきまえている。


「……ただの友達の胸を触るなんて変態なこと、しません!」


「わ、逃げた。ヘタレー」


「結衣が言い出した設定だよね!? 俺たちはあくまで友達のままなんだよね!?」


 結衣は「ちぇー」と座り直すと、メニューをぺらぺらと捲りながら口を開いた。


「そーだけどさー? なんか最近、瑞樹くんの関係者には、続々と付き合ってるって公言してるみたいじゃん?」


 幼馴染たち。二ノ宮と六花。そして南那。


 いつの間にか、友達設定が通じない人が増えてきてしまった。


 瑞樹なりの相手に対する誠意を貫くために、伝えなければいけなかった人たちではあるのだが。


 結衣は「あ、これにする」とお好み焼きのメニューを指差すと、入り口の壁にある備え付けの電話で手際よく注文を済ませた。


「……もう、この設定やめるか?」


「んー……」


 結衣は悩む素振りを見せながら、瑞樹の開いていた両足の間に割り込むようにして、瑞樹の膝の上に正面からストンと座った。


「おい。なに普通に座ってんだ。そこはソファじゃありません」


 結衣は至近距離で、瑞樹の目をジッと見つめる。


 何も喋らず、ただ瞬きもせずに見つめ続けられて、瑞樹の額からジワリと冷や汗が滲み出す。


 なんか、危ない雰囲気を感じる。


「……なんかさ」


 結衣は、吐息がかかる距離で小さく口を開いた。


「なんか、これくらいじゃ、もうドキドキしないよね。……私、結構こういう設定の縛りプレイにはのめり込める性格なんだけど。瑞樹くんとは、本当に友達だった時からイチャイチャし過ぎて……麻痺してきちゃった、ね?」


「……まあ、そうだな。正直俺も、今こんな密着する体勢になっても、ドキドキよりも『結衣に何をされるのか』っていうハラハラの方が勝ってる」


「出会った頃の瑞樹くんは、ちょっと触れただけで、すぐにムラついてたのにね」


 結衣は瑞樹の首に両腕を回し、悪戯っぽく小悪魔の笑みを浮かべる。


「ひとを性欲の塊みたいに言うな! ムラつきで言えば、絶対に結衣の方がすごかっただろ!」


「えー? どこでそれを感じたのかなー?」


 ぐりぐりと、瑞樹の胸を指で押してくる結衣。


「夜の公園の滑り台! ゲーセンの筐体の中! 結衣は場所を選ばず、すぐに過激になるだろ! 俺がどれだけ必死に理性と戦ったことか! それに、この間のグランピングの夜もそうだ。お前、めっちゃ濡れっ――」


 ハッとして。


 瑞樹が、そして結衣が、ピタッと動きが止まる。


 互いの視線が空中で激突し、瑞樹は自分の口を縫い合わせたい衝動に駆られ、結衣は理解が追いつくにつれて瞳孔を揺らしていった。


 数秒の静寂の後。


 結衣の顔が、首の根元から耳の先までどんどん赤くなって、恥ずかしそうに視線を泳がせて逸らした。


(……やっばい。気まずい)


 結衣は泣きそうなくらい瞳をうるうるとさせ、しかしジトっと張り付くような鋭い視線を瑞樹に向けた。


「……なんで、バレてたの? もしかして……浴衣の下がマッパなの、最初から気づいてた、とか?」


「……ずっと気付いてなかったよ……。ただ、暗闇で体勢を入れ替えた時に、何かの拍子で膝が当たって。その時の感触で……」


 結衣は勢いよく両手で顔を覆う。


『顔を見るな』と言わんばかりの、恥じらいの仕草。


「……はっずっ……!」


 結衣は瑞樹の膝の上からサッと降りると、元のソファに座って、自分のスカートの裾を強く抑え込んだ。


「いや、だってしょうがないじゃん……! いつも私がしてあげるばっかで……瑞樹くん、全然私にしてくれないんだもん……!」


「ぐっ……」


 何を、とは言わずもがな、瑞樹は痛いほど理解できた。


 そして、大好きな彼女にそこまでの思いをさせていた申し訳なさと恥ずかしさが押し寄せて、同時に男としての不甲斐なさと自分のヘタレ具合に、強烈な嫌気がさした。


――コンコン。


 重たい空気を破るようにドアがノックされ、「失礼しまーす」と、温かい湯気を立てたお好み焼きを店員が持ってきた。


「ごゆっくりどうぞー」


 店員がいなくなり、結衣は顔の熱を冷ますようにゆっくりと割り箸を割ると、あつあつのお好み焼きを小さく切り分け、フーフーと冷ましてから口に含んだ。


「……意外と美味しい。瑞樹くんも、食べる?」


 いつものニコニコとした表情。でも、少しだけ頬が赤い。


「じゃあ、少しだけ。貴重な結衣の夜ご飯だからな」


 結衣は一口分を割り箸で切り分けると、自然な動作で「あーん」と瑞樹の口に運ぶ。


「ん。美味いな。紅生姜がもうちょっと欲しいけど」


「欲張り」


 ふふっと。結衣は全てを許すように、可愛く笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。