第十三話 ユウの覚醒「ボクの個性」(回想)
わたしは北海道富良野市に生まれた。一昔前は人気ドラマのロケ地として注目を集めたらしい。
でもわたしが子どもの頃はドラマの名所とされる建物はかなり朽ちていた。それよりも夏はラベンダー畑の観光客、冬はスキー客で賑わっていた記憶がある。
母は駅の近くに食堂を出していた。四人掛けのテーブルが四つと六人座れるカウンター席だけのこじんまりした店だ。ドラマが最盛期だった頃は、ロケが行われた名所、いわゆる『聖地』巡りの観光客が多かったという。
東京のテレビ関係者らしき男性たちがテーブルを囲んで撮影の段取りらしきことを打ち合わせるようなこともあったそうだ。
「この手作り感溢れるソバの打ち方がたまんないね」
「やっぱり北海道のアスパラは違う。こんなに太くても大味じゃないのがすごい」
当時の会話を再現して「聞いてるだけで嬉しくなったねえ」と話す母はとてもよい顔をしていた。
ソバは地元産で母が自らこねて包丁で切っていた。経験はソバ職人と呼べるほど積んでないから長さや太さがまちまちなので、ある意味「手作り感」があるのだろう。「北海道のアスパラ」をわたしは幼い頃から食べているので当然だと思っていたが、大阪でアスパラを食べて違いを実感した。北海道は一日の寒暖差が大きいため甘みのある野菜が育つらしい。
五歳上の姉は小学校から帰ると母を手伝っていた。お客さんに水を出して注文を聞き、料理を持って行く。食べ終えてからの会計は母がしていたように思う。テーブルの飽き皿を下げてふきんできれいに拭き上げるのは姉の役目だ。わたしはテキパキと動きハキハキとしゃべる姉を見ながら学んだ。早く姉のように母の役に立ちたいと思っていたから、小学四年生の頃にはわたしも店に出て手伝うようになる。
前向きな気持ちが仕草や表情に表れるのか、お客さんの評判も上々だったように思う。
「まだ小さいのに働きもんだな。感心、感心」
そんな言葉をかけてもらうとやはり嬉しい。ときにはお菓子やおこづかいをもらうこともあり、なおさらやる気が出たものだ。母に報告すると「よかったねえ、ちゃんとありがとうって言ったかい」と微笑んで頭を撫でてくれた。
当時は大らかな時代でわたしの周りはだいたいそんな感じだった。少なくとも父のほかは……。
父は車の整備士だったがトラブルを起こして辞めたらしい。わたしが物心ついた頃にはすでに自動車会社の営業をしていたから姉に聞いた話だ。
整備した車が事故を起こし、原因は整備不良によるものだと訴えられた。その車を担当したのは父で、整備ミスはあり得ないと主張したが受け容れてもらえず、しつこく追求してくる上司を殴ってしまった。
父は頑固な性格で無口だ。自分の無実を伝えきれないもどかしさから手が出てしまったのだろう。会社側も事を荒立てたくなかったのかもしれない。警察沙汰にはされなかった。姉も母から又聞きでわたしに話したので、その程度しかわからない。
車の営業も成績は振るわないようで家にいるときはいつも機嫌が悪かった。わたしが幼稚園に通っていた頃、とうとうクビになった。
父はそれまで見たことがないほど酔っ払って帰って来た。夜遅かったので姉もわたしも寝床にいたが母と言い争う声がして目が覚めた。二人で起き出してそっと覗いたら、茶の間でふらつきながら怒鳴る父が目に入った。呂律が回らないほど酔った父を見てぐでんぐでんとはこういうことを言うのだろうと子どもながらに納得したものだ。
「おう、酒もて、酒もてこう」
「あなた、もう飲み過ぎですよ。やすんでください」
「なにおう。お前までバカにするっか。まだ足りねえつうてるやろ。酒もてこう」
「そんなに酔っ払って、なにかあったんですか」
「あにー、なにかあった?クビだとよ。たったの五秒でクビになったのよ。わあったか。飲めずにおられんから酔ってるんですっ。わあったら酒もてこう」
「はいはい。どうぞ」
母がビールグラスに麦茶を入れて渡すと、父はグビグビ飲んでその場に寝転がってイビキをかき出した。
父はそれから仕事しようとする気配がなかった。母はしばしば「失業保険のお金は?」と詰め寄っていたけれど「うるさい。俺の金を俺が使って何が悪い」と怒り出してしまう。
酷いときは殴ったり蹴ったりするため、やがて母も諦めたようで何も言わなくなった。
