第十二話 ギャルママとユウ
ギャルママについて行き駐車場に近づくとピンク色の軽ワゴンが存在をアピールしていた。ユリちゃんは後部座席に設置されたチャイルドシートを使うので、ボクは助手席に乗せてもらう。
ピンクの車でギャルが運転する横に座る図を想像すると背中がムズムズしたが、数分でギターの形をした看板が見えてきた。ラクーンギターに到着だ。ギャルとドライブする貴重な経験はすぐに終わった。
「こんにちは」
ボクが様子を伺いながら入り口から覗くと、ちょうどユウが店内を掃除していた。
「えー、アキラ!どしたの?」
ユウは悲鳴に似た声を上げて喜んでくれた。
「ども、お久しぶり」
ボクの後ろからあいさつしたのが誰だかすぐにはわからず、ユウは角度を変えて見直しながら顔を確かめていた。
「えーー、マリ?マリよね?ホント久しぶりなんだけど。なんでまた?」
「三国ヶ丘駅で偶然会って、マリさんの車に乗せてもらったんだ」
混乱するユウにボクが説明していると横やりが入った。
「『マリさん』はやめてえな。マリでええっていうたやろ」
このやりとり、なんか覚えがあるぞ。ボクはメグのことを思い浮かべた。
「アハハ、相変わらずねマリ。で、もしかして娘さん?」
「こんにちは。ユリです」
時と場合によって標準語を使い分けるのだから大したものだ。二歳半にして世間慣れしている。
「あらぁ、自分からごあいさつできるなんて、おりこうさんね」
ユウから褒められるとユリちゃんは照れたのか、身をよじらせてモジモジしている。そんなところはまだ幼い。
「ねえ、二人ともいろいろ話したいからさ。わたしん家に来ない。今日は早く上がるから」
「え、でも店の方はだいじょうぶ?」
ボクもかつてアルバイトで働いた手前、心配しないわけにいかない。
「いいのよ。お客さんも来そうにないし」
「おいおい。聞こえてるでぇ」
奥から店長の声がするとユウが肩をすくめた。
「なんや賑やかや思うたら、珍しい顔ぶれやな」
売り場に出てきながらぼやいたもののどこか嬉しそうだ。
「店長。ご無沙汰してます」
マリが姿勢を正してあいさつした。ユリちゃんがシチュエーションによって標準語を使うのは親譲りらしい。
「店長。その節はお世話になりました」
ボクも続けてあいさつした。
「二人ともよう来たな。ユウは貸したるから気の済むまでだべったらええ」
「さっすがー、店長、話しがわかりますね」
ユウはそう言うと、ニコニコしながら制服のエプロンを脱いで退勤準備に入っている。
マリの車はラクーンギターの駐車場に置かせてもらい、大人と子どもと四人で歩いた。
途中でスーパーに寄り、お菓子や飲み物を調達してからユウが暮らすハイツに向かう。
「ちょっとここで待っててくれる」
ユウはハイツの五階でエレベーターを降りるとそう告げて小走りに自室へ急ぐ。おおかた下着を干したままだと思い出したのだろう。
やがて呼ぶ声がした。
「どうぞー、散らかってるけどがまんしてね」
「おじゃましまーす」
「おじゃましまーす」
マリが言うとおりにユリが真似る。靴を脱いで揃えるところも同じようにしていた。見た目はギャルママでもそういうところは礼儀正しい。そもそもギャルだから無作法だと決めつけるほうがおかしいのだろう。ボクはそんなことを考えながら慣れ親しんだユウの部屋に上がった。
「さっき買ったお菓子しかないけど、いいよね」
ユウはテーブルの上にスナック菓子やチョコを並べると、買ってきた紙コップを配る。
「もう全然オッケーです。ユウさんちに上げてもらえただけで感激やし」
「そっか、マリは来たことなかったっけ? メグはよく来てたけどね」
「ねえママ、メグって誰? アニメみたいやね」
「メグはママと同じ高校のお友だちやねん。ユリ、今から大人の話が続くさかい、絵本見てて」
