第六話 素敵な「居候」
「あ、いけない。これは見ちゃだめ」
ユウは慌てて干していた下着を片付けた。
でもボクの目には瞬間的に焼き付いた。
鮮やかなピンクに水玉模様か……。
初日のレッスンを終えたボクはユウに促されるままついて行くしかなかった。
ラクーンギターを出て五分ほど歩くとおしゃれなハイツが現われた。
ボクが住んでいるところよりずいぶん新しい感じだ。
広くはないエレベーターに二人きり。五階に着くまで目のやり場に困る。
ユウはエレベーターから降りて右に進むと、三件目の玄関ドアの鍵を開けて先に入った。
「どうぞっ、遠慮しないでくつろいでね」
そう言うが早いか、窓際へ駆け寄り丸い物干しに飛びつく。下着を隠すためらしい。
ボクが呆気にとられていると振り向きざまに睨んだ。
「見てないわよね」
「は、はい」
彼女の真剣な面持ちに、まさか「ピンクで統一されてるんですか」などと答えられるわけがない。
ボクは平静を装ってドアを閉める。
「おじゃまします」
玄関で靴を脱いで上がるとシンクや冷蔵庫が目に入った。キッチンの奥に部屋が二つあるようだ。間取りはボクの部屋と似ている。
「アキラはこっちの部屋を使ってちょうだい。普段は物置みたいにしてるから、散らかってるけど我慢してね」
ユウに案内されるまま、右奥の部屋へ入ってリュックを置かせてもらう。
「それと、寝る時はこれを敷いてね」
彼女は部屋の片隅に立てかけてある折りたたんだマットレスを、手のひらでポンポン叩きながら微笑んだ。やはり同じ部屋で寝るというファンタジーな展開はあり得ない。理性と欲望がせめぎ合うことにならず、ホッとした反面、残念でもある。
「じゃあ、食事の準備をする間にお風呂をどうぞ。私は冬しかお湯を張らないの。シャワーでいいかしら」
「あはい。ボクもいつもシャワーなんで」
「えっと、こっちがトイレ。隣が浴室ね。ドライヤーも適当に使って。あ、シャンプーリンスは持ってきた?」
「あはい。タオルとかも一応……」
「ふーん、以外にしっかりしてるのね。もしかしてメグ」
「いや、あはい。用意するモノ一覧表をLINEしてくれました」
「なんか妬けちゃうなっ。なんてね。そうそう、お湯が熱くなりすぎないよう気をつけてね」
「はい。ありがとうございます」
二人でそんなやりとりをして、ボクはバスルームに向かう。
着替えの下着も入れといてよかった。ボクだけじゃ気がつかなかっただろう。メグに感謝しなければ。
ほどよい湯加減のシャワーにかかりながら、ようやく落ち着いて考えることができた。
ユウによるとメグは軽音部で自分の理想とするバンドを結成するため計画を立てたという。その計画を進めるためボクをベース担当にしたいらしい。ラクーンギターに送り込んだのも狙いがあるはずだ。ユウからベースを教わるだけでなく圧倒的なバンドに何が必要かを掴めということなのだろう。
熱めのシャワーを浴びてリフレッシュすると頭の回転がよくなったのか、思考がどんどん整理されていく。
浴室から出て洗面所で体を拭いてからドライヤーで髪を乾かす。愛用の黒いスウェットを持ってきたのでそれを着た。
「お先しました~」
つい実家のつもりで声をかけてしまう。
「ふふっ。そんな風に言うのね」
ユウはキッチンから出てくるところだった。
「じゃ、私もシャワー浴びてくるから。テレビでも見てて」
「あはい」
ボクは折りたたみテーブルに並べられた美味しそうな料理を眺めながら、テレビのリモコンでザッピングした。
だがどんな番組をやっているかなんてほとんど目に入らない。全神経は聴覚に集中されていたからだ。もちろん浴室に向けてである。
さっきまでボクがシャワーを浴びていたのと同じところに彼女が立って体を洗っている。僅かな物音から一挙手一投足を想像した。
ガシャッと浴室のドアが開くのがわかった。しばらくドライヤーの音が響いてから静かになる。
「お待たせ~」
彼女の声がしてビクッとした。もしかすると目が泳いでしまい挙動不審から妄想していたことに勘づかれたかもしれない。
「アキラ」
「あはい」
「アキラくんじゃよそよそしいからアキラでいいわよね。私のこともユウって呼んで」
「あはい」
ビビった~。「いやらしいこと考えていたでしょ」なんて言われるかと思った。
呼び方はK大軽音部もさん付けNGだからその方がやりやすい。こちらも助かる。
ボクの動揺を知ってか知らずか手を伸ばしてカセットコンロに火を付けながら説明するユウ。
