第十九話・エンディング ブレイクスルー
運命は変えられるという。でもそれは一瞬にして状況が好転するようなこととは違う気がする。
たぶんちょっとしたきっかけと小さな努力の積み重ねがやがて大きな変革をもたらすのではないだろうか。まずはチャンスを見逃さないことだ。自分にとっては今こそタイミングだと直感して言葉が勝手に飛び出してゆく。
「いや不満とかじゃなくて。『Runnin' With the Devil』はすごくいいと思う。メグがいるのにおこがましいけど、ボクにも一曲歌わせてほしいんだ」
大阪で「まいやん」のマスターが歌うのを聴いてからボクの中に芽生えた気持ちが膨らみ続けた。メグからバンドを再スタートしたいと聞いてその思いがさらに強まり、もはや
その気持ちを隠しておくことはできない。
「ふーん、思いもしなかったけど、いいかもね。ビートルズだってメンバーそれぞれがボーカルをとってるわけだし、幅が出ていいかも」
メグはそう言ってくれたが、キョーイチは納得していない。
「歌ってみろ。どうするかはそれからだな」
「それもそうね。アキラ、それほど言うんだから歌いたい曲があるんでしょ」
むろんそれが当然の反応だろう。
ボクはカラオケで歌ったのもいつだか覚えていないけど、実家にいるときギターで弾き語りしたことはある。何しろ数え切れないほど聴いた曲だから染みついてるはずだ。こうなったらやるっきゃない。
「バンプオブチキンの『ラフメイカー』。本来はバンドサウンドなんだけど、ベースを弾きながら歌ってみるよ」
「ちょっと待って。その曲だったら知ってるし、なんとかなるかも」
メグは言うが早いかネットで調べはじめた。
「あった!コード進行。わたしがギター弾くわ」
「オレも入れてくれよ。こんな感じだったろ」
キョーイチは間奏のソロギターを記憶を辿りつつアドリブをまじえて弾いてみせた。
「やるじゃない。なんかバンドらしくなってきたわね」
「んんん、あーあ、えー。じゃあ聴いてください『ラフメイカー』」
♪ラフメイカー、冗談じゃない……消えてくれ……ルーララルーラ
それだけが生き甲斐なんだ。笑わせないと帰れない……鍵ならすでに開けたから
おいまさか……信じた瞬間裏切った……あんたに笑顔を持ってきた……ルーララルーラ
「ヤバイよ。アキラ、なんで隠してたの」
「あれだな。ラモーンズみたいに魂に響く歌声だ」
ボクが歌い終えて頭の中が真っ白になっていたら、メグとキョーイチがそんな風に絶賛してくれた。
「ちょっとバンドの構想を練り直す必要がありそうね。やっぱりドラモリとセイカも入れて全員揃って打ち合わせしましょう。次にわたしたちが部室を使えるのは金曜日だから、それまでに案をまとめとくわ」
メグは午後からの講義に間に合うからと言い残して部室を後にした。切り替えの見事さは見倣いたいものだ。
「アキラ、どうせ講義をさぼるつもりだったろ。ちょっと話したいから俺んちにこないか」
キョーイチに言われて戸惑った。つい先日、メグと鉢合わせた部屋に来いというのだから全く平気というわけにはいかない。だからといってメグからキョーイチとの成り行きを聞かされた今、ボクには断る理由がない。
二人でアパートまで歩いたが彼は何もしゃべらなかった。心にわだかまりがあるのはボクだけではなかったらしい。
「ま、上がれや」
「おじゃまします」
こたつに布団をかけずにテーブルとして使っている。そのテーブルを挟んで腰を下ろした。キョーイチは話があると言っていたがなかなか切り出さない。ボクも何を話していいかわからず気まずい感じになった。
「一杯やるか」
キョーイチは立ち上がると冷蔵庫から缶ビールを二つ取り出した。
「つまみはポテチしかないけど、まあいいだろ」
「十分です、いただきます」
お互いに缶を掲げてカンパイした。缶ビールをプシュッとやったら自然とそうなる。
「バンドの再スタートに」
「ボーカリストアキラ誕生に」
「なんすかそれ。カンベンしてくださいよ」
もともと気が合うとは思っていたけれど飲むとなおさらだ。先輩と後輩であり、ついこの前までは、いや今も心のどこかでメグを巡って恋敵のようでもある。全部ひっくるめて二人の間にあるバリヤが薄くなるのを感じる。
「メグから聞いたんだろ」
キョーイチがいきなり直球を放ってきた。真剣にこられるととぼけられないものだ。
「昨日、電話で言われました。何もなかった。だから付き合っていないって」
「だろな。そうでなけりゃ、お前とオレを会わせるはずがない。で?メグのこと好きなんだろ?よかったじゃん、オレと付き合ってなくて」
「それなんだけど。ホントなんですか?あのときは何もなかったけど、好意は持ってるんじゃないかって。心のどこかでひっかかってるんだけど」
「アキラ。オレはメグともお前とも一緒にバンドをやりたい。だからホントのことを話すよ。オレはメグのことを仲間として大切に思っている。でもメグの気持ちに答えることはできないんだ。メグだけじゃない。誰にもときめかないんだよ……」
