第十一話 渡りに舟
大阪の街並み
つい先日来たばかりだけどもう懐かしい。
この前は行く先の駅を確認しながら神経をすり減らして旅したのに、今回は慣れたもんだ。
新大阪駅から乗り換えて三国ヶ丘駅で降りるまで時間が短く感じられた。
ただ足取りが重いのは変わらない。あのときはメグから突然「ベースを学んで来て」と言われてワケもわからず大阪に来たのだから不安でいっぱいだった。今はユウに会いたくて完全に自分の意志でやって来たわけだけど……「ユウになんて言えばいいのかな」そんなことを考えていたらなかなか足が進まない。
三国ヶ丘駅は特急こそ停まらないが、駅ビルはいろいろな店舗が入っていてかなり賑わっているようだ。行き交う人たちにぶつからないよう気をつけながらキョロキョロしていたら仁徳天皇陵古墳を案内する矢印が目に入った。日本史の教科書で見た大きな前方後円墳を人生で一度は見てみたいけれど、のんびり歩いて散策するほど精神的余裕はない。
駅ビルの中をぶらつくぐらいがちょうどよいだろう。スーパーマーケットやパン屋さんは気分じゃないからスルーして、エスカレーターで二階に上がってみた。
コンビニや百円ショップ、ドラッグストア、コーヒーショップにラーメン店に居酒屋などが並んでちょっとした繁華街を思わせる。まあ、貧乏大学生としてはそうそう財布の紐を緩めるわけにはいかないのだが。
とりあえずコンビニで手頃な軽食がないか探すことにしよう。
コンビニって全国どこでも似ているから「いつものところ」に戻ったようで落ち着くのが不思議だ。
ピロリロリロ♪
「いらっしゃいませーおつかれさまです」
自動ドアが開いてチャイムが鳴ると同時に明るく元気な声が響く。
ビクッとしたが、見れば東南アジア系と思われる若い女性がニコリと微笑んで出迎えてくれた。ちょっとしたあいさつでも気持ちがよいものだ。
「ども」
ボクは小声で返しながら会釈した。
そのまま店内をぐるりと見てまわり、三角のレタスハムサンドとツナマヨおにぎり、「お~いお茶」の小さいペットボトルを手に取った。どこかゆったりできるところで食べようと思い、レジ袋も買うことにする。
「ありがとうございましたー」
精算を済ませレジ前から離れようとしたら彼女の元気なあいさつが送り出してくれた。
店を出て一休みできそうな場所を探すためうろついていたら、子どもの声がする。
「ママ。ママ」
まだ幼稚園に行くか行かないかぐらいの幼い女の子だ。迷子になったのかべそをかきながらキョロキョロとしている。周りに人はいるものの乗降客が多いらしく急ぎ足で通り過ぎるばかり。
ボクは先ほどのコンビニで元気にあいさつしてもらい気分がよかったことも手伝い、その子に声をかけた。
「ママを探してるの?」
「……」
握った両手を口にあてながら少し後ずさりした。どうやら警戒されてしまったらしい。
しつこく声をかけて周りに怪しまれるのも嫌だけど、かといって今さら放っておくのも気まずい。
ボクは思案して相手と同じ目線になるようしゃがんで話しかけた。コミュニケーションの取り方で教わったことを思い出したからだ。滅多に受けない講義だけれど、こんな状況で役立つのならば大学も捨てたものではない。
「案内所でママを呼んでもらおうか?すぐ見つかるよ。ボクが連れてってあげるから」
「やだ。いかない」
しゃべってはくれたが、目が敵意まる出しだし、小さい子どもを相手に話したことがないからこうなるともうお手上げだ。
「そっか。じゃあここで待ってるんだね。ボクは用があるからもう行くけど、だいじょうぶ?」
「やだ。待てない。ママを探す」
出たっ、わがまま攻撃。でも待てよ。これってボクに対しての敵意が薄まって逆に救いを求めてるのかも。そう考えるとよけい放っておけなくなる。
「じゃあ、ママを探すのを手伝ってあげるよ。それならいいだろ」
「うん。いいよ」
両手を口から離してハッキリとしゃべった。さあ、これからどうしよう。
「ここにはよく来るの?」
「うん。昨日も来た」
ということは大阪に住んでるのか。いや、旅行者でこの辺りに泊まった可能性も拭いきれない。
「お家は近くなの?」
「うん。近くだよ」
だから母親も慣れていて、つい目を離したすきにはぐれたのかもしれない。
ボクはまるで探偵のように頭をフル回転させて推理する。
「歩いて来たのかなぁ?」
