第五話 ビートルズに憧れるタイプ
車窓に背の高いビルが増えて来た。街もゴチャゴチャして都会を感じさせる。
「まもなく 新大阪です」
マリンバのような心地よいオルゴールの音色に乗せて柔らかな声が案内してくれた。
メグからのLINEによると行き先は堺市にあるという。
新大阪駅からタクシーを使えば五千円は軽く超えるから在来線を乗り継ぐよういわれたが、そもそも新幹線だってボクの手出しなんだからいらぬお世話だ。
結局、自分で考えて電車を二つ乗り換えて堺市の三国ヶ丘駅で降りた。
周辺は観光スポットが多く仁徳天皇陵古墳もあるようだけど、目的地を見つけるために一生懸命でそれどころじゃあない。
メグのいう楽器店を探しながら歩いているとギャル風の女子が多いので緊張した。
遠目からもわかるほどのオーラを放っているから身構えてしまう。
テレビで見るような触られたらグサリと刺さりそうなネイルをしているわけではないが、茶髪で目の周りはやたらと黒く眼光が鋭いのだ。カラコンというやつか。歩き方や身のこなし、なにより顔つきが違う。自我を貫く覚悟すら感じさせる。
興味本位で観察したいのはやまやまだが、下手に目線を合わせて絡まれる光景を想像してそれもできない。かといってギャルたちが浮くわけでもなく空気に溶け込んでいるのはなぜだろう。
ギャルに限らず人々のエネルギー、生きる活力が溢れるというよりも滲み出している。そんな大阪の街を歩いているボクこそエイリアンなのだと気づく。
やがて小さなビルに掲げられた看板が目に飛び込んできた。ギターの形をしているから、楽器店を探す者にはわかりやすい。
ビルの一階が店舗らしくガラスドアにアーティストやライブのポスターが貼られている。その奥にはずらりと並ぶアコースティックギターやエレキギター、ベースギターなどが見えた。
ドアを開けて中を覗くと楽器を物色するようにゆっくり歩く者が数人。店員は黒っぽいエプロンを着けているので区別できる。
「あのーすみません。和白ゆうさんはいらっしゃいますか」
ボクはベースを手入れしているメガネをかけた女性に尋ねた。
「あ、もしかしてアキラくんっ。メグから聞いてるわ。私がユウです」
彼女が振り向いたときボクはホッとした。
優しい眼差しと明るい笑顔。柔らかい口調は「大阪弁でまくしたてられたらどうしよう」という心配を吹き飛ばしてくれたのだ。
「店長!こちらがK大軽音部のアキラくんです。ほら、メグから連絡があった」
「よお来たなぁ。店長の荒熊博ですぅ」
「桃田明です。よろしくお願いします」
「おーいダン!ちょっと」
店長が呼ぶと三〇代ぐらいの男性がやって来た。
「アキラと言いますよろしくお願いします」
「ああ。ダンって呼んでくれ」
ボクの身長が170センチだから、彼もそれと同じぐらいか。でも体つきはジムで鍛えたようにムキムキで威圧感がある。
「じゃあ見習いということで、時給は『さいちん』な」
「まあ、その時間でいろいろ教えてあげるから」
店長とユウがどんどん話しを進める。
こちらとしてはメグに言われるまま来たのだから時給など考えてもみなかった。嬉しいぐらいだ。
「メグから聞いたわ。ギター志望なんですって」
ユウはいろいろと聞いて知っているらしい。事情を一から説明する手間が省けて助かる。
「え、ええ。でもベースを学ぶように言われました」
「とりあえずギター聴かせてよ。ダンがギター担当だから」
「おう。じゃあこっちやな」
一息つく間もなく、ボクはダンに付いていった。
ギター売り場にやって来ると、ダンが陳列されているアコースティックギターから選んで一つを手に取った。
「そやな。これでも弾いてみ」
「え、こんな高価なギターをいいんですか」
「オベーションや。けどアダマスちゃうで」