「うん、わかった。『パンどろぼう』の新しいやつ持ってきたから読んでるわ」
「ユリちゃん、しっかりしてるね。いくつになるの?」
ボクと同じようなことを聞いてる。誰しも発想は似かよってるものだ。
「二歳半。来年から幼稚園に通うねん」
「そうなんだ。もう一人で絵本を読むなんてすごいね」
そして誰しも同じような反応をするらしい。
ユリちゃんは、ママのトートバッグから『パンどろぼう』を取り出すと本当に集中して読み始めた。しばらくは絵本の世界を旅しているだろう。
「あの、さっきの話だと、メグとマリさんは同級生なんですか」
ボクは気になって仕方がないから、ズバリ聞いてみた。
「そやねん。高二のとき同じクラスになって、音楽の話題で意気投合したんよ。ラクーンギターに通ってギター買うて……」
「じゃあ、メグと一緒にストリートで演奏した相方がマリさん」
「マリでええ。でもよう知ってんな。てなるとあんたとメグとユウさんの関係も気になるな」
マリはボクとユウを交互に見ながら聞いてきた。まずい。いったいどこまで話していいのか悩んでしまう。ボクはユウに任せることにして言葉を飲み込んだ。
「そうね、わたしもマリに聞きたいことはあるけど、まずはメグとアキラのことを整理しましょう」
ボクの気持ちを察したかのようにユウが切り出した。
「メグはK大に進学して軽音部に入ってるの。マリは知ってた?」
「そうなん?知らんかったわ。メグとは連絡とってへんし。えっ!てことは……」
マリがボクに視線を向けると、それに答えるようにメグが続ける。
「アキラはK大の一年生で軽音部。メグの後輩っていうわけ。で、メグ先輩からラクーンギターでベースを習得するよう命ぜられて、しばらくうちに居候してたのよ」
「ふーん、居候な。そやったら、うちとメグのことを話す時間もたっぷりあったやろ」
マリはうなずいているが、ボクがユウと一つ屋根の下で過ごしたことはツッコまない。敢えて触れないのだろうか。
「メグ、まだ続けてるんや。よかった。なんか安心したわ」
「マリはどんな感じなの。ラクーンギターに来なくなったから心配してたのよ」
今度はユウが聞く番だ。
マリはユリちゃんが絵本に夢中なことをチラリと確かめてから話し始めた。
「メグはビートルズ派やけど、うちはストーンズ派やってん。周りの女子はKーPOPの男性アイドルやJ―POPのヒゲダンとかを推してたからなぁ。軽音部もない学校やさかい二人だけ浮いてたと思う。ラクーンギタ―でユウさんやダンさんにギターを教わったり、ロックの話しを聞かせてもらうのが何よりの楽しみやった。ストリートで弾き語りするにはロックじゃ難しいから、YUIやいきものがかりをカバーしたけどな。立ち止まって聴いてくれる人もボチボチ出てきた頃、その中に今の旦那がおってな。うちが一人で本屋で立ち読みしてたら偶然見かけて声をかけられてん。LINE交換したのをきっかけに交際するようになって、メグに打ち明けたら喜んでくれた。そんときまでは一緒に音楽を続けられると思うてたんやけど、うちが妊娠してん。彼氏は社会人やし本気でつきあってたから産むのを応援してくれた。うちが高校を卒業したら結婚するからって、両親にも頭を下げて説得してくれた。でも女子高生で妊婦やろ。ストリートでギター弾く余裕はなかったんよ。メグもわかってくれたけど、やっぱり寂しそうやった。三年になるとクラスも離れて、顔を合せることも減って、連絡もとらへんくなった。うちはうちで出産に結婚、子育てと毎日忙しゅうて。だからメグがK大軽音部で音楽を続けてるってわかってホンマ嬉しいわぁ」
マリは一息ついて紙コップの爽健美茶を飲むと、ポテチをつまんで口に入れバリバリと噛み砕いた。
そのタイミングでユウが口を開く。
