再起動、一九九〇 第二部 —— 手順 を守る
合格通知は、はがき一枚だった。
前の人生と同じ大学、同じ学部。恒一はそれを見て、少しだけ安
心し、少しだけ落胆した。手順を守ると決めたのは自分だ。だが同
じ結果が出ると、この世界が本当に自分の記憶どおりに動いている
ことを、改めて突きつけられる。
母に電話すると、母は泣いた。前の人生のときも泣いたはずだ
が、覚えていない。十九歳の自分は、たぶん照れて早々に電話を
切った。今回は最後まで聞いた。
八王子のアパートは引き払わなかった。大学は都心だったが、家
賃二万八千円の部屋を捨てる理由がない。中央線で一時間、車内で
本が読める。
三月に日経平均は二万六千円を割り、四月にはまた戻した。新聞
は「調整局面」と書いていた。恒一は駅の売店で日経を買い、一面
だけ読んで、捨てた。
入学式の日、講堂の外に、証券会社の勧誘のテントが並んでい
た。「学生のうちから資産形成を」。ビラを配っている若い社員
は、来年のいまごろ、たぶんこの会社にいない。
恒一はビラを受け取って、ポケットに入れた。
二 一九九一年、夏
大学の計算機センターには、Sunのワークステーションが十二台
あった。
UNIXだ。恒一は端末の前に座り、ログインして、しばらく動け
なかった。
ls を打った。ディレクトリの一覧が出た。cc があった。vi が
あった。make があった。
三十五年間、毎日触っていた道具が、ここにある。一九九一年の
日本の大学の片隅に。秋葉原のPC-9801の画面の前で感じた欠落
が、ここでは半分埋まっていた。
ネットワークにも繋がっていた。学内だけだが、隣の棟の計算機
にリモートログインできる。電子メールが使えた。海外の大学に、
ニュースグループというものがあることも知っていた。ただし、届
くのに丸一日かかる。
恒一は、センターの利用申請書に「研究用途」と書いて、夜間も
使えるアカウントを取った。
七月、一年生の講義がすべて終わった夜、恒一は端末の前で、大
学ノートの設計を初めてコードにした。八王子の六畳で、一年間、
紙にだけ書いてきたものだ。
執行エンジンそのものではなかった。その相手だった。
注文をさばく仕組みを試すには、注文を受けてくれる取引所が要
る。一九九一年の大学に、東証は繋がっていない。だから、自分で
作る。板を持ち、注文を受け、値段優先、時間優先で突き合わせ
る、偽の取引所。取引所シミュレータ。三十五年後には数十万行に
なる執行エンジンを、最初に相手してやるための、三百行。
道具がなければ、相手から作る。恒一は、それを、少しも不自然
だと思わなかった。
コンパイルは一発で通った。動かすと、すぐ落ちた。
ポインタの初期化を忘れていた。二〇二六年の自分なら、絶対に
やらない間違いだ。だが十九歳の指は、まだそこまで速く動かな
い。頭が知っていることと、手が覚えていることの間には、時差が
ある。
恒一はそれを直しながら、笑っていた。
センターの警備員が、見回りに来て、「まだいたのか」と言っ
た。
三 一九九二年
二年生の夏、恒一は父の実家の墓参りで、新潟に帰った。
父は五十三歳、電機メーカーの営業所長。前の人生では、恒一が
三十四歳のときに定年前に亡くなった。心筋梗塞だった。
墓の前で、父が煙草に火をつけた。
「やめたほうがいいよ」
「なんだ急に」
「なんとなく」
父は笑って、一本吸い切ってから、残りをポケットにしまった。
それだけだった。恒一は、それ以上のことを言わなかった。言え
なかった。「あなたは十五年後に死ぬ」と言って、信じる父ではな
い。信じたとしても、それで何が変わるのかわからない。
帰りの上越新幹線の中で、恒一は考えた。
自分は、この世界に干渉していいのか。
母には健康診断に行けと言った。父には煙草をやめろと言った。
どちらも、十九歳の息子が言いそうなことの範囲内だ。しかし、も
し本当に父の寿命が延びたら。それは前の世界にはなかった出来事
で、そこから先は、自分の記憶が役に立たない。
たぶん、それでいいのだと思った。
手順を守るのは、再現のためだ。再現するのは、原因を見つける
ためだ。原因が見つかれば、直せばいい。直したあとの世界が、記
憶と違うのは当然だ。
窓の外を、まだ高い地価の上に建った、空室だらけのマンション
が流れていった。
四 一九九三年、就職活動
三年生の秋、大学の掲示板には求人票が減っていた。
去年の四年生は、まだ選び放題だった。今年は違う。「氷河期」
という言葉が使われ始めるのは、もう少し先だが、寒さはもう来て
いた。
恒一は、証券会社のシステム子会社を受けた。前の人生と同じ会
社だ。