「ちゃう。車で来てから歩いてきた」
そっか。車を駐車場に入れて、駅までは歩いたってことだろう。
「ママとどのお店に行ったか覚えてる?」
「お店ちゃうねん。公園や。公園でママがおらんなったから探してたんや」
なるほど公園か。にしてもずいぶん慣れてきたらしい。関西弁で答えるようになった。
「公園だったらずいぶん遠くじゃない?そこから歩いてきたんだ」
「遠ないで。この上やさかい」
女の子はそう答えるとボクの手を握り引っ張るようにして歩き始めた。どうやら、その公園とやらに連れて行きたいのだろう。
上にあるという意味はすぐにわかった。
『屋上公園 みくにん広場』
緑色で描かれた大きな案内用の文字が目に飛び込んできたからだ。
「この上に公園があるねん」
ふと気づけば女の子は一人で階段を上っていく。すっかり元気になったようでよかった。ボクも後ろから見守りながらついていった。
「うわーっ」
思わず声を上げたのはボクの方だ。
目の前に広がる景色が想像していたものとずいぶん違った。芝生や花壇、木々もあって緑がいっぱい。しかも仁徳天皇陵古墳を眺めることができるから緑に圧倒されそうになった。
案内板によるとここから見えるのは仁徳天皇陵古墳のほんの一部らしい。これを歩いて見学しようとすればかなり時間がかかりそうだ。
やっぱり今回は止めといてよかった。またの機会があればじっくり散策したい。
そんなことを考えていたら女の子がボクの手を引っ張ってせがむ。
「抱っこー」
「え、抱っこするの?」
「抱っこせんと、電車がよう見えへんねん」
「え、電車が見えるんだ」
確かに『三国ヶ丘を駆けた列車たち』というパネルがあって、南海高野線とJR阪和線の歴代列車が紹介されている。そこから下を覗くと駅のホームに発着する電車を眺めることが出来るらしい。
「そっか、ママと電車を見に来たら抱っこしてもらうんだね?」
ボクは事情を察して、女の子の願いを叶えてあげたくなった。ドラマなんかで親が小さな子を「たかいたかい」と抱えるのを思い出しながら、両手を脇の下に入れて持ち上げてみる。軽くはなかったけれど、さほど苦労せずに抱え上げることができた。
「キャハハハ、すごーい」
女の子はくすぐったいからか、目線が高くなったことに感激したのかわからないが、喜んでいるらしい。
しかし問題が発生した。抱え続けていると腕がきつくなってくるのだ。
数十秒で耐えきれなくなり、一旦降ろした。
「なんで降ろすん。まだ電車見てへんで」
「ごめんごめん。腕が疲れたから一休み」
「えー、かなんなぁ」
まるで漫才師みたいなくちぶりで女の子に愚痴られながらボクは膝を手について考えた。
「なにやってんだろ。この子のママを探すんじゃなかったのか……」
冷静になったそのとき。
「ユリ!」
「あ、ママ」
母親らしき女性の甲高い声がすると、女の子は走り寄って足にしがみついた。
ボクはその姿を目にした瞬間。
「ギャル。ギャルママ」
頭の中にそんなワードが浮かんだ。
ミニスカートのワンピースに黒い厚底ブーツ。ワンピースは下地こそ灰色だけど、よくみたらヒョウ柄。厚底ブーツなんてイギリスのロックギタリストが履いていそうなほど踵が高い。ロングブーツとミニスカの狭間に「絶対領域」を残しつつスラリと伸びた脚に女の子が抱きつくからまずはそちらに目が向いた。コンマ数秒の間を置いて全貌が見えてくる。
ゆるやかにウェーブがかかった茶髪のロングヘアーは胸元まである。かと言ってネイルはテレビでよくみるギャルタレントほど派手ではない。でも艶やかだ。
しかもなおそれらを凌駕して「きっとギャルだ」と確信に導いたのは目力である。絶妙な太さと色合いですっと抜けるような眉。呼応するようにグラデーションの入ったアイライン。エネルギーを描いたようなつけまつげ。全てが合わさって有無を言わせぬ説得力を感じさせる芸術的な仕上がり。努力と経験による賜物だろう。ボクはメイクをしたことなどないがそう思った。全てのメイクは中心部にあたる瞳から未知なる力を引き出しているかのようだ。
「ちょっとあんた。うちのユリになにしてくれてん。とにかく警察いこかっ」
まごうかたなくギャルだ。しかも関西の。
ボクは彼女にまくしたてられて妄想から我に返った。
今にも胸ぐらを掴んで引っ張って行きそうな剣幕だ。とにかく事情をわかってもらわなければ。