「そうだったのね。わたしはてっきりメグと音楽の方向性が合わなくなって一緒にやらなくなったのかって勝手に思ってた。この数年間でそんなことがあったなんて。今さらだけど、おめでとう」
ボクはメグとマリが同学年だというだけでも驚いたのに、高校生で妊婦だったと聞いて衝撃を受けた。マリはさらっと話したけれど、言葉に出来ぬ苦労もあったはずだ。
「じゃあ次はアキラね。何があったの?あなた嘘が下手なんだから、隠しても無駄よ。全部話しちゃいなさい」
考え事をしていたらユウから追求された。ボクはまだラクーンギターに来たワケを話していないことに気づく。
「うん。マリも事情を明かしてくれたんだし、ボクもちゃんと話すよ。軽音部はメグが中心となって二年生と一年生の混合バンドが結成されたんだ。メグが思い描いたとおりにリードギターを外してキーボードを加えた圧倒的スタイルに近づいたんじゃないかな。ボクもベースを担当してバンド全体のノリがわかるようになった気がする。とにかく皆が楽しそうに一体となっている感じだね……」
「リードギターなしやら、メグも思いきったなぁ。最初からおらんのならまだしも、リードギター弾いてたメンバーがよう納得したな」
マリが不思議そうな顔をすると、ユウがそれに続く。
「リードギター担当って例の『ギターバカ』でしょ?結局外したんだ。『ドラムバカ』の方はどうなったの?」
「なんそれ?『ギターバカ』やら『ドラムバカ』やらコントちゃうのん」
まあふつうの軽音部ならそんな呼び方はしないだろう。マリが呆れるのも無理はない。
「もちろん本人には直接言いませんけどね。いや、メグのことだから言っちゃってるかも。『ギターバカ』はキョーイチ。『ドラムバカ』はドラモリっていうんだけど。ドラモリはキーボード担当の一年生・セイカの元カレで、すんなり自分勝手なドラムソロを封印したらしいんです。問題はキョーイチの方」
「『ギターバカ』の方ね」
登場人物が増えてきたからユウが確認した。マリへの配慮だろう。
「で、リードギターがバンド構想から外されてショックを受けてるんじゃないかって心配になったからキョーイチのアパートに行ってみたら……」
「なになに、行ってみたら?」
マリが身を乗り出した。
「キョーイチの後ろからメグが……」
ボクが言い淀むのでマリがじれったそうに口を挟んできた。
「ははーん、メグが好きなんやろ。ところがキョーイチの部屋におったから焼き餅焼いたっちゅうわけや」
「え?それで飛び出して大阪まで来たの?それだけで?」
ユウも信じられないという顔をして何度も確認してくる。
もちろんメグがいたのはショックだけど、それはきっかけだったように思う。ボクは自分の中で整理しながら話しを続けた。
「キョーイチは『ギターバカ』かもしれないけど、いい奴なんだよね。ボクが二日酔いで苦しんでるときに背中をさすってくれたり、ポカリの飲み方を教えてくれたりしてずっと心配してくれたんだ。ギターだってジミヘンが好きすぎて爆音でソロを弾きたがるけど、ボクは嫌いじゃない。メグが望むバンド像には合わないからって、メンバーから外しちゃうのは極端な気がするし。ボクだってギターを弾きたくて軽音部に入ったんだけど、メグの構想に合わせてベース担当になったから痛みがわかるんだ。キョーイチのアパートを飛び出して帰ってる途中にメグからLINEで『ごめんね』って届いた。落ち込んでたら、今度はキョーイチが『Gimme Some Lovin'』の動画を送ってきたんだ。しかもブライアンメイがギターを弾くバージョン。つまり『愛』も『リードギター』も諦めてないぞってことだよね。ボクはバンドを続けるのは無理だと思ったし、メグやキョーイチと顔を合せるのさえ怖かった。そんな心理状態でいたたまれなくなったとき、ユウの顔が浮かんで大阪に行こうって決めたんだ」
