第十八話 スターティング・オーバー
駅から出ると見馴れた大型ビジョンが目に入り、この街に帰って来たのだと肌で感じた。映し出されているCMは餅を食べる「Negicco」ではなく、朝ドラ女優が青い海をバックにビールを飲んで「プハー」ってやってたけど。
まだ二日酔いの疲れが残っていたからトボトボと歩くのがやっとだ。ハイツに着いたときはすでに日が落ちて薄暗くなっていた。
食欲もないのでポカリを飲んでシャワーを浴びた。こんな時のポカリは「仙豆」みたいに体力を回復してくれる。熱めのシャワーで血が通うのを感じてなおさらパワーアップしたような気分になった。でもさすがに迎え酒というわけにはいかない。タレントや小説家が酒豪エピソードで「迎え酒したら元気になる」なんて話していたが、ボクにはとても信じられない。
惰性でテレビをつけたらバラエティ番組をやっていたが全然入ってこない。軽音部に戻るべきか迷って頭がいっぱいなんだろう。それで脳が他の情報をブロックしてしまうらしい。
寝転がって頭の後ろで手を組んで枕代わりにして天井を見ながらモヤモヤした頭の中を整理しようとこねくり回していたそのとき。「ブーンブーン」テーブルの上でスマホが唸ったのでドキッとした。新幹線に乗るからマナーモードにしていたまま忘れていたのを思い出し慌てて確認したらメグからだ。ワンテンポ置いて僅かながら動揺を落ち着かせると電話を受けた。
「アキラ、帰ってたんだ。ユウから連絡があってさ。ダンとかなり飲んだみたいっていうから心配したけどよかった。アキラ、ねえ、聞いてんの?」
「あ、ごめん。なんかまだ靄がかかったみたいで。でもだいじょぶだから」
「ホントに?メグだけどわたしのことわかってるよね。電話で話してもだいじょうぶなの?」
「当たり前だよ。メグだってことくらいわかってるって。逆にメグだから、どう話していいか戸惑うわけで」
「そっか。だよね。でもアキラ、わたしだって平気なわけないじゃん。心拍数が上がってハロプロのビート特訓みたいになってんだからぁ……」
ドキドキして脈拍が16ビートのように速くなってるってことだろう。モーニング娘。を育てたつんくが「16ビート」を刻むノリを教えたという。
「そんなに回りくどいこと言わないでも。まあ、気持ちは伝わったけどね」
「よかった。じゃあ、仕切り直して話すからよく聞いてほしいの。わたしもこんなことわざわざ言いたくないんだけど、言わないと先に進みそうにないから。二度と言わないからよく聞いて」
「うん、わかった」
「キョーイチとは付き合ってないから。何もないから……」
そう言われて「そうなんだ。ああよかった」と信じるわけにはいかないが、メグなりに考えてのことだろう。
ボクが黙っているのでメグの方から補足してきた。
「マリと会ったんでしょ。びっくりしたわよ。何年も全然連絡とってなかったんだから。メールならまだしも電話してくるなんて。マリはとにかく正直なのよ。思ってもないことは言えない性格。そのマリがさぁ『アキラはいい奴だから見捨てるな』っていうの。あなた大阪まで行って、わたしとキョーイチが付き合ってるのがわかって失恋したショックで飛び出してきた。みたいなことをぶちまけたでしょ。だからユウもマリもそれを信じちゃったじゃない」
あれれ、なんか風向きがおかしい。ボクの方が悪いみたいな言い草だぞ。振られた身でなおかつ後輩だ。静かに二人の恋を見守ろうと考えていたけれど、真実をはっきりさせなければ。そう思うと一気に脳が回転速度を上げてきた。
「いやそれは違うだろ。だって、キョーイチのアパートに行ったらメグが一緒に居て。メグもLINEで『キョーイチはわたしがいなけりゃダメみたい。腐れ縁ね』って送ってきたし……ただボクがメグに好意を持って、勝手にその機になっていたことが原因なのかもだけど……」
「ちょっと待った。ごめんね。でも大事なことだからもう少し聞いて。まず、キョーイチの部屋にわたしが行ったのは間違いない。彼に好意を持っていたから放っておけなかったことも確かにそう。アキラにLINEした通りよ。だけど、わたしこそ勝手に好意を持ってその気になっていたの……」
メグが声を詰まらせた。