アキラは手に持った缶ビールを見つめながら、ひと言ひと言絞り出すように話した。ただ暗い感じはない。
「それって、ボクから聞きづらいけど、男性にはときめくってこと?」
「お前なあ、ハッキリ聞いてくれるじゃん。こっちも助かるよ。そういう意味ではアキラにはときめかないから安心しろ。たぶん女も男も誰にもときめかない」
「たぶんって、どゆこと?」
「この前、アキラがオレのアパートに来てメグと鉢合わせしただろ。あのときにようやくわかった。アキラはメグに恋してるから、ショックを受けて逃げるように帰ったんだって。逆にオレは恋するときめきがわからないことに気づいたのさ。もしかしてトランスジェンダーなのかと疑ってネットで調べたよ。そしたら似たような悩みを持つ人がいたんだ」
キョーイチは缶ビールをグビリと一口飲んで続ける。
「アキラ。対物性愛、オブジェクトセクシュアリティて知ってるか。生身の人間よりモノ、物体に恋する性的指向で、車だとか建物、ジェットコースターとかに魅力を感じるらしい。中には楽器が恋人だと真剣に悩む人もいることを知って、これだって思った。オレはギターを愛してる。ていうかギターしか愛せないんだよ。ギターを眺めたり触ったときだけ、胸がときめくんだ」
ユウに明かされたときとは違う感情が動いた。でもきっと彼は彼でユウのように覚悟を決めて打ち明けてくれたのだろう。
「オブジェクトセクシュアリティ。初めて聞く言葉だけど、キョーイチ自身が思い当たるのならボクは受け容れるしかないよね」
初めてキョーイチに出会ったとき、部室が揺れるような爆音ギターを弾いていた。ジミヘンに憧れてそんなスタイルを好んでいるのだとわかったけれど、何かが憑依したように没頭していたのはギターと交わっていたのだろう。今になってオブジェクトセクシャリティと繋がった。
「アキラに話せてスッキリしたよ。ま、そういうことだから。オレとメグは付き合ってない。でもメグもアキラも大事な仲間であることに変わりない。それでいいだろう」
キョーイチはボクだけでなく己に言い聞かせるように念を押すと缶ビールを掲げた。ボクも掲げた。
「オレらの再スタートに」
「カンパイ」
*
ボクにとってはライブデビューであり、新バンドのお披露目でもある。
「相手がキックバックスだからって気にすることない。わたしたちはスマッシュフィニッシュらしく全力を出し切りましょう」
ステージ脇でメグが気合いを入れた。
K大軽音部はじまって以来例のない二年生・一年生による合同バンドは『スマッシュフィニッシュ』と名乗ってK大サマーフェスのステージに立つこととなった。四年生による人気バンド『キックバックス』がメンバーの卒業によって解散するため、新人である我々と対バンする企画が持ち上がったのだ。メグによると、先輩達が我々の練習を覗いて「これまでにないスタイルだから対バンすると面白そうだ」と思いついたらしい。
数か月前の新歓イベントで見たキックバックスと対バンするとは夢のよう。あのときの自分に教えてやりたい。いや、そんな悠長なことを考えている場合ではない。このサマーフェスがボクらのデビューでもある。しっかり爪痕を残さねば。自らを鼓舞するつもりが、だんだん緊張してきた。
「アキラ、リラックス。あなたらしく歌えばそれでいいんだから」
「お前の声はジョーイ・ラモーンとかリアム・ギャラガーぐらい個性的なんだから。自信もってけ。ロックテイストはギターに任せとけ」
「オレがしっかりリズムキープするから安心してベース弾いてろ」
「シンセでオリジナルにない味を加えてるから、あそこボーカル引き立つわよー」
いろいろ言われても正直耳を通り抜けるようにしか聞こえないけど、勇気が湧いてきた。
これがバンドなんだと思った。
ステージに立つとフェス会場に溢れそうな観客が目に飛び込んできた。キックバックス目当てだとはわかっていても、背中がゾクゾクする。
緊張がおさまると俄然やる気が出てきた。きっとこれがドーパミン効果ってやつだろう。
「アキラ!頑張って!」
声援のなかにボクの名前が聞こえて目を向けると、ユウとマリが手を振っている。大阪から来てくれたのだと思うとますます気が引き締まった。そうなんだ、ボクは独りじゃない。皆に助けてもらってここに立っている。そして皆の為に歌うんだ。覚悟が決まったら周りが静かになった。
「スマッシュフィニッシュです。聞いてください。『ラフメイカー』」
―了―
第十九話・エンディング ブレイクスルー に登場する楽曲の音源を紹介。
☆『ラフ・メイカー』BUMP OF CHICKEN ライブバージョンをお楽しみください。
https://youtu.be/Hv7LUYJ-H1Q?si=Dt0_zVfbu-ox4Zip




