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第20話 清算

「私は顔がドストライクで超好みだったんだよねー。一目惚れってやつ? 見た瞬間に『あっ、好きかも』って心臓がドキッてしたのなんて、生まれて初めての経験でさー」


 大谷高校一年、アニメ研究会所属の榊原南那が、純喫茶特有の銀色の器に盛られたコーヒーゼリーとアイスをスプーンで掬い、興奮気味にパクッと食べながらそう言った。


「わ、私は別にっ……そんなんじゃないし! そりゃあ、初めて会った時は『ちょっといいかも?』って一瞬思ったけど……って、アンタたち私に何言わせるのよっ!」


 宮の森高校一年、五等分同盟の二番手、二ノ宮がアイスコーヒーのストローを落ち着きなく噛みながら、顔を真っ赤にしてテーブルを軽く叩いた。


「私は、すっごくいいなぁって思ってたかな。元彼と違って私のことをすっごく理解してくれるし、一緒にいて楽だったし。この人の彼女になれたら幸せかもって思ったのは、紛れもない本音だね」


 宮の森高校一年、学校祭最終日に彼氏と別れたばかりの六花が頬杖をつき、明るく染めた髪の毛をくるくると指で遊ばせながらそう言った。


「でもそっかー。……やっぱり付き合っちゃったんだね、あのショートの可愛い子と」


 六花は「まぁ、あの狂った距離感だったし、当然だよね」とカラカラと笑うと、南那がスプーンを咥えたまま、頬をぷくっと膨らませて拗ねたように口を開いた。


「そうなるだろうとは思ってたけどさぁ。それでもただの友達って言い切るから、私にもまだワンチャンあると思ってたのに……ちぇー」


「いやいや、夢見過ぎでしょ、あんたたち。あのショートの子も、瑞樹くんにベタ惚れなのは、見てて丸わかりだったでしょ。入り込む隙なんてなかったのよ」


 二ノ宮が呆れたように、深いため息混じりにそう言うと。南那と六花も顔を見合わせて「はぁ〜あ」と大袈裟に肩をすくめた。


「……おい、お前たち。まるで俺がここにいないみたいに堂々と話してるけど、目の前にいるからな? 俺に対する赤裸々な感情、全部聞いてるからな?」


 瑞樹が引き攣った苦笑いでテーブル越しにツッコむと、三人の女の子たちは一斉に瑞樹へと視線を向け、示し合わせたように「ハハ……」と冷たい愛想笑いで返してきた。


(なんだよ、この地獄みたいな状況! もう帰りたいぞ、俺は……!)


 駅前の五階建て雑居ビル。


 聞いたことない会社の事務所や、夜しか営業していないスナックなどが入る怪しげなビルの三階に、知る人ぞ知る隠れ家的な純喫茶がある。


 店主が昭和から平成初期にかけての時代のアニメが好きらしく、タバコのヤニで少し黄ばんだ狭い店内のあちこちに、年代物のポスターやセル画などのグッズが所狭しと飾られている。許可を取れているのか怪しい、懐かしのアニメ主題歌のBGMが少し大きめのボリュームで鳴り響いていた。


 そんなオタク特有のノスタルジーを感じる喫茶店の四人掛けボックス席に、初対面同士のはずの南那、二ノ宮、六花が並んで座り、そして彼女たちに包囲される形で、渦中の瑞樹が身を縮めて座っている。