もしかして泣いているのかもしれない。
「だいじょぶ?」
「ごめん、だいじょぶ。ここからが大事だから、わたしもしっかりしなくちゃ。アキラ。あれから何もなかったんだ。キョーイチはギターを弾きながら音楽の話をしただけなの。わたしだって自分から迫るほど切羽詰まってないからさ、結局おしゃべりしただけで帰ったってわけ。ね、これって付き合ってないでしょう」
「まあ、だとしたらそうなるのかなぁ」
我ながらなんとも歯切れの悪い受け答えをしてしまった。
「なによその言い草。ま、仕方ないか。そうなるよね。アキラだから話すんだけど、誰にも言わないでよ。ひょっとするとユウみたいなトランスジェンダーかもしれない」
「え、キョーイチが」
「そう。ユウはさ自分がトランスジェンダーだって受け容れて生きているわけじゃん。だけどキョーイチはまだ自分の中で葛藤しているんじゃないかな。もしかしたらまだ気づいてさえいない可能性だってあるわ。これはわたしの直感だからなんの根拠もない。誰にも言っちゃだめよ」
「言わない、ていうか誰にも話せないよ」
「アキラがどう考えているかは知らないけど、とにかくわたしとキョーイチは付き合ってない。それを伝えたかったの」
「わかったよ」
「それでよし。まず一つクリアね。これでようやくアキラに告白できるわ」
「え、告白って……」
メグの言葉はいつもボクの心をかきまわす。この期に及んでいったい何を言い出すのか。
「もちろん真剣だから、本音だから、そのつもりで聞いてちょうだい。わたしはアキラもキョーイチも好きだった。天秤にかけたって言われても否定は出来ない。キョーイチを選んで部屋に行った。そして恋に破れた。アキラはユウを慕って大阪に行ったけれど、こうして帰って来た。わたしは今でもあなたが好き。だけどもう疲れたの。しばらく恋愛はやめとくわ。音楽に集中したいの。だからアキラ、あなたとバンドがしたいのよ。わたしの気持ちをわかってくれたのなら、明日の朝、部室に来てちょうだい」
「朝っていつ頃……ピボン」切れた。こんなときも自分の言いたいことをしゃべったらとっとと終わらせる性格は変わらない。
ボクがユウを頼って大阪に逃げて過ごしたのは僅か一日。しかしその時間は貴重だった。
ユウがトランスジェンダーに向き合って生きてきた日々をカミングアウトしたのは、ボクに「それでも付き合う覚悟はあるの」と問いかけたのだろう。
メグへの想いが残るなかで揺れる心を看破されたのだ。しかもその身をダンに託されて「音楽」の素晴らしさを教わり、マスターの歌う『HELP!』で「素直にやれよ」と背中を押してもらった。
そしてメグもまた恋に疲れて「音楽」をやりたいと覚悟を決めたという。ボクの中でそれらが繋がりごちゃごちゃしていたものがまとまりだした。
朝九時前なのにサークル棟は早くも動き出そうとしていた。トロンボーンやマンドリンや尺八の音が聞こえてくる。かと思えばジャージや道着姿の連中がうろうろし始めた。どこかで試合でもあるのだろうか。講義を真面目に受けないのはボクだけではないらしい。
さまざまな青春を感じながら軽音部の部室に行くとドアを通してギターの音が聞こえた。
「おはようっす」
照れ隠しに声を張ってあいさつしながら入ると、その姿に思わず大きな声を上げてしまった。
「キョーイチ!」
「なんだよ。オレだって部員だぞ。なんなら先輩だし。そんなに驚かないでいいだろ」
「いや、そうじゃなくって。朝早いなって思って」
メグに言われて来たものの、昨日電話で聞かされた当のキョーイチがいるとは思わなかった。
むしろ流れからするとキョーイチはいるであろうメンバーから最も遠い存在なはずだ。しかしそんな事情を言えるわけがない。
「わたしが呼んだのよ。アキラと三人で話したいから朝早く来てほしいって。二人ともけっこう素直なのね。揃うのは十時過ぎか下手したらお昼前になるぐらいの覚悟はしていたんだけど」
ボクは状況を理解出来ずによほどぼんやりした顔をしていたらしい。メグが気を利かせて説明してくれた。
一方、キョーイチはある程度察していたようだ。
「で、オレがどうすれば納得してくれるの」
