第18話 線引
「――学祭、お疲れー!!」
「「「おつかれー!!」」」
「そして、今回の成功の最大の立役者! 古河に拍手ー!!」
パチパチパチパチッ!
乾杯の音頭と共に、数十人の歓声と指笛が派手に鳴り響く。
「ハハ……どーも……」
学校祭明けの月曜日。
学生たちの体力回復を兼ねた、学校指定の振替休日。
瑞樹は、駅前にある大型のカラオケ店に来ていた。
一花のチームの『コンカフェ』。朱音のいる二組の『事故物件』。そして、遊の所属するサッカー部の『ホストクラブ風模擬店』。
それぞれが学校祭で異例の売り上げと大成功を収め、そのすべての出し物の裏の協力者として。いや、むしろ一番の功労者のような扱いで、瑞樹が直々にこの打ち上げにお呼ばれしたのだ。
参加者は、総勢五十名ほど。
カラオケボックスの中でも、フロアの奥にある一際大きい貸し切りのパーティルームだ。
ミラーボールが回り、テーブルには山盛りのフライドポテトやピザ、大量のドリンクグラスが並べられている。
事の始まりは、一花の提案だった。
『みーくんにお礼がしたいの』
話を聞いてみると、学校祭でのコンカフェの売上が想定の何倍にも跳ね上がったらしく、それは間違いなく瑞樹の的確なオタク的アドバイスのおかげだとチームで話しがまとまり。一花たち五等分同盟ーー二ノ宮、三鷹、四葉、五十嵐を含めた五人ーーが、瑞樹へ直接お礼をしたいということになったのだ。
瑞樹としては、そんなつもりで協力したわけじゃないが、一花たちがどうしてもと言うので、快く受け入れることにした。
そんなことを、学祭二日目の夜にグラウンドでフィナーレとなるキャンプファイヤーの燃え盛る炎を見ながら話していると、朱音がやってきて「うちのクラスからお礼させて!」と同じようなことを申し出てきた。
そして更に、どこから聞きつけたのか、遊と七瀬と八重樫もタイミングを見計らったようにやってきて、「俺たちからもお礼をさせてほしい」と、以下同文。
『それなら、もういっそのことみんなで一斉に瑞樹くんにお礼しようよ!』
朱音のそんな鶴の一声で、瑞樹にお礼をしたいという有志全員を集めた、この大規模なカラオケ大会が開かれることになったのだ。
一花たち五等分同盟に、朱音の二組の生徒四十名。そしてサッカー部の遊と七瀬と八重樫。さらには、「私もお世話したらしいから」と呼ばれることになったと苦笑いしていた三組の六花。
そのはずだったのだが。
肝心の全体の指揮をとった朱音が、学祭の疲れが出たのか熱を出してしまい、まさかの欠席に。そして、「朱音ちゃんが一人で寝込んでるのは可哀想だから」と、一花も看病のために欠席。
瑞樹の幼馴染である言い出しっぺ二人が不在という、なんとも奇妙で居心地の悪い構図の会になってしまった。
「よーし、一曲目、いきまーす!」
「「「ふー!!!」」」
大スクリーンに映し出されたカラオケ画面を前に、二組の男子がマイクを握って立ち、周りを囲うように皆が立ち上がって集まる。
今この場こそが真のフェス会場なのではと疑うほど、高校生特有の無尽蔵の陽気さにまみれた盛り上がりが始まった。
瑞樹はそんなみんなの様子を見やすい、スクリーン近くの位置にある一段高いおっきなVIP用ソファに一人座らされ、さながら王様のように持て囃されていた。
「……なんか、すごいことになっちゃったね」
周囲の熱気に当てられ一人気まずく小さくなっていた瑞樹のところに、遊と七瀬と八重樫が、ドリンク片手にやってきた。
「ほんとだよ。完全に俺のキャパオーバーだ」
