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第十九章 炎の中の声


 火は——燃え続けた。

 夜が明けた。朝日が来た。しかし炎の方が明るかった。朝日が——炎に負けていた。

 膝をついたまま動けなかった。

 何度も立ち上がろうとした。何度も壁に近づこうとした。熱で退いた。産屋の周りの草が焼けて、土がむき出しになっていた。

 集落の者が水を運んできた。火を消そうとした。

「やめろ」

 老人が止めた。

「あれは——神の火だ。人の水では消えない。消したら——中の方が死ぬ」

「しかし——」

「待て。——待つしかない」

 待つしかない。

 待つことしかできない。

 草薙剣(くさなぎのつるぎ)は膝の上にあった。動かない。光らない。この剣は俺が握ったときに嵐の記憶を見せた。木を起こしたときに光った。岩を受け止めたときに応えた。

 今は——何も。

 剣も水も力も——出産の前では無力だった。天孫であることも。三種の神器を持っていることも。何の意味もなかった。

 ただ——待つ。

 炎を見ていた。

 橙色。赤。白。炎の色が変わっていった。朝から昼に。昼から午後に。時間が経っても燃え続けた。木の産屋が——燃え尽きない。灰にならない。炎が木を燃やしているのに——木が残っている。

 神の火だ。焼くための火ではない。試すための火。

 ——コノハナは生きているのか。

 分からなかった。声が聞こえなかった。炎の音だけが聞こえた。木が爆ぜる音。空気が震える音。

 声をかけようとした。「コノハナ」と。

 ——やめた。

 俺の声が今さら届いたとして——何になる。「信じてください」と一度だけ言ったコノハナに。信じなかった俺の声が。

 黙って待った。

 午後が過ぎた。影が伸びた。夕焼けが来た。炎と夕焼けが重なった。空も地も赤かった。

 ——丸一日。

 丸一日、燃えている。コノハナが中にいる。子供と一緒に。炎の中に。

 侍女が泣いていた。集落の母親が子供の目を覆っていた。老人が黙って座っていた。

 俺は——待っていた。

 待つことしかできなかった。

 夜が来た。二度目の夜。

 炎がまだ燃えていた。しかし——色が変わっていた。橙色ではなくなっていた。

 ——桃色だった。

 花びらの色。コノハナの花びらの色。炎が——桃色に変わっていた。

 熱が——弱くなっていた。近づける距離が縮まっていた。さっきまで十歩離れなければ熱かった。今は五歩。

 立ち上がった。

 三歩まで近づいた。壁が見えた。焦げているのに——崩れていない。木の壁が黒く焦げて、しかし立っている。

 耳を澄ませた。

 炎の音が小さくなっていた。爆ぜる音が消えていた。代わりに——

 ——声がした。

 小さかった。

 炎の音に紛れるほど小さかった。しかし——聞こえた。

 泣き声だった。

 赤ん坊の泣き声。

 一人ではなかった。

 もう一つ。泣き声が重なった。別の声。高い声。

 もう一つ。三つ目。

 三つの泣き声が——炎の中から聞こえた。

「…………」

 膝から力が抜けた。崩れた。地面に手をついた。

 泣き声が聞こえた。生きている。子供が。コノハナの中にいた子供が。炎の中で——生まれた。

 泣いている。生きている。

 ——三人。

 三人の子供が。炎の中で。

 泣き声が大きくなった。産屋の中で。壁を通じて。炎を通じて。

 力強い声だった。火の中で生まれた子供たちの声。焼かれていない。燃えていない。生きている。

 ——天孫の子だ。

 天孫の子だから——天の火に焼かれない。

 コノハナが言った通り。花の神が一夜で宿した子。俺の子。

 ——俺の子だ。

 疑いが——消えた。

 「はずだ」が消えた。消えたのではなく——砕けた。泣き声が砕いた。言葉では消えなかった疑いが。目で見て、耳で聞いて——砕けた。

 コノハナが言っていた。「言葉ではなく目で見て消える」と。

 消えた。

 消えた瞬間——足の裏が熱くなった。

 冷たかったのが嘘のように。大地の奥から——温かさではなく熱が来た。強い熱。足の裏から膝へ。膝から腰へ。腰から胸へ。

 草薙剣(くさなぎのつるぎ)が——震えた。

 膝の上で。雲模様が——動いた。渦を巻いた。光が出た。金色の光。嵐の色。しかし暴発ではなかった。暴走でもなかった。

 泣いていた。

 光りながら。剣が泣いていた。——いや。俺が泣いていた。剣が俺の涙に応えていた。

 炎が——弱くなっていった。

 桃色の炎が小さくなっていった。壁の焦げが冷めていった。

 壁に——亀裂が入った。

 中から。内側から。コノハナの力で。

 壁が——開いた。

 入口ができた。


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