家族の暮らしは母が営む食堂にかかっており、事情を知っているから姉もわたしも自然と手伝うようになった。
父はますます孤立して昼間から酒を飲み、夜になればスナックに繰り出す生活を送っていた。しかも母が店に出ているのをよいことに、家に女性を連れてくることもあった。姉やわたしが学校から帰って現場を見つけても平然としたものだ。
わたしは小学生に入った頃、女性といちゃいちゃしている父を睨みつけたことがある。
「父親に向かってなんだその態度は」
声を荒げて缶ビールを投げつけてきた。頭をかすめて後ろの壁が凹んだ。もし当たっていたらと思うと背筋が寒くなる。
壁の凹みを見て母は激高した。
「ケガでもしたらどうするの!それと、子どもがいるのに女を連れ込むなんて恥さらしなことは止めてちょうだい」
「うるせえ!文句があるなら出てけ」
父の失業保険は給付期間をとっくに終わり、母が切り盛りする食堂の収入に頼っていたのだから、子どもでも理不尽な言い草だとわかる。だが父はそれを打ち消すかのように暴力を振るう。
母はわたしたち子どもを守るために離婚を迫ったが、父は怒鳴りつけてはぐらかすばかりだ。しかしとうとう引導を渡されるときがきた。
「あなたがやってることはDVです。暴行罪という犯罪になるのよ。このまま裁判沙汰になってから離婚するか。すんなり離婚届を書いて別れるか。どちらか選んでください」
「なんだと。そんなことやってみろ。ただじゃおかねえぞ」
「わかりました。警察に行って暴行罪で訴えます」
父は今にも殴りかからんばかりの剣幕だが、母は怯まなかった。いつになく冷静な姿は覚悟を感じさせた。父にも伝わったのだろう。
「勝手にしろ。俺はもう今後一切何も助けんぞ」
そう言うと母が突き出した離婚届に署名して出て行った。わたしたちは隣の部屋にいたが、ドアの隙間から全て見ていた。父が飛び出したあとで姉が母に声をかけた。
「お父さん、『もう助けん』なんて言ってたけど。自分はどうやって暮らすつもりなんだろ」
姉もわたしも離婚に反対する気持ちはなかった。父が出て行ってせいせいしたというのが正直なところだ。だから姉も皮肉めいた言い方になったのだと思う。
「あの人は本来真面目だからね。仕事を選ばなけりゃ自分の食い扶持ぐらいなんとかなるでしょ。『もう助けんぞ』って捨て台詞残したのは、きっと『養育費を払わないぞ』って言いたかったのよ。こっちも期待してないけどね」
「へえ、そうなんだ。お母さんすごい。お父さんちっちゃ」
姉がこぼすと母は苦笑していた。もし父が聞いたらどんな顔をするだろう。
その後、父から音沙汰はなく数年が過ぎた。本当に一切の関係を絶つつもりらしい。
母は店を畳み、大阪に引っ越すことにした。母方の遠い親戚を頼って事情を話したところ「ちょうど社員を増やそう思うて募集してるのよ」と歓迎してくれたそうだ。家族で暮らせる社員住宅も空きがあるらしい。
「捨てる神あれば拾う神ありって本当ね」
母は引っ越し準備をしながら、そんないきさつを嬉しそうに説明してくれた。
会社の方は新年度に間に合えばよいということなので、学校の転入手続きもそれに合わせた。わたしは大阪で公立中学の一年生となるわけだ。姉はすでに高校を卒業してアルバイト生活をしていたから大阪で仕事を探すという。
わたしは中学校に通い出してほどなくすると、それまでずっと胸に閉じ込めていた『疑問』がむくむくと膨らんだ。
北海道では私服を着て小学校に通っていたが、中学校は制服が決まっている。男子は詰め襟の学ランで女子はセーラー服だった。わたしは学ランを着て上下とも黒一色の自分の姿を鏡に映し肩を落とした。新天地大阪で新たな友人と出会い、勉強も頑張って母を安心させたい。希望に燃えていたのに制服で冷水を浴びせられるとわ。
どんよりとした気持ちで登校してみたら、目に飛び込んできたセーラー服姿の女子たちがまぶしかった。濃すぎない紺色をベースにしており襟の部分だけ明るい水色のカバーをつけている。スカーフは白や赤ではなく少し薄めの紺色でとてもオシャレだ。それに細かい規則正しい折り目がピシッと入ったプリーツスカート。膝より少し高い短さも派手すぎずに好感が持てる。一方でソックスは紺ハイだったり白にワンポイント。靴もローファーだったりスニーカーだったりと自由な感じでセンスを出せるところもよい。