ボクはイスに座って膝に乗せると、エレアコだがスピーカーにつないでないから生音だけで弦を鳴らしてみる。
「チューナー貸してもらえますか」
「あほか。これで合わせんかい」
ダンは無愛想に音叉を手渡す。
ボクは焦った。いつもチューニングにチューナーを使うので音叉で合わせるのは久しぶりだ。
「ええかっ、自分の耳でチューニングせんと演奏中咄嗟に対応でけへんで」
「はい。やってみます」
音叉は「A」なので、5弦の開放弦を弾いて合わせるんだったよな。
ボクが四苦八苦していたらダンがしびれを切らしたようにぼやいた。
「あのなぁ、あんまし言いたないけど、もう少し早うできんか」
ダンは他のギターを抱えると手際よくチューニングしてみせた。
「音叉を叩いておしりの丸いとこをギターのボディーにつけたら音が響くやろ」
「Aは5弦5フレットのハーモニクスを鳴らして合わせるんや。右手の親指で弦を弾いて右手の人差し指を弦に軽く触れたら片手でも鳴らせるで」
なんてこった。思えば独学でやってきたから基本的なことを知らなすぎたのかもしれない。
ボクはダンに教わって痛感した。恥ずかしさで変な汗をかきながらなんとかチューニングを終えた。
ホッとしている暇はない。ダンが冷静に言い放つ。
「よっしゃ。なら、なんでもええから弾いてみ」
「え、ここで。ですか」
「そや」
ダンも時間を割いて真剣に教えてくれるのだから、やるっきゃない。
高校時代によく弾き語りしていたスピッツの『空を飛べるはず』だったらいけるだろう。
♪ジャンジャンジャジャジャジャ
ジャンジャジャジャンジャジャ
おさないびぃねぇつうぉー
「ちょいまち」
歌い始めたところでダンに止められた。
「悪くない。悪くないけど、ダウンストロークをも少し意識してみぃ」
「けどダウンだけ強く弾けっちゅわけやないで。ビートを刻んでいることを意識するんや」
いきなりレベルの高いアドバイスをしてくる。彼らには当たり前でも、ボクにとっては聞いたことのない概念だ。それを教えてくれるのだからありがたい。そう受け止めよう。
「はぁ。やってみます」
言われたことを意識しながら素直に弾いてみた。
心なしか歌もビートに乗れた感じがする。
♪ジャン ジャン ジャジャ ジャジャ
ジャン ジャジャ ジャン ジャジャ
おさないびぃねぇつうぉー
ジャン ジャジャ ジャン ジャジャ
いーてほーしーいー
「ええんやないか」
一番を歌い終えたらダンが声をかけながら後ろをチラリと見た。
なんと店内にいた客が集まって聞いていたらしい。
パチパチパチ
控え目ながらも手を叩いてくれた。
生まれて初めて拍手をもらった。嬉しかった。
「ユウ。こいつなかなか見込みあるで」
「ええ、聴いてたわ。じゃあ次はベースね」
ボクの身柄はダンからユウに引き継がれた。
「店長には許可をもらってるから、スタジオを使いましょう」
店舗の二階はスタジオスペースになっているようだ。ユウに連れていかれたスタジオは思ったより広く、五人組程度のバンドが入っても十分に余裕がある。
彼女は黒髪のボブで細いフレームの黒縁メガネが似合う。清楚な隣のお姉さんという感じだ。二人きりになると少しドキドキしちゃう。
ボクは思い切って気になっていることを切り出した。
「あの、ベースを教わる前に聞いておきたいことがあるんですが」
「いいわよ。なんでもどうぞ」
「メグとはどういう関係なんですか」
「そっか。メグは何も話してないのね。急遽思いついた計画だから仕方ないか」
「計画……ですか」
「ごめんごめん。順を追って話さなくちゃね」
ユウは語り出した。
「メグは大阪にある中高一貫校に通っていたの。厳しい校風でね、軽音部がなかったのよ。彼女はビートルズに憧れてギターが欲しくなり、ラクーンギターに来たってわけ。
