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第四話 一発逆転のキス

 駅前の大型ビジョンでは女性アイドルがパックご飯を食べるCMが流れ続けている。

 構内に向かって歩くボクはその映像を目にしながら頭の中ではCMとまったく関係の無い言葉を反芻していた。


 学園都市として知られるうえに観光地なので駅の構内はいつもごった返している。人にぶつからないよう四方の流れを先読みしながら歩かねばならない。まだこの駅に慣れていないから、なおさら神経をすり減らす。

 

 そもそもなんで詳しい理由も知らされずJRに乗らなくちゃいけないのだろう。まさか大学に入学してすぐ、出張みたいなことをする羽目になるとは思わなかった。

 

 そうなのだ、彼女のためにボクの運命は変わろうとしている。


 昨日の夕方から行われた軽音部の二年生と新入生の顔見せは混迷を極めた。

 ドラムソロとギターソロの爆音合戦が延々と続き、ほとんどの新入生がドン引きしたほどだ。

 大騒ぎした張本人の二人は意気投合してどこかへ姿を消した。おおかた飲みに行ったのだろう。他の部員たちも所在なさげで、三々五々帰っていった。


 二年生のリーダー格で今回の顔見せを企画したメグは無表情で片付けをはじめる。残っていたのはボクだけなので、無視するわけにもいかず手伝うことにした。

 メグはぶつぶつ言いながらテーブルの上を紙ナプキンで拭いてるが、きっと気づいちゃない。自分の心の声がだだ漏れなことを……。

「ドラモリめ!それにキョーイチまで一緒になって!おかげで計画が台無しよっ」

「皆に得意な楽器とか好きなミュージシャンとかおしゃべりしてもらうはずだったのに~」

「新入生もショックだったんでしょうよ。しゃべらないから、お菓子を食べる食べる!ペットボトルも見事に空っぽなのね!若さっていいなぁー」

「あ~あ、バンドどうしようかなぁ~、もう来ないかもね、あの子ら。でも、もしめげずに来たらすごいんじゃねっ?逆にめっけもんかも」


 彼女の中に溜まった不満が漏れるどころか溢れ出す。

「あのー」

 ボクはしかたがないので話しかけた。

「うわっ、おどかさないでよ。いたんだ」

 メグはボクに気づくとバツが悪そうに返してきた。

「アキラはなんで帰らなかったの?」

「いえ、あの、ボクは爆音に免疫があったっていうか。他の連中ほどショックは受けなかったし。それにメグ先輩、いや、メグ一人で片付けていたから」

「優しいのね。ありがと」

 会話を交わしながら二人でテーブルを元のように並べ直して、菓子類のゴミとペットボトルを分別して袋に入れた。

「よし。終わり。お疲れさん」

「お疲れさまでした」

「ねぇ、帰りにちょっと付き合ってくれない。話があるの」

「え、ええ。いいですけど」

 メグがいきなり「付き合って」「話があるの」なんて言うからボクは喉が詰まりそうになった。

 もちろん彼女は特別な意味を込めて言ったわけではないだろう。でも心臓がドキドキして胸が締め付けられる。


 メグとボクはサークル棟の階段を降りてキャンパスのメインストリートを歩いた。日が落ちて街灯やネオンが世間を彩りはじめる頃だ。


 正門を出るとすぐ学生御用達の喫茶店がある。

「お茶しながら話そうというのだな」

 なんて勝手にストーリーを描いたもののまったく違っていた。メグはそこを通り過ぎて進み続けるではないか。

 やがて浜辺と松原が見えてくると、彼女が静かに切り出した。

「アキラはなんで軽音部に入ったの?」

 ボクはこの場に及んで上っ面だけで答えては、彼女の気持ちを踏みにじることになると直感した。

「自分でも整理しきれてないんですよ。高校生のときに軽音部の連中がJーPOPを演奏してキャーキャー騒がれるのが羨ましくて思いついたのは確かなんだけど……」

「そっか。だいたいそんなところだよね。いいんじゃない」

「違うんです。そのつもりだったけど、キョーイチやドラモリを見て感じたっていうか。ボクもジェフ・ベックとかオールマン・ブラザーズ・バンドとか好きで、あんな風に弾きたいなって」