さすがにメグと海辺を歩いたときのロマンスまでは明かさなかったけれど、既にボクが嫉妬したことは見透かされてるのだからエピソードとして一大事ではなくなってしまった。
それよりもマリが食いついたのはボクとユウの関係だ。
「ユウさんを思うて大阪まで来たちゅうのは聞き捨てならんな。そもそも居候しとったっていうことからして気になってはおったんやけど。敢えて深掘りせんかったんよ。そこんとこどうなん?」
ボクはどう説明したらよいのかわからず、ユウをちらりと見た。咄嗟にアイコンタクトをとったら通じたらしい。
「そうね、そこんとこ複雑だからわたしが話そうか。その前にマリ。あなたも『ユウ』って呼んで。アキラと合わせた方がスッキリするでしょ」
「うん、わかった。なんかこそばゆなりそうやけど。ほんならこれからは『ユウ』でいきます」
ユウは微笑んで軽くうなずく。
「メグもよくここに来たのよ。泊まることもたびたびだった。恋バナもしたし悩みを相談されたこともある。あの子が一番落ち込んだのは、マリとコンビを解消したときだった。でもマリの妊娠については教えてくれなかったけど。さっき知って驚いたわ。黙ってたのはメグなりの友情だったのかもね。それはそれでいいのよ。で、わたしがどん底時代から持ち直した経験をメグに聞かせたの。それで音楽を続ける気になってくれたみたい。だから、メグがK大軽音部でなんとしても理想のバンドを組みたいって相談してきたときは嬉しかったし、できる限りの協力をしたいって思ったの。アキラをベース担当にしたいから、ラクーンギターで教えてほしいっていうじゃない。しかも事故や病気が心配だから、わたしに面倒をみてほしいっていうのよ。メグの熱意が伝わったから居候を引き受けた。っていうのが大まかな流れ」
「メグがそんなことまで考えていたなんて。あのときは命令されるがままに動いただけだから、気づく余裕もなかったんだろうな」
ボクがしみじみつぶやいてると、マリが切り出した。
「ユウが『居候』という言葉にこだわるちゅうことは、アキラとは恋愛関係にならなかったってこと?そこんとこやねん。どっちでもいいけど、やっぱり気になるやん」
ユリちゃんはしっかりしてるとはいえまだ幼い。マリは『恋愛関係』について追求したかったけれど、母親として抑えていたのだろう。でも当のユリちゃんが絵本を読み終えて退屈したのか寝息をたてて眠ってる。ここぞとばかりに直球で聞いてきた。ユウはそれを素直に受け返した。
「わたしも単なる『居候』のつもりでアキラを引き受けた。でもアキラといろいろ話すうちに好意を持ったのは認める。メグとの絆が強くなければ恋愛関係に発展していたと思う」
「さよか。うちが深入りし過ぎたみたいやな。無神経なこと聞いてしもうて、なんかごめんなさい」
マリはユウの心の奥をほじくり出してしまったように感じたのか、申し訳なさそうにつぶやいた。
二人の会話を聞いていたボクはたぶん違う理由で呼吸が少し乱れた。もちろんそれを口には出来ない。勝手にユウの胸のうちを知って虚しさを覚えただけなのだから。
ポッカリ穴が空いた心の片隅で引っかかっているのが「どん底時代」という言葉だ。
「あの……このタイミングで聞くのはどうかなと思ったけど、ユウのどん底時代のこと、メグには話したんだよね。よかったらボクにも教えてくれないかな」
「あんた、よう聞けるなぁ。うちはこれ以上やめとこう思てたから触れんかったけど。でも正直気になるわ」
マリも同調したから、やはり知らなかったのだろう。
「どん底だなんてドラマティックな言い方しちゃったけど、ヤバイ話しじゃないわよ。ちょっと長くなるけど聞いてくれる」
ユウは紙コップに口をつけてから静かに語りはじめた。




