第19話 秋空
十一月に入り、少し遅めの紅葉シーズン。
土曜日で高校が休みということもあり、瑞樹は遊に誘われて遠出をすることになっていた。
「ゆーくん、ちゃんと荷物持った?」
「ああ、持った。大丈夫。……多分」
シェアハウスの玄関で、一花がまるで母親のように、慌ただしく準備をする遊に声を掛ける。
「瑞樹くん、こっち向いて。襟が中に入ってるよ」
「おお」
朱音が瑞樹の首元に手を伸ばし、マウンテンパーカーの襟を直してから、パンパンと軽く肩を叩く。
「よし、できた」と、朱音はいつもの屈託のない笑顔を向けた。
「ありがとう」
あの日――朱音に結衣と付き合ってると決定的な嘘を交えて告げてから、約三週間が経過した。
一花が言っていた通り、次の日からすぐ朱音の様子は普通になり、かつての幼馴染同士としての飾らない日常が戻ってきた。
幼馴染としては多少近い距離感ではあるけれど、そこに以前のような恋愛的な意味合いはなく、ただ家族としての親愛のようなものだけがある、そんな距離感。
それは瑞樹が想像していたよりも、ずっと居心地が悪くなかった。
朱音からの猛烈な好きのアピールがなくなって、ほんの少しだけ寂しくなるかと思ったけれど、朱音も、そして一花も、変に気まずさを引きずったり気を遣ったりすることなく、ごく普通に接してくれた。
だから瑞樹も、余計な心配や気遣いをせず、この当たり前の日常を、当たり前に過ごすことができたのだ。
「今日の帰りは深夜だよね? 最終の電車だっけ?」
朱音からの問いに、靴紐を結び終えた遊が答えた。
「その予定。ただ、天気が少し怪しいから、早めに帰ってくるかもしれない。でも、ご飯は向こうで済ませてくるから」
「わかった。気をつけてね、遊くんも、瑞樹くんも」
「ああ。行ってくるよ」
「いってらー! 楽しんでねー、ダブルデート!」
朱音と一花に明るく見送られ、瑞樹と遊は並んでシェアハウスを出た。
ダブルデート。
それは遊からの提案……というか、ほとんど瑞樹へのお願いに近かった。
朱音と一花に結衣との関係を打ち明けた日の翌日。遊にも結衣と付き合ったことを遊に教えると、遊が「それなら」と深く頭を下げてお願いしてきたのだ。
どうやら、遊の彼女である中村紗綾香の誕生日が十一月らしく、彼氏として最高のお祝いにしてあげたいのだという。
そこで遊が考えたのが、紅葉も見れて夜景も綺麗な、隣の県にあるグランピング施設に行くこと。そこで自然の景色やBBQを楽しんだ後に、とっておきの誕生日プレゼントを渡すという計画だ。
「二人で行けよ」と瑞樹は当然のように言ったのだが、遊曰く「そんなに長時間、二人きりの空間はまだ精神的に持たない」とのことだった。普段は放課後にたまに会って数十分話すだけで、彼の人見知りの限界が来るらしい。
だから瑞樹に、そして結衣が彼女であるなら、緩衝材としてダブルデート』 という形で一緒に来てくれないかとお願いされたのだ。
他人に一切の興味を持たなかったあの遊が、まさかここまで彼女のために必死に行動するようになったのが、瑞樹には無条件に嬉しくて、それならばと快く承諾した。
ちなみに結衣に相談したら、「行きたい!」と二つ返事でワクワクしていた。
中村紗綾香は、結衣と同じ大谷高校の生徒だ。結衣自身は直接の面識はないらしいが、『あの冷酷無慈悲な天音くんと付き合うことが出来た伝説の二年生がいる』という噂で、名前だけは知っていたみたいだ。
十一月十一日。
中村紗綾香の、誕生日の本日。
午後からの天気が少々不安だが、隣を歩く遊は、今まで見たことないほど生き生きとした晴れやかな顔になっていた。
***
待ち合わせ場所である駅の改札前。先に並んで立つ二人の男子の服装は、これから始まるグランピングでの一日をどう捉えているかを如実に表していた。
瑞樹は、BBQでの匂い移りや夜の冷え込みを想定した、実用性メインのアウトドアスタイルだ。
シンプルな白の長袖カットソーの上に、温度調節がしやすく防風性の高いカーキ色のマウンテンパーカーを羽織っている。ボトムスは動きやすい黒のストレッチチノパンに、履き慣れたスニーカー。グランピング施設でどれだけ動き回っても問題ない、無難だが瑞樹なりに清潔感に気を遣った服装だった。
対する天音遊は、相変わらず同性である瑞樹から見ても理不尽なほどスタイリッシュだった。
上質な黒の薄手タートルネックニットの上に、秋らしい落ち着いたダークブラウンのテーラードジャケットを羽織っている。下は無駄のないシルエットのグレーの細身スラックスに、手入れの行き届いたレザーシューズ。アウトドアを意識して少しカジュアルダウンさせつつも、持ち前の都会的な洗練さと圧倒的なオーラは一切失われていない。
「あ、いたいた! 瑞樹くん!」
改札の向こうから、ぱたぱたと手を振りながら二人の女子が歩み寄ってくる。
結衣の姿を見た瞬間、瑞樹の心臓はわかりやすく跳ねた。
マスタードイエローのざっくりとしたローゲージカーディガンは、彼女の華奢な体をすっぽりと包み込み、萌え袖になった手元がたまらなく愛らしい。インナーはシンプルな白いブラウスで、ボトムスには秋らしいブラウンのチェック柄のロングスカート。足元は歩きやすい編み上げのショートブーツだ。夜の冷え込み対策なのか、腕にはチェック柄の大判ストールを抱えている。
これから見に行く紅葉の景色に溶け込むような、温度調節のしやすさも兼ね備えた完璧な秋のデートスタイルだった。
「ごめんね、二人とも。待たせた?」
そして、結衣と並んで微笑む中村紗綾香先輩は、年上らしい大人の色気と上品さを漂わせていた。
秋の定番である淡いベージュのトレンチコートの下には、ワインレッドのタイトなリブニットを着込んでおり、彼女の女性らしい綺麗なシルエットをさり気なく強調している。ボトムスは細身のインディゴデニムでアクティブさを出しつつも、足元はダークブラウンのスエードアンクルブーツでエレガントにまとめている。
遊のスタイリッシュな装いと、紗綾香の秋色を取り入れた上品なコーディネートが、まるでファッション誌の表紙から抜け出してきたように見事に調和していた。
(うわ……なんか、俺たちとは別次元のオーラが出てるな)
圧倒的な美男美女カップルの仕上がりに、瑞樹は少しだけ気圧されそうになる。だが、目の前で結衣が「瑞樹くん、おはよ!」と花が咲いたような笑顔を向けてくれたのを見て、瑞樹の口元も自然と緩んだ。
「よし、じゃあ行こうか。早速で悪いんだけど、もう間も無く電車が出ちゃうんだ」
遊が苦笑いでみんなを先導する。
秋の気配が色濃くなる中、四人の賑やかなダブルデートの、始まりだ。