私も中学生時代に大阪へ越してきたからなんか気持ちがわかるのね。意気投合していろいろ話したわ。
ビートルズに憧れるタイプは二つある。ビートルズを追っかけるか、ビートルズのようになりたいかの二つだ。ていうのがあの子の得意な持論でさ。でもよくいるビートルズファンとは違ってたかな。
ビートルズがそうっだったようになんでも吸収するタイプなのよ。ロックもフォークも歌謡曲も気になる音楽はなんでも研究していた。
一時期はウィルソン姉妹が中心となるロックバンド・ハート (Heart)にハマってたわ。妹のナンシー・ウィルソンが弾いていたオベーションのアダマスが欲しいってずっと言ってた。
同じ高校のクラスメイトと二人でギターを練習してストリートで弾き語りまでしてさぁ、本気を感じたわ。だけど相方の女の子に彼氏ができて疎遠になっちゃったのよ。
でもメグは諦めるどころかバンドで歌いたいと夢を膨らませたの。親の転勤で引っ越すことになり大阪から離れちゃったけど、K大に合格したときは軽音部があるって大喜びしてた。
ところが軽音部の同級生にクセの強い『ギターバカ』と『ドラムバカ』がいてバンドがなかなか結成できない。苦肉の策で一年生を迎えて合同で結成しようとしたけど顔見せは大失敗。そこでメグはあなたを見込んで新たな計画を立てたのよ」
ボクはユウの話しを聞いて感情が交錯した。
ダンがさっきオベーションを弾かせてくれたのも偶然ではなかったということか。
メグがボクをここに送り込んだ背景を思うと責任の重さにつぶされそうだ。
ユウにもうひとつの疑問をぶつけてみた。
「圧倒的なスタイルってわかりますか?」
「ふふっ……メグが言ったの?」
「はい。圧倒的なスタイルを作り上げるしかないって」
「メグはAKB48とかアイドルの楽曲も研究していたのよ。なかでもNegiccoは別格だったようね。その代表曲の一つが『圧倒的なスタイル』なの」
「え、まさかNegiccoを目指すってことじゃないですよね」
「あはは、まあ焦らないで聞いてちょうだい。Negiccoはデビューしてしばらくするとバックバンドを腕利きミュージシャンたちによるNEGiBANDに任せたの。ライブでフルメンバーが揃ったときなんか『圧倒的なバンドスタイル』とまで言われたわ」
「つまり、メグはそこまで高度なパフォーマンスができるバンドにしたくて『圧倒的なスタイル』と例えたんですね」
「そういうこと。ただ、テクニックだけじゃないのよ。それぞれがバンド全体を考えて演奏できる技量というかセンスが必要になってくるわ」
「メグはなんでまたボクなんかにベースを担当させようとしたのかなぁ」
「それはおいおい教えてあげる。あら、話してたらもうこんな時間じゃん。そろそろ閉店の準備しなくちゃ。アキラも手伝って」
「はい、もちろんです。それと、どこか宿を探さなくちゃいけないんですが。できればカプセルホテルとか安いところ知りませんか」
「何言ってんの。あなたは私のところに泊まるのよ。メグからちゃんとめんどうみてってお願いされてんだから」
「ええーーー。それはちょっと。いくらメグの師匠だからって。同じ屋根の下というわけには」
「いいから、早く一階に降りる!」
「はい」
ボクはユウの圧倒的な迫力に逆らえなかった。
第五話 ビートルズに憧れるタイプ で登場する『圧倒的なスタイル』とは?
YouTubeリンクをご紹介。
Negiccoが代表曲『圧倒的なスタイル』をNEGiBANDによる「圧倒的なバンドスタイル」でお届け
NHKホールでのソロコンサートライブ映像のうち「55:42」から視聴ください!
https://youtu.be/PVrlwLZRm5s?si=XTJKTJGc-GVh8GZr&t=3342