面接官は四十代の部長で、恒一の履歴書を見ながら言った。
「大学のコンピュータで、取引所のシミュレータと、注文を分け
て出す仕組みを作った、と。ほう。どこで勉強したの」
「本です」
「どんな本」
恒一は、一九九三年に日本語で読める本の名前を三冊挙げた。全
部、実際に読んだものだ。この三年で、一九九〇年代の日本のコン
ピュータ書籍を、恒一はほぼ読み尽くしていた。三十五年後の知識
を、三年前の言葉で語り直すために。
部長は頷いた。
「うちはね、取引所の電子化に備えてる。何年かかるかわからん
が、いずれ立会場は閉まる。そうなったら、うちの注文は、場立ち
の手じゃなくて、システムが取引所に送ることになる。それが止
まったら、うちの顧客の注文が、全部止まる。そういう仕事だけ
ど、やれる?」
「やります」
「即答だな」
「ずっと、それをやりたかったので」
三十五年前から、と心の中で付け加えた。
内定は十月に出た。前の人生と同じ会社、同じ部署。恒一は電話
で母に伝え、母はまた泣いた。今回も最後まで聞いた。
五 一九九五年、一月十七日
入社して九か月。恒一は本社の地下にある開発室で、月曜の朝を
迎えた。
五時四十六分、テレビが揺れた映像を流していた。
恒一は知っていた。前の年から、この日が近づくのを、カレン
ダーを見ながら数えていた。関西に転勤にならないように、配属希
望を出した。それしかできなかった。
神戸に、大学の同級生が一人いた。前の人生では、彼は無事だっ
た。今回もたぶん無事だ。だが「たぶん」でしかない。
昼休み、恒一は公衆電話から、その同級生の実家にかけた。三回
目で繋がった。無事だった。
「なんで急に。おまえ、俺のこと心配するようなやつだったっけ」
「別に。ニュース見て」
「ありがとな」
受話器を置いたあと、恒一は開発室の隅で、しばらく座っていた。
六千人が死ぬ。自分はそれを知っていた。誰にも言わなかった。
言ってどうなるものでもなかった。「一月十七日、神戸から離れろ」と、
いったい誰に言えばよかったのか。
三月に、地下鉄でサリンが撒かれる。恒一はその日、朝の霞ケ関
を通らないように、前の晩から会社に泊まった。上司には「バッチ
の監視で」と言った。誰も不思議に思わなかった。
未来を知っているということは、こういうことだった。
大きなことは何も変えられない。変えられるのは、自分の乗る電
車だけだ。
六 一九九五年、十一月
ウィンドウズ95の発売日、秋葉原には深夜から行列ができてい
た。
恒一は並ばなかった。会社の開発室にはすでにNT 3.51が入って
いて、恒一はそれでC++を書いていた。世間が「インターネット」
という言葉を覚え始めていて、会社のシステム部は、まだ「専用
線」と「TCP/IP」の違いを説明する資料を作っていた。
同期の三上が、昼飯のときに言った。
「村瀬、おまえ、なんかもう全部知ってるみたいな顔して仕事す
るよな」
「そう見える?」
「見える。先輩が説明してる途中で、もう手が動いてる」
「気をつける」
「いや、いいんだけど。なんか、たまに、寂しそうに見える」
恒一は、味噌汁を飲んで、答えなかった。
その夜、八王子の部屋で、大学ノートを開いた。もう四冊目に
なっていた。設計は、二〇二六年の自分が書いたものと、少しずつ
ずれ始めていた。当然だった。三十五年後の設計は、三十五年分の
ハードウェアとネットワークの上に立っている。一九九五年の機械
の上に、それをそのまま置くことはできない。
だから、書き直す。
一九九五年に、一九九五年の道具で、いちばん速いものを。
それは、二〇二六年の自分が知らない設計だった。
七 一九九七年、十一月
山一證券が自主廃業を発表した日、開発室のテレビの前に、人が
集まった。
社長が泣いていた。「社員は悪くありません」。
恒一は、その映像を、三十五年後にも何度も見た。だが今、隣で
見ている先輩の顔が、青いのを見た。先輩の妻は、山一の子会社に
いた。
「大丈夫ですか」
「……大丈夫じゃない」
先輩は席に戻って、キーボードを叩き始めた。仕事があるから
だ。
この年、恒一は二十七歳になっていた。会社のシステムは、立会
場の廃止に向けて、最後の段階に入っていた。恒一が担当していた
のは、顧客の注文を取引所に送る部分。発注ゲートウェイと呼ばれ
ていた。取引所の板を、配信される気配からメモリの上に映し、注
文を、板を見ながら、送る。大学一年の夏に書いたシミュレータ
を、六年、相手にしてきた執行の仕組みの、末裔だった。
24
会社の試験環境には、恒一のシミュレータの、遠い親戚が動いて
いた。書いたのは恒一ではない。だが、設計の考え方は、一九九一
年の三百行と、同じだった。