「まあ聞いて。アキラにもわかるように話さないといけないでしょ。わたしは『圧倒的なスタイル』って例えてるんだけど、つまりバランスがとれたバンドをやりたいわけ。だからキョーイチとドラモリが過剰に個人プレイしたがるスタイルに耐えられなかった。ドラモリはわかってくれたから、キョーイチがいないうちにリードギター抜きでバンドを組んだ。思った通りにうまくいったわ。アキラもそれは感じたでしょう」
「うん、これが『圧倒的なスタイル』ってことなんだと思ったけど……」
主導したのはメグだけど、キョーイチを外したことは後ろめたかった。それにボクはその直後大阪に逃避行したからな。そんなことが引っかかってしまい胸を張って答えられなかった。
メグは続ける。
「でも、わたしなりに考えたのよ。軽音部としてそれでいいのかって。わたしの個人的な感情でメンバーを邪魔もの扱いするのはおかしいって気づいたの。だからキョーイチを加えたバンドで再スタートしたい。アキラにそれを伝えたくて呼んだのよ」
「え、だってドラモリとセイカにも話さなくちゃ……」
「あの二人にはもう話したわよ。『メグがいいならいいんじゃない』だって。アキラはほら、ベースを弾くため大阪まで行ってもらったじゃん。だからなおさらきちんと話さないといけない気がしたの。どう思う?」
「いや、その、ボクだってメグがいいならいいよ。それに、正直言うとキョーイチがいないとポッカリ穴があいたようで寂しかった。だから戻ってくるのは嬉しい」
キョーイチはメグとボクがやりとりするのをじっと眺めていたけれど、痺れをきらして口を挟んできた。
「おいおい、邪魔者扱いされたり、いないと寂しいって言われたり、高低差がありすぎて耳がキーンってなるわ。それよりメグ。オレが出した条件は考えてくれたんだろうな」
「わかってるって。リードギターの聴かせどころがある曲でしょ。ちゃんと選んできたわよ。まあ聴いてみて」
メグはノートパソコンを開くとMVを再生した。
『Runnin' With the Devil』
確かヴァン・ヘイレンのデビューアルバムに入ってる曲だ。ミドルテンポながらグイグイ迫ってくる重厚なサウンドは一度聴いたら忘れない。
「ギターを弾きまくるっていう感じではないけれど、ギターリフがめちゃカッコいい。それを支えるベースがあるからこそ、誰にも止められないモンスターカーみたいな迫力があるんだと思う。歌詞は英語だけど、悪魔とともに走る覚悟で自分に素直に生きてやる。みたいな破天荒な歌らしいわ。何かわたしたちの今の心情にぴったりじゃない。ちなみにキョーイチ、ギターソロはドライブ感を出すのが難しいからそのつもりで」
「バカにしちゃいけねえ。エディはオレがリスペクトするギタリストの一人だからな。『Runnin' With the Devil』だって知ってるさ。コピーしたことはないけど、猛特訓すればなんとかなる」
「ていうことは、気に入ってくれたようね。アキラはどう?」
「ボクもいいと思う。ベーシストとしてもうずうずするし、バンドとしてのバランスもとれてるんじゃないかな。もちろんメグが歌うんだよね」
「ええ、そこはまかしといて。ガールズバンドや女性アーティストがカバーした動画を観たけれど、十分いけそうだから」
「よし、じゃあ決まりだな」
キョーイチも素直に受け容れている。
けれどボクは物足りなかった。
本音で訴えるのは今しかない。
「あのぉ、実はボクからも提案があるんだけど。いいかな」
「え、なんか不満なの?」
「珍しいな、アキラが反対するなんて」
二人とも意外そうな顔でボクを見ている。
第十八話 スターティング・オーバー に登場する楽曲を(YouTubeリンクで)紹介。
☆『Runnin' With The Devil』Van Halen
貴重なライブレコーディングの音源。迫力がある!
https://youtu.be/HgFjYNPgRwI?si=dshx4Wz2jER2ALh0
☆『Runnin' With The Devil』Larkin Poeによるカバーバージョン
女性が歌ても上手ければカッコいい。ということね!
https://youtu.be/KN85lxP4CeM?si=GulT9ckofQAXIAWF




