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第十五話 「女の子」和白優のハートブレイク

 カイトさんが上京してしばらくはLINEで連絡を取り合っていたが、半年もするとこちらからメッセージを送ってもなかなか既読がつかず、ついても既読スルーされるようになった。


 胸騒ぎがした私はスクールでときどき顔を合わせるナルセさんさりげなく探りを入れる。

「カイトさん、東京で元気にされてるんですかね」

「ああ、あいつは向こうでバンドに入ったらしいよ。まあ売れるかどうかはこれからだろうけどな。ベースの女の子がめちゃ歌が上手いって噂だから、もしかしてワンチャンあるかもね」

「えー、そうなんだ。売れるといいですね。最近、メールしても返事がなくて心配してたんですけど、忙しくて暇がなかったりして」

「かもね。オレの方からは滅多にメールしないし、あいつもしてこないけどさ。ギター担当の先生が話してたからガセじゃないと思うよ」


 ショックだった。カイトさんは東京にきっと呼ぶからと言ってくれ、卒業前に何度かデートに誘われた。わたしはてっきり交際か続いているつもりだったのに裏切られたようなもではないか。

 でも物は考えようだ。人生で初めての恋愛経験は「男の子」として生まれたわたしが「女の子」であることを確信するきっかけになった。


 わたしはネットで「トランスジェンダー」の関連情報を読んで学び、ホルモン療法や性別適合手術について調べた。

 しかしそれを行うにはお金がかかるし親の同意も必要になる。

 十八歳になってから母に打ち明けた。

「そうかいそうかい。ユウから話してくれてよかったよ。なんとなくわかってたんだけどね。母親なのに悩みも聞いてあげられなくて気になってたの」

「じゃあ……いいの」

「出来ることは何でも協力するから、ユウが好きなように生きなさい」

 母は目を潤ませながらそう言うとキッチンでタマネギを切り始めた。涙を流すところを見られたくなかったのだろう。優しいけれど妙に強がりなところがある。


 姉はわたしが「学ラン」を着たくないと見抜いただけに、薄々勘づいていたようだ。費用のことは心配するなと言ってくれた。子どものときからずっと働く姉の背中を見て育っただけに、わたしだけ好き勝手やらせてもらっているようで申し訳ない。そのうえ優しく背中を押してもらい涙が出た。


 ミュージックスクールの高等課を卒業すると専門課程に進み引き続きプロミュージシャンを目指した。 

 手術を終えてホルモン療法を行うことで「女の子」になっていたけれど、それまでと変わらずに「和白優(わじろゆう)」として振る舞った。周りも性別不詳なのだと割り切ってくれたように思う。


 やがて二十歳を迎え、お酒が飲めるようになるとカラオケでは満足せずクラブで踊る楽しさを覚えた。 

 はじめのうちはウーロン茶やコーラなどのソフトドリンクしか頼まなかったが、やはりカクテルやビールを飲むとそれほど酔ってなくても気分がハイになる。ミュージシャンとして芽が出ない焦りもあったのだろう。夜になると飲んで踊ってストレス発散する毎日が続いた。

 見た目は「女の子」だから(実際にそうなのだが、事情を話すとめんどうだから敢えて明かすことはしなかった)ナンパされたことも一度や二度ではない。「踊ろうよ」と声をかけてくるけれど、いかにもチャラチャラしてる学生風が多い。こちとら出会いを求めているわけではないから「ごめんね。友だちと来てるの」と嘘をついてやり過ごすのがパターンだ。


 ところがある日、まさかの出会いがあった。

「よかったら一緒に踊りませんか」

 耳元で声がして聞き慣れたセリフに期待せず相手の顔を見て一瞬頭が真っ白になった

 カイトさんに似ていたからだ。振られたはずなのに懐かしさがこみあげて脳天が痺れ、鼻の奥がツーンとなった。

「少しだけなら」

 そう言って向かい合うとリズムに任せて踊った。

 ひとしきり踊ると羽を休める渡り鳥みたいにバーカウンターで落ち着く。

「ボクはジントニックを。キミは?」

「じゃあわたしもそれで」

 さりげなくオーダーを気遣う口ぶりは大人を感じさせる。

「ホントはジンライムがいいんだけどね。キヨシローの歌声を思い出しながら飲むのがスキなんだ。でもメニューにないからジントニックにしてる」

 彼がロックに絡めたので、わたしも話しやすくなった。

「でもジントニックだって小山田壮平が歌ってるぐらいだから、案外合うんじゃないですか。わたしはスキですよ」


 彼は「タクマ」と名乗った。わたしも「ユウ」とだけ伝えた。その日はもう一度踊ってそれぞれ別に帰ったが、以降も二度同じクラブで顔を合せた。すると次は花火大会を見ながら食事をしないかという。デートのお誘いだ。