誰も知らない。あの三百行の相手が、六年かけてここまで来たことを。
年末、恒一は八王子のアパートを出た。家賃二万八千円の木造モ
ルタルは、取り壊しが決まっていた。大家の老人は「もう三十年だからね」
と言った。
新しい部屋は、中野だった。会社に近い。風呂がある。家賃は七万二千円。
引っ越しの日、恒一は合板の天井を、最後にもう一度見た。
蛍光灯の紐の先に、色褪せた青いプラスチックの取っ手。
それを、外して持っていった。
八 一九九九年、四月三十日
東京証券取引所の立会場が、閉じた。
恒一は、九年前に見学席から見下ろしたあの場所に、今度は関係
者として立っていた。
最後の日、場立ちの男たちは、揃いのジャケットで、ポストの周
りに集まって、写真を撮った。何人かは泣いていた。何人かは笑っ
ていた。何人かは、ただ立っていた。
恒一は、九年前に隣で話しかけてきた初老の男を思い出した。
「人間の判断を、機械が代わりにできるわけがない」。
あの男はもう、この世にいないかもしれない。
いたとしても、恒一の名前は知らない。
セレモニーが終わって、場立ちの男たちが出ていくと、恒一は誰
もいなくなった立会場に、最後まで残っていた。
騒音がない。体温がない。紙の匂いだけが、残っている。
あの男たちの何人かは、恒一の会社の社員だった。同じ食堂で、
同じ定食を食べていた。明日から、彼らの手の代わりに、恒一の書
いたプログラムが、この会社の注文を取引所に送る。
嬉しいのか、悲しいのか、恒一にはわからなかった。前の人生で
も、この日、自分はここに立っていた。そのときの感情も覚えてい
ない。二十九歳の自分は、たぶん、疲れていただけだ。
今回は、少し違った。
これは、自分が消したものだ。それを、ちゃんと見た。
その夜、中野の部屋で、恒一は大学ノートの最新の一冊に、日付
と一行だけ書いた。
「立会場が閉じた。自分は、そこにいた」
九 二〇〇〇年、一月一日
二〇〇〇年問題は、何も起きなかった。
恒一は大晦日から会社に詰め、午前零時を開発室で迎えた。シス
テムは正常に日付を跨いだ。六か月かけて洗い出したバグは、すべ
て直っていた。直っていなかったバグは、一つもなかった。
前の人生と同じだ。
三上が、缶コーヒーを持ってきた。
「終わったな」
「終わった」
「なあ、村瀬。おまえ、これから何するんだ」
「何って」
「三十だろ、今年。俺は転職する。大学の同期が去年作った会社
だ。ネット系のベンチャー。二人目の社員で、役員だとさ。いま、
金が集まってる」
恒一は、缶を受け取った。
ITバブル。この年の春に頂点をつけ、秋に崩れる。三上が行くベ
ンチャーは、たぶん、二年持たない。前の人生では、三上は三年後
に別の会社にいた。
「やめとけ、とは言わないけど」
「なんだよ」
「持ち株は、もらったらすぐ売れ」
三上は笑った。「おまえ、ほんとに変なやつだな」
十 二〇〇〇年、九月
三十歳の誕生日、恒一は一人で、八王子に行った。
アパートは、もうなかった。跡地は駐車場になっていた。白線が
六台分引かれていて、軽自動車が二台停まっていた。
恒一はその前に立って、コンビニで買った缶ビールを開けた。
十年。
大成功はしなかった。株も買わなかった。誰の命も救えなかっ
た。父はまだ生きていて、煙草を減らした。母は毎年健康診断に
行っている。自分は、前の人生と同じ会社で、同じ仕事をしている。
違うのは、大学ノートが十一冊になっていることだけだ。
そこには、二〇二六年の自分が知らない設計が書いてある。一九
九〇年代の道具で、一九九〇年代の限界の中で、一行ずつ書いた、
自分だけの設計。
二〇二六年の自分は、それを持っていなかった。
恒一は缶ビールを飲み干して、駐車場の白線を見た。
ふと、違和感があった。六台分。
前の人生で、恒一はこの場所を、四十歳のときに一度だけ訪ねて
いる。そのときも駐車場だった。だが、八台分だった。はっきり覚
えている。数えたからだ。たった二台。
恒一は、空き缶を握ったまま、しばらく動かなかった。
自分が変えた覚えのないところで、この世界は、少しずつ、記憶
からずれ始めている。
父の寿命でも、母の健康でもない。駐車場の白線の数。誰が変え
たのかわからない、小さな差分。
三十五年間、システムを作ってきて、いちばん怖いのは大きな障
害ではない。再現しない、小さなずれだ。
「……手順は守った」
恒一は声に出して、それから、笑った。
守ったのに、ずれる。なら、それは自分の外に原因がある。
中央線の音が、聞こえた。
恒一は空き缶をポケットに入れて、駅に向かって歩き出した。あ
と二十七年。その先に何があるのか、初めて、本当に、知らない。
(第二部 了)




