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第二十三章 短命


 大山津見(おおやまつみ)の言葉を思い出したのは——コノハナが二度目に倒れた日だった。

 畑に出ようとして。玄関で。膝が折れて、戸口に手をついた。

 駆け寄った。抱き起こした。軽かった。結婚したときより軽い。花びらのように。

「……また——」

「大丈夫です」

「大丈夫ではない。——座れ」

 座らせた。水を飲ませた。

 そのとき——頭の中に声が蘇った。大山津見(おおやまつみ)の声。山の底から来る声。

 ——花のように散れ。

 岩長比売(いわながひめ)を退けたとき。大山津見(おおやまつみ)が言った。

「お前は花を選んだ。石を退けた。ならばお前の命は花のように短い。お前も。お前の子も。その先の全ても」

 あの宣告は——呪いではなく結果だと思った。石がないから永遠がない。それだけだと。

 しかし今——コノハナが痩せていく。花びらが減っていく。咳が増えていく。

 産屋の炎で命を縮めた。それに加えて——石を退けた結果の短命が重なっている。

 二重。

「……コノハナ」

「はい」

「お前の父が言った。花のように散れと。——あれは、お前にもかかっているのか」

「…………」

「岩長比売(いわながひめ)を退けた結果が——お前の命にも」

「……はい」

「知っていたのか」

「はい。——最初から」

 最初から。また「最初から」だった。この女は——全部知っていた。

「岩長比売(いわながひめ)の姉を受けていれば——私はもっと長く咲けました。石が隣にあれば、花は何度でも咲き直せる。——石がなければ、一度散ったら終わりです」

「…………」

「それに加えて——産屋の炎で花びらを燃やした。残りがさらに短くなった」

「なぜ——言わなかった」

「言えば——あなたが姉を受け直しに行ったかもしれない。私を長く咲かせるために」

「……当然だ。行く」

「それが——嫌でした」

「なぜだ。お前が長く咲けるなら——」

「姉が——道具になります。私の延命のための道具に。一度退けておいて、妹の命が短くなったから今度は受けます——そんなことを言われたら、姉はどう思いますか」

「…………」

「姉は『石は置かれた場所にある』と言いました。——でも、薬として置かれるのと、隣にいたいから置かれるのは違います。姉を——私のための薬にしたくなかった」

「……大山津見(おおやまつみ)に会いに行く」

「行かないでください」

「なぜだ。あの男が——」

「父は正しかった」

「…………」

「石を受けなさいと言った。二人とも受ければ永遠に咲けると言った。——正しかった。あなたが退けたから花のように短くなった。父のせいではない」

「……俺のせいだと言うのか」

「誰のせいでもない。——あなたが選んだ。私も選んだ。父も選んだ。全員が自分で選んだ結果です。恨む相手がいない」

 恨む相手がいない。

 大山津見(おおやまつみ)を恨めない。正しいことを言ったから。岩長比売(いわながひめ)を恨めない。何もしていないから。コノハナを恨めない。知っていて黙っていたが、理由がある。俺自身を恨めるか——恨んでも何も変わらない。

「……後悔しているか」

「していません」

「嘘ではないか」

「嘘ではありません。——短くても、あなたの子を三人産めた。あの火の中で。三人とも無事に。——十分です」

「十分——」

「十分です」

 二度言った。コノハナが同じ言葉を二度言うのは——一度目が返答で、二度目が決意だ。俺はそれを知っている。五年一緒にいて覚えた。

「……何もできないのか。命を延ばす方法は」

「花は——散る時期を選べません。風が決めます」

「風を止められないのか」

「止めたら——花が咲きません。風がなければ花粉が飛ばない。種が落ちない。次の花が咲かない。——風を止めることは、次の花を止めることです」

 風を止めれば散らない。しかし次の花も咲かない。子供たちの命に関わる。

「……どうすればいい」

「何もしなくていい。——ここにいてください。それだけで」

 ここにいる。

 それしかできない。治せない。延ばせない。止められない。ただここにいることしかできない。

 ——しかしそれは、最初からそうだった。

 高天原(たかまがはら)から降りた。何もできなかった。土の触り方も知らなかった。飯の炊き方も知らなかった。剣は光らなかった。

 できたのは——ここにいることだけだった。

 ここにいることだけが、俺にできることだった。最初から。

「……いる」

「はい」

「ここにいる。——散るまで」

「…………」

「散った後も。——いる」

 コノハナが——笑った。目と口で。花びらが一枚、頬を過ぎた。

「……欲張りですね」

「ああ」

 同じやり取りだった。昨日と同じ。たぶん——明日も同じだ。

 同じやり取りが続く限り——まだ、咲いている。


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