「いや、違うんです。女の子が迷子になっていたから……」
「なんやて。嘘言うたらあかんで。ユリはまだ小さいけど、性格はしっかりしてんねん。迷子なんてならへんっ」
困った。相手が感情的になっているから、いくら説明しても聞いてくれそうにない。
ボクは一縷の望みを託して女の子に言葉をかけてみた。
「君、ユリちゃんって言うんだね。今日は素敵な公園を教えてくれてありがとう」
「なに気安う話しかけてんねん。しばくで」
「ママ。このお兄ちゃん悪くないよ。ユリと遊んでくれたんやで」
危機一髪。しばかれる前にユリちゃんが口を開いてくれた。
だがママは耳を貸さない。
「ええかユリ。小さい女の子を見て遊ぼうって声をかけるのはあぶない人かもしれへん。気をつけなあかんで」
「違いますよ。『遊ぼう』なんて言ってません。迷子かと思って『ママを探してるの?案内所に行こうか』って声をかけただけです」
ギャルママがまだ疑うのでとにかく状況を再現した。こうなれば事実をわかってもらうしかない。
「ほんまか?ユリ」
「そやな。だいたいそんなとこや。そんでユリが案内所やのうて公園まで連れて来たんや。ママが先に行って待っとるかもしれん思て」
その言葉を聞いてギャルママの表情が一変した。
「ごめんねぇ、えろうすんまへん。なにせ、コンビニで週刊誌を読みよるうちに娘がどっか行っておらんくなったでしょ。もう慌てまわって探したら知らん男の人とおるもんやさかい。つい誘拐かと早合点してしもうて。堪忍なぁ」
両手を合わせて拝むようにしながら詫びるではないか。
さっきまでの眼光鋭い顔つきはどこへやら、目尻を下げて低姿勢に出られると逆にこちらが恐縮してしまう。しかもその感じがなかなかキュートだ。
「いえ、そんな。お母さんとして心配になるのは当然だと思いますから。頭をあげてください」
「そうかぁ~、あんた話しがわかる男やな。よかったわぁ」
ギャルママはまたしても豹変。今度は自然体に戻って娘に向けて言い放つ。
「ユリ!もう勝手に離れたらあかんよ。ほんで、二度と知らん人に着いて行ったらあかん。このお兄ちゃんはいい人そうやから危ない目に遭わんかったけど。変態やったら何をされるかわからへんで」
「はーい」
「よし。じゃあ行こか。そや、あんたはどうすんの? 迷惑かけたことやし、行くとこがあるなら車で乗せてったるよ?」
こういうのを「渡りに舟」というのだろうか。ボクもこの精神状態で歩いて行くのは億劫だなと考えていたところだ。
「ラクーンギターショップに行こうとしてたのですが……」
「なんや、ラクーンギターならよう知ってるで。乗せてったる乗せてったる」
ボクが話したら食い気味にそう答えて歩き出した。
「うちは、里山まりあ。でも、だいたいマリって呼ばれる。それと娘のユリ。西区に住んでんねん。ラクーンギターは高校生の頃によう通ってたし」
彼女が道すがら自己紹介するのでボクもせざるを得ない。
「ボクは桃田明。アキラって呼んでください。K大の一年生です。軽音部に入ってて、ラクーンギターでベースを教わるため来たことがあって。ユウさんっていう店員さんなんですけど……」
「ええっ、ユウさんまだやってんねん。懐かしいわあ。久々に会えるかもしれんなぁ」
マリさんはそうつぶやいたが、いったい何歳ぐらいなんだろう。いきなり年齢を聞くわけにもいかず、娘の方に話題を向けてみた。
「ユリちゃんはしっかりしてるけど幼稚園に通ってるの?」
「まだ幼稚園ちゃうで。二歳やから保育園に行ってる」
「今は二歳半な。来年から幼稚園に通う予定なんよ」
「ボクは親戚や周りに小さい子どもがいないからよくわからないけど、二歳半でこんなにしっかり話せるんですね」
気分を害されないよう言葉を選んだつもりなので、伝わりにくかったかもしれない。要するに「もうこんなに生意気な口を利くのか。大人顔負けのしゃべりにびっくり仰天だよ」という驚きを表わしたかったのだ。
「うちがけっこうおしゃべりやからね。毎日相手してたら似てくるらしいわ。K大から来たんならびっくりしたんちゃうかぁ。でも大阪の子どもはこんなもんやで」
「そう。こんなもんやで」
ユリちゃんが真似て母娘で笑っている。ユリちゃんが二歳半であることはわかったが、結局、マリさんの年齢は聞けなかった。