大音量の歌声と曲のビートが大きくて、自然と大声で話すようになる。
「本当は、俺たち三人でささやかなお礼と反省会をするだけのつもりだったんだけどね」
七瀬が、呆れたような苦笑いでそう言う。
「でも、みんな同じこと思ってたってことだよね。ほんと、古河はすごいね」
八重樫が瑞樹の隣に腰掛け、勢い良く親しげに肩を組んできた。
さすがサッカー部だ。フィジカルの当たりが強くて、瑞樹は座りながらも少しよろける。
「……これなら、ささやかなお礼を個別に三回受けた方が、精神的には良かったよ」
瑞樹が苦笑いで答えると、遊が八重樫の反対側に静かに座って笑った。
「でも、僕としては、古河がこうやってみんなに真っ当に認められて、すごく嬉しいよ。……古河は、すごいからね」
「言い過ぎだ、遊。俺は別にただのオタクで、普通だぞ」
「古河はそう言うと思ったけどね。でも、評価っていうのは他人がするものだから。……瑞樹の知識やアイデアはすごいって、みんなが心から思ったから、この会が開かれたんだよ」
それは、朱音が言い出したからで……と言おうとして、瑞樹は言葉を飲み込んでやめた。
彼らの真っ直ぐな褒め言葉は、ありがたく素直に受け取っておこう。
それに、遊が言うように、こうして多くの同級生に自分の存在を認められたのも、瑞樹は純粋に嬉しかったりする。
高校に入学以来、どうせ近いうちに死ぬから必要ないと切り捨てていた友達付き合い。
死ぬことをやめて周りを見渡して気付いたが、瑞樹には友達と呼べる存在が、誰一人としていなかった。
だからこうして、自分の名前を呼んでくれて、感謝してくれて、一個人として認識してくれることは、単純にとても嬉しいことだったのだ。
「……そうだな。……ありがとう。七瀬も八重樫も、ありがとな」
瑞樹が感謝を込めて二人に顔を向けると、彼らはニカっと白い歯を出して、爽やかに親指を突き立てた。
そんな砕けた笑顔でさえも絵になるイケメンなんだから、まったくムカつく。
「じゃ、俺たちは歌ってくるわ! 古河も楽しめよー!」
七瀬がそう言い残し、八重樫と二人で、盛り上がっている女子のグループの方へ向かって自然に混ざっていった。瑞樹の特訓と実践の成果もあって、彼らも女子と変に緊張せずに普通に喋れるようになったのだろう。
そして遊は遊で、「僕も少しだけ」と珍しく、大スクリーンの前の騒がしい人だかりに入って行った。人間嫌いで、こういう場が誰よりも苦手なはずなのに、上手く笑顔で溶け込めるようになったのだ。
この光景を珍しいと表現する日は、きっともう少しで終わるのかもしれない。
巣立っていく子を見るような、親目線の温かい視線を向けていると。不意に、横から声を掛けられた。
「……瑞樹くん」
声の主の方に視線を向けると、そこには二ノ宮、三鷹、四葉、五十嵐の五等分同盟の四人が、グラスを持って立っていた。
声の主は、二ノ宮だった。
四人はヒソヒソと何やら話しながら、やがて二人ずつに分かれて、瑞樹の両隣の空いたスペースにドカッと腰を下ろした。
右隣に二ノ宮で、その奥に三鷹。左隣に五十嵐で、その奥に四葉。
「おい、キャバクラかなんかか、これ!?」
瑞樹は我慢ならずにツッコむと、三鷹が「ふふふ」と笑いながら、二ノ宮の背中をグイグイと瑞樹の方へ押す。すると、自然と二ノ宮の肩と瑞樹の腕が密着してしまう。
気まずくて瑞樹は逆方向に逃げようとするが、そちらは五十嵐が動かざること山の如しと、微動だにせずに壁になっている。
「ちょっと、押さないでよ!」
「もうちょっと、そっちに行けって!」
