↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

120/138

第20話 清算(4)

 南那、二ノ宮、六花と駅前で別れた瑞樹は、火照った顔を冷たい夜風で冷ましながら、そのままの足で駅前の繁華街にある居酒屋へと向かった。


 今日は、とある重要な予定が入っていたのだ。


 報告会。


 それは、シェアハウスで暮らす幼馴染たちの両親と、保護者代わりである瑞樹とで、二ヶ月に一回開催される現状報告の場だ。


 本来であれば、一度家に帰って私服に着替えてから向かうつもりだったが、予想外の古本屋でのエンカウントから始まり、喫茶店での断罪女子会、そしてエレベーターでのハプニングに見舞われたため、仕方なく制服のまま直接向かうことになった。


 なんなら、予定の時刻から少しだけ遅刻してしまっている。


 瑞樹は赤提灯が下がる大衆居酒屋のくぐり戸を開け、出迎えてくれた店員に予約名を伝えると、店の奥にある静かな座敷の個室へと案内された。


「……お待たせしました。遅れてすみません」


 障子を開けて中に入ると、座敷の個室には、既に三人の女性が並んで座って待っていた。


 朱音と一花と遊の母親たちだ。


 例の如く、長テーブルの片側に三人の母親が身を寄せるように座り、その対面の席に瑞樹が一人で座る形になる。


 先程までと相手の年齢と場所が変わっただけで、女性三対男一の構図が全く変わっていないことに気付き、瑞樹は内心でフッと自嘲気味に笑ってしまった。


 瑞樹が向かいの座布団に腰を下ろすと、一番手前に座る朱音の母親が、瑞樹の服装を見て優しく口を開いた。


「瑞樹くん、忙しかったかな? 制服のままね」


「あー、ちょっと学校帰りに野暮用がありまして。家に帰って着替える時間がなかったので、そのまま来ました。それでも遅れてしまって、本当にすみません」


 瑞樹が深く頭を下げると、真ん中に座る遊の母親がニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべ、「大丈夫よ。私たちも今来たところだから。気にしないで」と温かくフォローしてくれた。


「えーっと、今日は……」


 瑞樹が三人を一瞥すると、質問の意図を理解した朱音の母親が苦笑いで答える。


「うちの旦那は、いつも通り遠方に出張で来られなくて。天音さんのところは、旦那さんが体調不良。風邪ですよね?」


「ええ。ここ数日、いきなり冬みたいに寒くなったじゃない? それでうちの人、すっかり体調を崩しちゃって、今日は家で寝込んでるの」


 遊の母親が、申し訳なさそうに口元に手を当てる。


「……井上さんのところは、まだ、ね」


 気まずそうに朱音の母親が一花の母親に視線を向けると、彼女は相変わらず少し疲労の滲む顔で、静かに頷いた。


「ええ。あんまり良くならないの。まぁ、年齢も年齢だから、回復が遅いのも仕方ないのだけどね……」


「そう……ですか」


 一花の父親代わりになっている祖父は、前回の報告会から不参加となっている。


 どうにも体調が優れず、ベッドからも起き上がれなくなってきたため検査をしたところ、そのまま入院となってしまったのだ。


 診断の結果、ガンが見つかったらしいが、幸いにもまだ初期段階だったらしく、手術で無事に取り除くことができたと聞いている。


 しかし、高齢ゆえの術後の発熱や体調不良が続いており、経過観察も兼ねてしばらく長引く入院生活を送ることになったのだ。


「失礼します」


 重い空気が流れかけた時、個室のドアが開き、事前に頼んでいたらしい料理を店員が次々と運んできた。


 唐揚げやだし巻き卵、お刺身の盛り合わせなど、アラカルト系の大皿料理。自分たちで好きなものを取って食べようという、気取らないスタイルだ。


「ごめんね、瑞樹くん。あなたが来る前に適当に頼んじゃったの。食べられないものはない?」


 遊の母親が申し訳なさそうに言ったが、瑞樹としては直前まで喫茶店で冷や汗をかいていたせいでそこまでお腹が空いていなかったので、むしろこの取り分けの形の方が助かった。


「いえ、全然大丈夫です。いろんなものを食べられるので、この方が楽しいですよ」


 瑞樹の完璧な営業スマイルに、遊の母親はホッと安心したように微笑んだ。


「じゃあ、温かいうちにいただきましょうか」


「「いただきます」」


 それぞれ取り皿に適当に食事を摘みながら、瑞樹はお茶で喉を潤し今回のメインである彼らの近況報告を始めることにした。


「えーっと、前回の報告会が十月の頭だったと思うのですが……その後にすぐ学校祭がありました。結論から言いますと、みんなクラスや部活の人間と積極的に関わっていて、それぞれ大成功をおさめました。……学校祭の準備期間から俺も彼らの様子を見てましたけど、俺の想像を遥かに超えるスピードで他の生徒たちに溶け込んでいます。誰も、一度も、パニックになって発狂したり、泣き叫んだり、暴れたりしませんでした」