 約束の土曜日、ホテルのロビーで待ち合わせた。

 わたしは成人記念に新調しながらまだ着たことのないグリーンのワンピースドレスに思いきって袖を通した。慣れないオシャレに手間取って五分遅れて到着すると、彼はわかりやすいように入り口付近で待ってくれていた。グレーを基調にしたチェック柄のスーツに身を包みいつもよりさらに大人っぽく見えたので、「遅刻しちゃったけどオシャレして来てよかった」と自分を励ます。


 展望レストランでは窓際の特等席を予約してくれていた。なのにわたしときたら、せっかくのコース料理も味がわからないほど緊張していた。ワイングラスを傾けながら夜空に打ち上がる大輪やしだれ柳を楽しんでいると花火の密度がだんだん増してきたかと思った途端、明るかった空が暗闇になりそれがエンディングなのだとわかる。


「部屋をとってるから飲み直そうか」

 わたしは彼に言われるままついていく。これからどうなるかは覚悟しているが、その前に事情を明かさねばならない。そのことで頭がいっぱいになって返事もろくにできなかった。

 エレベーターから降りてカードキーをかざして部屋に入る。彼の仕草を後ろから見てタイミングを探した。彼は慣れた手つきで上着を脱いでクローゼットにかけている。向かい側がバスルームになっているようだ。

「ここのミニバーはけっこう揃ってるんだ。ビールにワイン、シャンパンからスコッチ、バーボン。ユウの好きなものを飲んだらいい」

 わたしが知っているビジネスホテルの冷蔵庫とは大違い。お酒やソフトドリンクがずらりと並んでいる。驚いていると彼がワイシャツのボタンを外しながらいう。

「ボクは先にシャワーを浴びるよ。それからゆっくり飲み直そう」


 今しかない。わたしは咄嗟に判断してとにかく切り出した。

「あの、その前に聞いてもらいたいの。早く話しておくべきだったんだろうけど、なかなか言えなくて……わたし男なんです……」

 彼の顔つきが変わった。

 わたしはトランスジェンダーで性転換手術をしてホルモン療法を続けていることを話そうとしたがけんもほろろにはねつけられた。

「騙したのか。なんてこった。まさかオレがゲイだと思ったんじゃねえだろうな」

「そんな。騙すつもりなんてないし。あなたに惹かれたから。タクマだってそうでしょ」

「もういい。オレは男と付き合う気はない」

「ちょっと待って。ちゃんと聞いてちょうだい」

 彼がクローゼットから上着を取り出して帰ろうとするので、腕を掴んで止めようとした。

「触るな」

 振りほどこうとした彼の手の甲がわたしの右目に当たって痛みが走る。

 思わずうずくまって顔を上げたときはもういなかった。

 事情も何もない。「男」と聞いただけでケガの心配すらしてくれないなんて。わたしは目元よりも心の方がひどく傷ついた。


 それ以来すっかり疑心暗鬼になってしまったわたしは、ミュージックスクールでもレッスンに身が入らず周りからも距離を置かれている感じがした。

 家族には散々迷惑をかけたし、こんな悩みを相談するわけにはいかない。居場所がなくなり、クラブにも行く気がせず、バーで独り飲んだ。「やさぐれる」って歌では聞いたことあるが、きっとこういうことなのだろうと感じながら……。


「おい姉ちゃん。こんなとこで寝てたら風邪引くで。おい姉ちゃんって。あんた生きとるか。まさか死んどんちゃうやろな」

 誰かが呼びかける声に目を開けると裏通りのゴミ置き場に横たわっていた。ぐでんぐでんに酔ってしまい、帰る途中で力尽き、ゴミ袋をベッド代わりに寝入ったらしい。


第十五話 「女の子」和白優のハートブレイク のなかで登場する楽曲を(YouTubeリンクで)紹介。


☆『クラブナイト』andymori

楽曲のタイトルは口にしなかったけど、ユウが「小山田壮平が歌ってる」と触れた楽曲がこれ。

「クラブナイトへおいでよ ジントニックで踊ろうよ」ってね♪

https://youtu.be/ILeQolZAbng?si=lC-XRlCQ1eU5-8tj

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