二ノ宮と瑞樹が同時に叫ぶが、三鷹と四葉はニヤニヤとした顔をしたまま、こちらを見つめるだけ。
どうしたものかと瑞樹が困っていると、隣で動く気のない五十嵐が、冷静な声で口を開いた。
「古河くん。今回は、本当にありがとね。コンカフェ大成功だったよ」
「あ、まぁ。それは全然」
「ありがとう」「ありがとー!」と、三鷹、四葉もそれに続く。
「すっごい儲かったんだよー! 二日間で、なんと三十万超え!」
四葉が嬉しそうに両手でピースを向け、興奮気味に続ける。
「ドリンクの原価なんて知れてるから、ほぼ利益なんだー! ほんとに、瑞樹くんのおかげ! 瑞樹くんさまさま!」
「あはははは!」と楽しそうに笑いながら、四葉がグイグイと五十嵐を押す。
その反動で、五十嵐の柔らかい胸が瑞樹の左腕に当たる。当たりまくる。
五十嵐はそんなこと気にする様子もなく、淡々とした笑顔で口を開く。
「ずっとお客さんが途切れなかったんだから。妹のコンセプトが人気過ぎて、急遽だけど終日妹にしたんだ。待ち時間もあったのに、みんな楽しそうに過ごしてくれて、接客のやりがい? みたいなのを感じたよ」
「そっか、それは良かった。もしかしたら、五十嵐さんの天職なのかもしれないな?」
瑞樹がそう言うと、右奥から三鷹がひょっこりと顔を出してきた。
「それでいうとね、古河くん。今回、一番の天職だったのは、ニノちゃんなんですよ」
「……二ノ宮が?」
二ノ宮は、天然のツンキャラだ。そこに瑞樹のオタク的入知恵でデレの要素を加えたことで、不可能と思われた『三次元のリアルなツンデレ妹』を完成させたのだ。
瑞樹が隣を見ると。二ノ宮は耳まで赤い顔で伏せたまま、瑞樹の腕に自分の胸が当たらないように、両手で必死に自分の体を抱え込んでいる。
「そうなんですよ! ニノちゃんの指名がダントツの一位で、売上の半分はニノちゃんなんです。……ニノちゃんも接客がすごく楽しかったみたいで、『瑞樹くんにお礼を言いたい』って、今日一番張り切ってたんですよ。ね?」
三鷹が意地悪く、でも優しく二ノ宮に問い掛けて、二ノ宮は恥ずかしそうに小さく頷いた。
学祭の時のツンツンとした威圧的な雰囲気はどこへやら。瑞樹との密着が恥ずかしいのか、彼女はどこか小動物のようにしおらしく小さくまとまっている。
「……無理してデレを演じるの、疲れただろ? 体調は大丈夫か?」
瑞樹が心配して顔を覗かせると、二ノ宮はサッと距離を取るように顔を引いた。
「だっ、大丈夫よ! 別に、あんたに心配されるほど仲良くないし……。……それより、そのっ……ありがとう……。瑞樹くんのおかげで、学祭、すごく楽しかった、から……」
(うわー。天然でツンデレキャラみたいになってる。……なにこれ、めっちゃ可愛い)
瑞樹は思わず、オタクとしての純粋な萌えを感じてしまい。二ノ宮の手を取って、両手で強く握りしめた。
「そのままの君でいて! すごく良い、二ノ宮!」
「えっ……!?」
二ノ宮はビックリするが、されるがままに手を握られ、照れて顔だけをプイッと背ける。
「……俺は、とんでもないバケモノを生み出してしまったかもしれない」
「ひ、人をオバケみたいに言わないでよねっ……!」
瑞樹は、三鷹、五十嵐、四葉と視線を移していくと。皆が一様に、面白がるような、頬を染めた笑顔でコクコクと頷いた。
彼女たちの感想も、瑞樹と完全に一致しているに違いない。
『この二ノ宮は、可愛すぎる』と。
「ちょっ、ちょっと、手! もうそろそろ離してよ、バカ!」
「……いやだ!」
「なっ……!」