 瑞樹のそのハッキリとした力強い言葉に、三人の母親たちは息を呑み、安堵の表情を浮かべた。


「もちろん、時と場合によっては多少なり精神的な不安定さを見せることはありましたが……正直、それも一般の高校生が抱える悩みの範疇というか、そこまで深く気にするレベルではないと、俺は思っています」


「……遊は……その……また無茶してないかしら?」


 遊の母親が、箸を止めて心配そうに訊ねてくる。


 前回の報告会の前の週に大谷高校の学校祭があり、遊が二階から飛び降りたことは、隠さずにその時に報告していた。


 確かに、遊の彼女である紗綾香を助けるためとはいえ二階の窓から躊躇なく飛び降りるというのは常軌を逸している。母親が心配してトラウマになるのは当然だ。


「そうですね、あれ以来、あいつは無茶はしてません。……気にするレベルではないと一括りに言ってしまって、すみません」


 瑞樹が反省して頭を下げると、遊の母親は慌てて両手を振って否定した。


「違うの、謝らないで古河くん! 経緯はちゃんと聞いているし、あの子の行動は……むしろすごく、優しくて男らしい行動でもあるから。親としては、誇らしくて嬉しくもあるの。あの、他人に全く無関心だったあの子が、大切な人のために自ら動けるようになったってことですもの」


「……はい。遊は、本当に誰よりも優しいです。昔から根は優しい奴でしたけど、それを表に出すことを恐れなくなりました。彼女ともすごく上手くいってるみたいで、本当に今、幸せそうですよ」


 そこまで聞いて、遊の母親は心から安心したように、深く長い吐息を漏らして、優しく微笑んだ。


「……あのね、瑞樹くん」


 今度は、朱音の母親が姿勢を正して、真っ直ぐに瑞樹を見つめてきた。


「瑞樹くんが言うように、最近の朱音はすごく元気で明るくて。私とも、昔みたいに普通に会話をしてくれるようになったの。私を見ても、怖がらなくもなったし」


「……一花もね、最近は週末になると、うちの家に泊まりに来たりしてるのよね。おじいちゃんが入院して、一人で家にいる私をすごく気にかけてくれてて。一緒にご飯を作ったりしてるの」


 一花の母親も、少し疲れた顔の中にニコニコと嬉しそうな光を宿して楽しそうに話す。


――ああ、この流れは。


 瑞樹は、言葉の端々からなんとなくこの後起こることがわかってしまった。


 この三人の母親たちが、事前に口を裏合わせて、何か大きなことを提案しようとしている。そんな決定的な空気を、瑞樹は敏感に感じ取った。


 別にそれは、瑞樹が優れた第六感を働かせることができるからではなく、単純に瑞樹自身もここ最近、ずっと薄々感じていたことだったからだ。


 それは、ここ一ヶ月くらいで、劇的にシェアハウスの環境が変わったからだ。


 高校に入学して瑞樹が結衣と出会って以降、週末に家を空けることが多かったのは、最初は瑞樹だけだった。


 それが今はどうだ。

 朱音はよく母親と買い物に出掛けるようになり、一花は実家に泊まることが増え、遊は紗綾香や両親と過ごす時間を優先して増やしている。


 それにより、週末の休日に四人全員がリビングに揃うことが、極端に少なくなったのだ。


 幼馴染たちと瑞樹が、一番時間を取って密に交流出来るはずの週末に。


 彼らはもう、保護者代わりの瑞樹を必要としなくなっているのだ。


 瑞樹が肌で感じている彼らの自立と成長を、親たちも同じように肌で感じているのだ。


 そう、それはつまり。


 これ以上、四人でシェアハウスという箱庭での同居を続ける必要があるのか? という、根本的な疑問に辿り着くことを意味する。


 瑞樹が薄々感じていたことだ。彼らの両親たちもきっと、そうなのだろう。


「……ねえ、瑞樹くん。私たち親の中ではね……もう、あなたたち四人の同居を、辞めても良いんじゃないかって思ってるのだけど……」


 朱音の母親が、朱音のように綺麗で澄んだ瞳で微笑みながら、優しく、しかし確かな覚悟を持って問い掛けてきた。


「……瑞樹くんは、それについてどう思う?」


 やはり、そうだ。


 いつか来ると思っていたその日が、ついにやってきたのだ。


 瑞樹も、その答えはずっと前から考えてきた。


 四人で食卓を囲んだ騒がしい夜のことや、それぞれが泣いてぶつかり合った記憶が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。


 自分が復讐という黒い感情でこの暮らしを立ち上げたことなど、もうすっかり忘れてしまっていることに、今更ながら気がついた。


 ゴクリと、乾いた喉を鳴らして生唾を飲み込み。


 瑞樹は、三人の母親たちを見据えて、静かに口を開いた。


「俺は——」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。