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第二十二章 コノハナが知っていたこと


 咳が増えた。

 一日に一度だったのが、三度になり、五度になった。小さな咳。声にならない咳。しかし——そのたびに花びらが止まった。一拍。二拍。三拍。止まる時間が長くなっていた。

 コノハナは「大丈夫です」と言い続けた。

 信じた。大丈夫だと言うなら大丈夫だと。もう疑わないと決めた。

 ——しかし目は閉じないと決めた。見落とさないと決めた。

 見ていた。

 コノハナの手が細くなっていくのを。頬の肉が減っていくのを。朝起きるのが遅くなっていくのを。花びらの量が——日に日に減っていくのを。

 ある朝。コノハナが飯を炊こうとして——立てなかった。

 膝が折れた。床に手をついた。

「コノハナ!」

「大丈夫——」

「大丈夫じゃない。——座っていろ。俺が炊く」

「あなたが——炊けるのですか」

「五年見ていた。できる」

 飯を炊いた。焦げた。少し。コノハナが小さく笑った。

「……少し焦げましたね」

「少しだ」

「少しですね。——でも食べられます」

 食べた。二人で。子供たちはもう外に出ていた。長男は浜に。次男は川に。末の子は山の見える丘に。

 食べ終わった後——コノハナが俺を見ていた。

 何かを言おうとしていた。口が動いて——止まって——また動いた。

「……ニニギさま」

「何だ」

「話さなければならないことがあります」

「…………」

「ずっと——言えなかった。でも——もう隠せない」

 隠していた。何かを。「大丈夫です」の裏に。

「聞く」

「…………」

「聞くから——言ってくれ」

 コノハナが——深く息を吸った。吐いた。花びらが一枚、唇から落ちた。咳ではなく——吐息で落ちた。

「産屋の火は——私の命を燃やしました」

「…………」

「あの火は——薪で燃えたのではありません。私の花の力で燃えていた。花の命を燃料にして——子供たちを守っていた」

「……花の命を」

「火の中で子供が焼かれなかったのは——私の花びらが火に変わっていたからです。花びらが盾になって、子供たちを包んでいた。一枚の花びらが一つの炎になって——子供たちの代わりに燃えた」

「…………」

「あの産屋で散った花びらの数だけ——私の命が短くなりました」

 花びらの数だけ。

 産屋の火は一日以上燃えていた。あの間ずっと——花びらが燃えていた。どれだけの枚数が。数えられない。数えきれないほどの花びらが——コノハナの命と引き換えに燃えた。

「……知っていたのか。火をつける前に」

「知っていました」

「知っていて——」

「知っていて——火をつけました」

 静かだった。コノハナの声が。

「なぜ——」

「あなたに——信じてもらいたかった。言葉では信じてもらえなかった。目で見て信じてもらうしかなかった。そのために——花びらを燃やしました」

「……俺のせいだ」

「違います」

「俺が疑ったから——」

「あなたが疑ったのは事実です。でも火をつけたのは私です。——私が選んだことです」

「選ぶ必要はなかった。俺が信じていれば——」

「信じられなかった。それもあなたです。嘘をつけない人だから——疑いを隠せなかった。あなたはあなたのままで正しい」

「正しくない。——お前の命を縮めた」

「縮めたのは私です。——あなたではない」

 コノハナの目が——俺を見ていた。黒い目。金色の点。

「ニニギさま。——お願いがあります」

「何だ」

「私のせいにしてください」

「…………」

「私が選んだ。私が火をつけた。私の判断で。——それを、あなたのせいにしないでください。あなたのせいにされると——私が選んだことの意味がなくなる」

「…………」

「私は——弱い女ではありません。あなたに追い込まれて火に入ったのではない。自分で決めて、自分の足で産屋に入って、自分の手で火をつけた。——それを奪わないでください」

 奪わないでください。

 岩長比売(いわながひめ)が言った。「謝られると罪になる。罪にしないでください」と。コノハナが言った。「あなたのせいにしないでください」と。

 姉妹だった。言い方は違う。しかし——同じことを言っている。自分の選択を他人のせいにされたくない。

「…………」

「……分かった」

「…………」

「お前のせいにする。——お前が選んだことにする」

「はい」

「しかし——」

「しかし」

「残りの時間は——俺のものだ。お前がどれだけ短くなっても。残っている分は——俺がもらう。全部」

 コノハナが——目を伏せた。睫毛の影が頬に落ちた。

「……欲張りですね」

「ああ。——天孫だから」

「天孫は関係ないと思います」

「…………」

「でも——いいです。残りは全部あげます」

 笑った。コノハナが。疲れ切った顔で。痩せた頬で。

 花びらが——舞った。少しだけ。前より少ない。しかし舞った。

「……どのくらい——残っている」

「分かりません。——花ですから。いつ散るかは風が決めます。私が決めるのではない」

「…………」

「でも——まだ咲いています。今は」

 今は。

 また「今は」と言った。「今は」の先に終わりがある。しかし——「今は」がある。「今は」を信じる。それだけだ。

 ——それだけで十分だ。


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