 まさに、瑞樹を断罪するための謎の集会。


 事の発端は、約一時間前に遡る。


***


 十二月に入り、街を吹き抜ける風は肌を刺すような鋭い冷たさを帯びていた。


 行き交う人たちの服装も、ダウンジャケットや厚手のコートなど、まるで重鎧のように着膨れしている。


 時刻はまだ十五時を過ぎたあたりだが、冬の空は早くも薄らと暗くなり始め、夏場の喧騒とは程遠い、どこか物悲しい寂しさが街中には漂っていた。


 瑞樹は学校帰りに、アニメの円盤や漫画本が壁一面に並んでいる、この辺り一帯のオタクが御用達の大型中古ショップに来ていた。


 古紙とビニールの独特な匂いが漂うこの場所は、瑞樹が初めて結衣と出会った場所だ。


 あの時の、脳天を貫かれるような衝撃を超える出来事は、おそらくこれまでも、そしてこれからも自分の人生には無いと言い切れるくらい、劇的で運命的なものだった。


 そんな大切な思い出を頭の片隅に浮かべながら、瑞樹が漫画本コーナーで新入荷の棚を物色していた時。


 ふと、背後から聞き覚えのある女の子の声がした。


「んー……。これ、本当に中古の価格? プレ値ついてるとはいえ、ちょっと高過ぎない……?」


 瑞樹がハッとして振り返ると、そこには分厚いアニメのイラスト集を手にした榊原南那が、難しい顔をして一人ぶつくさと呟いて立っていた。


 結衣と同じ大谷高校の指定コートを身に纏った、綺麗なロングヘアーの一年生。


 大谷高校の文化祭に顔を出した時に、瑞樹は『結衣が好きだ』と示唆したにも関わらず、彼女から『まだ付き合ってないなら、諦めない』という真っ直ぐな好意を向けられていた。


 今に至っても、結衣と両想いの関係になっていることは彼女には告げていない。だから、今ここで声をかけるべきか、それとも気付かれないように立ち去るべきか、瑞樹は正直迷っていた。


 しかし、オタク故の気配察知能力なのか、瑞樹の迷いの視線を南那は敏感に感じ取ったのだろう。


 今の今までイラスト集を凝視していたのに、突然バッとこちらに振り向いたのだ。


「わっ! なんだ、瑞樹くんか……って、ええっ!? 瑞樹くん!?」


 南那は手にしていたイラスト集を棚に戻して、長い髪を揺らしながら瑞樹の目の前までグイッと押し迫ってきた。


「よ、よお。なにしてんだ、こんなとこで」


 瑞樹が少し引き気味に身を仰け反らせて訊ねると、南那は花が咲いたような嬉しそうな笑顔を向けてきた。


「アニ研用の作画資料をちょっと探しにね。瑞樹くんこそなに? 漫画の物色?」


「まぁ、そんなとこかな。南那も、ここよく来るのか?」


「うん、結構来るよ。うちの街じゃ、こういう品揃えのいいオタクショップないからさ。……それより、こんなマニアックなとこで偶然会えるなんて、やっぱり私たち運命だね、瑞樹くん。これからどっかでデートしよ?」


 グイグイと距離を詰めてくる南那に、瑞樹はきっぱりと首を横に振った。


「俺の運命を上書きするな。そして、デートはしません」


 運命というなら、瑞樹にとってはここは結衣との出会いを果たした神聖な場所なのだ。


 他の女の子との思い出で、安易に重ね塗りはしたくない。


 そして何より、自分には結衣という特別な存在がいるのだから、他の女子とのデートなんてもってのほかだ。


「えー、いーじゃん、ケチ。まだ水橋さんとは正式に付き合ってないんでしょ?」


 確かに、南那にはまだ結衣との関係が進展したことは伝えていない。だから南那がこうして言い寄ってくるのも、彼女が悪いわけではない。悪いのは、態度を保留にしたままにしていた瑞樹だ。


 朱音に引導を渡した時と同様に、南那にも結衣と付き合っているとハッキリ告げた方がいい。


 急遽ではあるが、瑞樹は覚悟を決めて決断した。


「……実は、そのことなんだけど……」


「えっ。……もしかして、付き合っちゃった?」


 瑞樹の真剣な声色から、南那はすぐさま全てを察して、小首を傾げて訊ねてきた。


 瑞樹が誤魔化さずに静かに頷いて返すと、彼女の大きな瞳が一瞬だけ激しく揺れ、無理に作り笑いを浮かべようとして、それが上手くいかずに唇をキュッと結んだ。


 南那は数秒固まった後、「ハァ……」と大きな、そして少しだけ震えるため息を漏らした。


「……そっか。わかってはいたけど。もうちょっとだけ、頑張りたかったな」


「……ごめん」


 これ以上頑張られなくてよかったと、瑞樹は心の底で安堵しつつも、苦笑いで誤魔化そうとした――その時。


 トントン、と。

 瑞樹の肩が後ろから軽く叩かれた。


「……あんた、こんなとこで何やってんの?」


 不機嫌そうな声の主の方へ顔をやると、そこにはダウンジャケットを着込み、マフラーに顔を埋めた怪訝な表情の二ノ宮が立っていた。


「二ノ宮!? な、なんでお前がここに?」


「なんでって……別にいいでしょ。お兄ちゃんに漫画の最新刊買ってきてって、無理矢理お使い頼まれただけだし。……ってゆーか! 瑞樹くんこそ、なんでまた新しい女の子と一緒なのよ?」