「あーあ。なんで男子の制服って黒ばかりで可愛げがないんだろ」
自宅の洗面所で鏡を見ながらぼやいているのが母に聞こえたようだ。
「ユウは幼稚園の頃から可愛い服が好きだったわよね。小学校に行くのも下はジーンズだったけど明るいブルーかホワイトばかり、上はピンクやオレンジのトレーナーを着たがったし。黒を着たことがなかったんじゃないの」
「黒い色の服に慣れてないから変な感じがするってことかなぁ?」
わたしは母に対してそう答えたが本当は違う。女子の制服を着たいと心から思ったのだけれども、さすがにそれは言えなかった。
男の子として生まれながら心は女の子。「トランスジェンダー」や「性同一性障害」についてはネットやメディアで取り上げているのを読んだことがある。でも、自分がそうなのだという実感はなかった。
クラスで机が近い男子たちとおしゃべりだってする。
「なあなあ、和白って北海道から来たんやろ。唐揚げのことザンギってホンマにいうん?」
「うん、いうよ。唐揚げって呼んだことがないかも」
逆にわたしも大阪のことを教えてもらう。
「大阪って、本当にどの家庭にもたこ焼き器があるの?」
「あるある。うちもたこ焼き器あるで。たぶんどこもあるんちゃうか」
はじめはそんな話題で盛り上がったが、お互いに馴染んでくるとだんだん下世話になってくる。
「新しいヤンマガのグラビア見たか?アイドルであの露出はヤバイやろ。もうほとんどポロリしそうやん」
「うちの兄ちゃんがめっちゃエロいサイト見つけてん。ちょっとだけ見せてくれたけど、お前には早いやて。せっしょうやで」
その手の話題になるとわたしはうまくリアクションできない。じっと聞いてるだけだ。
「なあ、うちのクラスで一番カワイイ女子は誰やろか?誰と付き合いたい?オレは紺野やなぁ、でも森田もええなぁ」
「え、一人やないでええのん。やっぱりオレも紺野は外せへんな。僅差で谷村ちゃうか」
「和白。北海道目線やったらどうなん?あ、これしゃれやないで」
「うーん、ちょっとよくわかんないや」
「なんそれ。おもんないやっちゃな」
がっかりされてしまうのだが、事実だから仕方がない。女子を見てカワイイとは思えても恋愛対象にはならないからだ。
逆に女子たちが休み時間に机を囲んでだべってると妙に気になる。
「ねえねえ、数学の池田先生ってけっこうイケメンやと思わへん?」
とくにそんな話題が始まると反射的に耳をそばだててしまう。
「うちは英語の田中先生やな。クールやけど話しながら目を見られたらキュンてするねん」
わたしもそう思う。確かに池田先生は端整な顔立ちをしておりルックスは俳優に負けていない。わたしはとくに笑った時に覗く白い歯が好きだ。それに田中先生が話しかけるときに目があってワクワクするのはわたしだけではないらしい。
できることならば、女子たちの会話に首を突っ込んで一緒に盛り上がりたかった。
自分の気持ちにフタをしながら日々を送っていたが、周りもだんだん違和感を持ち始める。
男子が「オカマっぽい」と冷やかして笑うので、女子もわたしに話しかけることが減ってゆく。
かと思えば上級生の男子から呼び出されて手紙を渡されたり、下校中に女子から手紙をもらったこともある。どちらもラブレターのような内容だった。
二年生になってある日のこと、家で自分の部屋に居たら珍しく姉が入ってきた。
「あなた、高校はどうすんの?普通に進学するつもり」
姉は北海道で中学を卒業すると進学せずにアルバイトをはじめた。大阪に来てからはセレクトショップの店員として働き、けっこう稼いでいるようだ。わたしにも中学を卒業したら就職しろと説得するのは当然のことだろう。
そう思ったがまったく見当違いだった。
「ミュージックスクールって知ってる?中卒で入学できるのよ。服装は自由だからユウに向いてるんじゃないかなって思ったの」
「姉さん、ボクが悩んでるの知ってたんだ。でもなんでまたミュージックスクール?」
「あなた歌うの好きでしょ、ていうか、姉のわたしが言うのもなんだけど上手いのよ。歌が。とっかかりなんてそんなもんだって。ちゃんと習ったらモノになるかもよ。まあ、一番の理由は普通の高校だとあなたの個性が潰れちゃうんじゃないかって心配になったんだけどね」
「ボクの個性……」
わたしのなかで何かが弾けた。