二ノ宮の奥にいる三鷹が、「えいっ!」と言いながら、グイッと二ノ宮を肩で強く押した。
すると。
二ノ宮の胸の前で握っていた瑞樹の右手が、彼女の豊かな柔らかい胸に、ギュッと深く押しつぶされる形になった。
「――やっ……!」
「おまっ……!」
やられた。
三鷹が、とびきり悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。
瑞樹はすぐに二ノ宮の手を離したいが、彼女は極度の緊張からか体が強張ってしまい、逆に瑞樹の手を強く握り返して全然手を離そうとしてくれない。
ならばと、体ごと左に離れようにも、左隣の五十嵐が、またしても微動だにせずに壁になっている。
二ノ宮は恥ずかしそうに目をギュッと瞑って、顔を真っ赤にして伏せて逸らす。
「お、おい! 離れろって!」
そろそろセクハラになって可哀想だと、瑞樹は三鷹に非難の視線を送ると、彼女はやっとクスクスと笑いながら押すのをやめてくれた。
自然と、瑞樹の手が二ノ宮の胸から離れる。
「……ごめん、二ノ宮。事故だ」
瑞樹が悪いわけではないはずだが、不可抗力とはいえ触ってしまったのも事実。素直に謝った。
二ノ宮は、潤んだジト目で瑞樹を見つめると、コクリと頷き、またサッと視線を逸らす。
そして一言。周囲の喧騒にかき消されるほど小さく、呟いた。
「……瑞樹くんの、えっち……」
「――くはっ……!」
辛うじて聞こえたらしい三鷹と五十嵐も、瑞樹と同様に、致死量の萌えで心臓を撃ち抜かれたように天を仰ぎ。一人だけ遠くて聞こえなかった四葉は、二ノ宮の表情の変化だけで恍惚としていた。
「……やっぱり、ニノは古河くんといる時が、一番可愛いわね」
「間違いないねー! 完全にメスの顔だもん!」
「ふふふ。眼福でした。ご馳走様です」
五十嵐、四葉、三鷹がそれぞれ満足げに感想を述べると。示し合わせたかのように同時にソファから立ち上がって、「じゃあねー」と三人でどこかに消えて行った。
当の本人である二ノ宮は、みんながいなくなって少し迷った後、瑞樹の耳元にスッと口を近づけてきた。
「ねえ、瑞樹くん」
「……ど、どうした?」
また何か爆弾を落とされるかと、警戒しつつ耳を傾ける。
「……あの子に告白、したの?」
「……あー」
学祭一日目。結衣と一緒にコンカフェを訪れた際、二ノ宮に『今日告白するつもり』と告げていたのだ。
その結末が、どうしても気になっていたのだろう。
二ノ宮は、少しだけ心配そうに、そしてどこか期待するような瞳で瑞樹を見つめてきた。
どうしようか。
告白すると教えてしまった手前、完全に秘密にするのも違う気がする。
かと言って、『好き同士だけど友達のままでいることになった』なんて特殊な関係を、ここで赤裸々に語るのも違う気がする。
瑞樹は、彼女にあまり嘘はつきたくなかった。
「……両想い、だったよ。気に掛けてくれて、ありがとな」
嘘ではない。お互いの気持ちは、間違いなく本当のことだ。
二ノ宮への説明は、ここまでにしておく。
「……そっか! よかったわね! おめでとう、瑞樹くん!」
二ノ宮は、少しだけ寂しそうに、でも心からの満面の笑みでそう言うと、小さく手を振ってみんなのいる方へと去って行った。
彼女なりに、陰ながら瑞樹の恋を応援してくれていたのだろうか。
だとしたら、すごく嬉しい。
瑞樹は、去っていく彼女の背中を見ながら思う。
二ノ宮はただの気の強い天然のツンキャラだと思っていたけど、きっと彼女はただの笑顔の可愛い、不器用で優しい女の子なんだな、と。