 キョトンと首を傾げる南那と、明らかに困り果てている瑞樹の顔を視線で往復させて、二ノ宮は汚物でも見るかのようなジト目で瑞樹をキッと睨みつけた。


「あー、違うぞ。この子は榊原南那って言って、結衣と同じ高校の生徒なんだよ。訳あって、知り合い? みたいな感じで、今偶然会って……」


「ちょっと、ひどーい。せめて友達って言ってよ」


 南那は不満そうに頬を膨らますと、距離を詰めて、瑞樹の制服の袖をぶんぶんと甘えるように引っ張った。


 すると、それを見た二ノ宮が無言でパシッと南那の腕を掴み、瑞樹の袖から強引に引き剥がしたのだ。


「……むやみやたらに触らないの。瑞樹くんも距離感がおかしいから、変に勘違いさせられて泣きを見るわよ」


「おい、二ノ宮?」


「急に耳元で囁いてきたり、頭撫でてきたりするから、絶対に気を付けないとダメ。自分から沼にハマりに行っちゃうから」


「おい!!」


 瑞樹の抗議を完全に無視して、真剣な顔で南那に忠告する二ノ宮。


 しかし、その二ノ宮の顔が、自分の発言を思い出して少しだけ紅潮しているのを、南那の鋭い目は見逃さなかった。


「……なるほど。あなたもね」


 南那は、二ノ宮の両手を自分の両手でガシッと握りしめ、「だよね、だよね。わかるよ」と、勝手に深い部分で何かを理解し、共感し合っている。


(……なんで初対面のくせに、いきなり謎のネットワーク構築して仲良くなってるんだ?)


 瑞樹は、女同士の特有の面倒な事態に巻き込まれそうな不穏な雰囲気を感じ取って、二人をその場に残し、一人で逃げるように店の出口へと足を進めた。


 すると彼女たちは、「ちょっと、待ちなさいよ!」と何やらガヤガヤ話しながら、当然のように瑞樹の後をついてくる。


 ついてくる。どうしよう。


 そうやって頭を悩ませながら、店の自動ドアを抜け、冷たい冬の風が吹く外の歩道へ出た時だった。


 またしても、目の前に見知った女の子が立っていた。


「あっ。瑞樹くんだ」


 明るい髪に、ギャルっぽいもこもこのアウターを着込んだ、六花だ。


 彼女はちょうど店の前をスマホを見ながら素通りしようとしたところで、自動ドアから出てきた瑞樹とドンピシャで鉢合わせてしまったのだ。


「なんだ今日……! なんでこうも、次から次へとエンカウントするんだ!? 連続ボス戦かなにかか!?」


 天を仰ぐ瑞樹の混乱を完全に置いてけぼりにして、六花は瑞樹の背後から出てきた南那と二ノ宮を順番に視認すると、ジト目で瑞樹を見つめた。


「……瑞樹くん、すごいね。また女の子はべらせてるじゃん。しかも一人は新キャラだし」


「いや、六花、違うんだ。その、なんて説明したらいいか……全員偶然で……」


 言い淀み、完全にタラシのレッテルを貼られかけた瑞樹の前に、南那がピョコンと飛び出した。


「んー……。あなたからも同じ匂いがするかも。……よし! じゃあ、みんなで女子会しよう!」


「「女子会!?」」


 南那の突拍子もないコミュ力お化けな提案に、二ノ宮と六花が目を丸くして驚く。


「うちの部活でよく行く、喫茶店が駅前ビルにあるから、そこに行こう!」


 そうして、南那の持ち前の勢いと強引なペースに完全に押されて、急遽この謎の女子会が開催されることになってしまったのだ。


 瑞樹はもちろん、「俺は帰る」と言って逃げようとしたのだが、その腕を南那がガシッと掴み、あろうことか爆弾発言を口を滑らせたのだ。


『瑞樹くん、水橋さんと付き合ったんでしょ! だったら、振られた私たちの話を責任持って聞きなさいよ!』


――その一言が、決定打だった。


 瑞樹が正式に結衣と付き合ったことをまだ知らされていなかった六花の目の色が、スッと変わったのだ。


 そこで三人の間に、瑞樹を問い詰めるという強固な謎の結束が生まれ、絶対逃がさない。女子会しよう! と前のめりになってしまった。


 瑞樹は、結衣以外の女の子とお茶をすることへの後ろめたさを感じつつも、好意を向けてくれていた彼女たちへの申し訳なさと罪悪感もあったため、やむなくこの針のむしろへ同行することになってしまったのだった。

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