「へーっ、どうりでキョーイチの爆音ギターにも早々に慣れたわけだ」

 メグの表情に明るさが戻ったように見えた。しかしすぐ真顔になった。

「私は母親が持っていたビートルズのCDを聴いたのがきっかけでバンドやりたいなって思ったの。でも……」

 彼女は言葉を継ぐのをやめてしばし考え込んだ。

 そして意を決したように話し出した。

「私もアキラと同じだな。まだ本当の自分がわかってないのかも。でもビートルズに憧れているのは間違いない」

「竹内まりやは、もしビートルズに会えたとき話せるように英語を勉強したっていうわ。シンガーソングライターの道に進んだのもビートルズの影響が大きいそうよ」

「彼女の気持ちがよくわかる。ビートルズのようになれなくても、あの世界観に少しだけ近づければそれでいいのよ」

「私が通った高校は軽音部がなかったから、友だちとギターを必死に練習して公園や駅前で歌ったわ。ビートルズは納得できるように表現するのは難しいから、主に女性歌手をカバーしてた」

 メグの根底にはビートルズがあるらしい。


 ボクたちはいつの間にか、松林を抜けて波打ち際を歩いていた。柔らかな潮風にメグの髪がなびく。

 メグはふと立ち止まって、星空を見上げながら歌を口ずさむ。

 英語の歌詞でメロディーは寂しげだが優しい。「ブルーバイユー」と繰り返すバラードで切ないラブソングのようだ。

 背中を向けて歌っているので表情はわからないが、ときどき歌えなくなってしまう。


 二人だけの浜辺は静かで波の音がした。


 気づくと肩を震わせて泣いている。


 歌の狭間で何かをつぶやくのがわかった。


「K大ならバンドで歌えると思ってた」

「なのになぜ?なんでできないの……」


 ぐすんとすすり泣くのを聞いたとき、ボクは思わず後ろから抱きしめた。

 これまで彼女ができたこともなく、デートの経験すらないのに信じられない大胆さだ。でも考える余裕などなかった。メグが愛おしくて気がつくと抱きしめていた。


 そんな自分に驚いていると、メグがボクの腕に手をあてて緩めながらこちらを振り向く。

 目を瞑って唇をすぼめてじっと待っている。

 ボクはガチガチに緊張しながら唇を同じようにすぼめてチュッとキスした。


「私を助けてくれる」

「うん」

「嬉しい」


 今度は彼女からボクの首に腕を回して唇をくっつけてきた。

 舌の先と舌の先が重なり、彼女の唾液を新鮮に感じた。


 永遠に時間が止まったような感覚だったが、奇跡のキスは数秒で終わる。


「私を助けてほしいの」

 メグはもう一度繰り返した。ただ今度は真顔で鋭い眼差しをしている。


 ボクは彼女から魔法をかけられたも同然だ。

「ああ、なんでもするよ」

 言うなりになるしかない。

「あの二人を跪かせてバンドを結成するには圧倒的なスタイルを示すしかないわ」

「圧倒的な?」

「そう。圧倒的なスタイルを作り上げるの」

「どうやって」

「アキラ。あなたはベースを弾いてちょうだい」

「え?ボクはギター志望……」

「あなたはベースを弾いてちょうだい」

 有無を言わせぬ迫力があった。

「わかったよ。まあギターの弦が四本になったようなものだから、やれると思う」

「じゃあ大阪に行って」

「はえっ?」

「ベースについて学ぶため大阪に行ってもらうわ」

「大阪のどこにいつどうやって?」

「明日から行って。場所はスマホで送るから。新幹線に乗ればすぐよ。しばらく学んできて」


 浜辺でのロマンスは二人の関係性を決定づけた。

 ボクはメグを送ってから一人で自宅に帰ったがほとんど眠れなかった。


 一夜明けて今、駅のホームで新幹線を待っている。

 その間もずっと頭の中では「圧倒的なスタイル」という言葉がグルグル回りっぱなしだ。


第四話 一発逆転のキス で登場する楽曲を(YouTubeリンクで)紹介。


リンダ・ロンシュタットが歌う『ブルーバイユー』

ロイ・オービソンのオリジナル曲をカバーして大ヒットしました。

バイユーとは川や海ぞいの街をさし、故郷の人を思う歌です。


https://youtu.be/Kp9G0zkorio?si=9LFQgWIXdrbZ4ynh


彼女と二人で浜辺を歩いているとき、この寂しげな歌を口ずさむとキュンとしちゃいますよね。

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