「おでんは温めてるから好きなネタをとって。辛子はお好みで。ポテサラはそのままどうぞ」
「あっ、ウインナーだ。それにこれは玉子きんちゃくですかっ、大好きなんですよ」
「よかったわ。昨日から仕込んだのよ」
「ありがとうございます」
「いけない。カンパイしなけりゃだった。チューハイといきたいけど、アキラはまだウーロン茶だよね」
「えっと。実は二十歳なんですよ。いろいろあって」
「そっか。いろいろあるわよね。レモンサワーとジンソーダしかないけど」
ボクがジンソーダを選ぶとユウもそれにした。
「じゃあ、アキラの武者修行に!」
彼女の音頭で缶と缶を合わせた。自分のためにカンパイしてもらうなんて初めてだ。
「大根もよく味が染みてますね。それにポテサラはボクの好きなスライスハムが入っていてマヨネーズ加減がちょうどいいし」
「やだ、グルメレポーターみたい。お世辞でもうれしいよ。どんどん食べてちょうだい。チューハイもいっていって」
いつも学食か近所の定食屋に行くかコンビニ弁当だから、久々の手料理は本当にありがたい。お酒もすすんでずいぶんリラックスしてしまった。
ユウは頃合いと思ったのだろう。リモコンを操作しながら聞いてきた。
「アキラは『ハート』って知ってる。メグがよく聴いてたロックバンドなのよ」
「ユウがスタジオで話してた、なんとか姉妹のバンドでしょ。ダンがオベーションのギターを弾かせてくれたのもつながってたんだなって……」
「ウィルソン姉妹ね。メインボーカルが姉のアン・ウィルソン。妹のナンシー・ウィルソンが主にギターとコーラスを担当してる。元々はレッド・ツェッペリンに憧れてバンドを結成したんだって。『バラクーダ』は日本でもかなりヒットしたらしいわ。七十年代の曲だから私もリアルタイムでは知らないけれど、今でもBGMとかで耳にするほど有名よ」
彼女が解説しながらテレビのモニターに動画を映し出したのは『バラクーダ』かと思いきや別の曲だという。
「これはライブで『Crazy On You』を演奏している動画。ナンシーがアコースティックギターでソロを弾いてからエレキが入ってバンドサウンドに変わるところが好きなの。メグはこれを繰り返し見ては、オベーションのアダマスがほしいっていつも言ってた」
ユウはさらに妹のナンシー・ウィルソンがリードボーカルをとる『Mona Lisas and Mad Hatters』のライブ映像を見せてくれた。
「メグはきっとこんな風に歌いたいのよ。あるときはロックンロール。あるときはカントリーバラード。あの子の可能性を開花させるバンドが必要なんだと思う」
「なんとなくわかってきました。圧倒的なバンドスタイルがどのようなものか」
「さすが飲み込みが早いわね。明日からはベースを弾きながら体に叩き込むから覚悟しときなさい」
ユウはいたずらっぽく微笑みながら目は真剣だった。ボクだってそのつもりだ。メグをバンドで歌わせてあげたい。明確な目標が決まった。
「さあ、そろそろ歓迎会はお開きとしましょう」
「あはい。ごちそうさまでした」
「アキラは食器を洗ってね。私は遅くならないうちに洗濯すましちゃうから。あ、アキラも下着とか洗うやつがあったら出しといて」
「いえ、ボクのはいいですよ。自分の汚れ物は持ち帰りますから」
「何言ってんの。『ミステリと言う勿れ』の久能整じゃあるまいし。遠慮しないでいいのよ」
そうか、ボクはユウの接し方でようやく立場を理解した。
今日から居候なのだと。
第六話 素敵な「居候」に登場する楽曲を(YouTubeリンク)紹介。
今回はなんと言ってもアン&ナンシーのウィルソン姉妹率いるバンド「ハート」でしょう。
アメリカのロックバンド・Heartの代表曲の一つ。
『Barracuda』(1977年)
https://youtu.be/PeMvMNpvB5M?si=4YR_ko1u2kiuSIf8
ナンシーのアコギから始まり、アンのボーカルが冴えわたるポップなナンバー
『 Crazy On You 』(1977)
https://youtu.be/yZjEC4WhCvg?si=cvEhB_3fBMp1s-0n
エルトン・ジョンの名曲をカバー ナンシーがリードボーカルをとるレアなパターン
『Mona Lisas and Mad Hatters』
https://youtu.be/ECaPBC2y9RA?si=G8GT3f01aiItl2JS




