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第十章 サルタビコとの決着


 朝。倒した木を直しに行った。

 昨夜は溝を半分埋めただけだった。木は倒れたままだ。三本。俺が——暴発させた剣が倒した三本。

 丘の下の林に着いた。

 サルタビコが立っていた。

 木のそばに。倒れた三本の木のそばに。腕を組んで。鼻が朝日を受けて光っていた。

「……早いな」

「お前より先に来て、見ていた。」

「何を」

「この木は——根が生きている。倒れたが、根は切れていない。起こせば育つ。」

 根が生きている。

「しかし——俺の力では起こせない。大きすぎる」

「力で起こさなくていい。——最後に一つ、見せろ。」

「何を」

「剣を。——暴発ではなく。お前の意志で。」

「意志で——制御できない。昨日見ただろう」

「昨日は斬ろうとした。力を出そうとした。——今日は違うことを試せ。」

「違うこと」

「斬るな。——斬る以外のことを剣でやれ。」

 斬る以外。剣で斬る以外のこと。何だそれは。剣は斬るものだ。

「……分からない」

「分からなくていい。——動いてから分かると言っただろう。」

 草薙剣(くさなぎのつるぎ)を抜いた。雲模様の刃。昨夜暴発した剣。金色の光を吐いて木を倒した剣。

 構えた——構えるのをやめた。

 斬る以外。

 倒れた木を見た。根が生きている、とサルタビコは言った。起こせば育つ。

 剣を——地面に突き刺した。

 切っ先を下に。土に。倒れた木の根元のそばの土に。

 何をしているのか自分でも分からなかった。しかし——昨夜、素手で土を掘って溝を埋めた。あのとき足の裏が温かくなった。土に触ると——何かが近くなる。

 剣を通じて——土に触れている。手で握った柄から、刃を通じて、土に。

 繋がっている。

 手と剣と土が。

「……頼む」

 また言っていた。橋の上で言った言葉。剣に。

「起こしてくれ。——この木を。俺が倒した木を」

 雲模様が——動いた。

 渦を巻いた。昨夜より速い。しかし昨夜とは違った。暴発ではない。刃の中の雲がゆっくりと回っている。嵐ではない。風だ。丘の上の草を撫でる風。

 光が——出た。

 金色ではなかった。薄い光。朝日に似た色。剣の刃から、切っ先を通じて、土に流れていった。

 土が——動いた。

 倒れた木の根元が。土が持ち上がった。根が——引っ張られた。木がゆっくりと——起き上がった。

 一本目。

 傾いていた幹がまっすぐになった。根が土に戻った。葉が揺れた。

 光を——隣に動かした。剣を引き抜いて、二本目の根元に突き刺した。同じように。頼む、と。

 二本目が起きた。

 三本目。

 三本目が起き上がったとき——光が消えた。剣が沈黙した。雲模様が止まった。

 手が震えていた。体中の力が抜けていた。膝をついた。

 しかし——三本の木が立っていた。倒れる前と同じように。

「…………」

 サルタビコが——黙っていた。腕を組んだまま。

 長い沈黙だった。

「……斬る以外のことを——やれと言っただろう」

「言った。」

「これで——いいのか」

「…………」

 サルタビコが——腕を解いた。初めて見た。この男が腕組みを解くのは。

「お前の剣は——まだ光っていない。全力ではない。あの嵐の力は、まだ眠っている。」

「分かっている」

「しかし——方向は合っている。」

「方向」

「斬るために振るのではなく、起こすために突く。壊すためではなく、直すために使う。——それは力の方向だ。正しい方向だ。」

「…………」

「地に根を張るとは何か。——俺はまだ答えを持っていない。しかしお前が今やったことは、根に近い。」

 根に近い。

 まだ根ではない。近いだけ。しかし——橋の上で弾かれていた男が、地上の土に剣を突き刺して木を起こした。

「……サルタビコ。——お前はこの後どうする」

「歩く。——地上を。この国を。」

「一人でか」

「…………」

「一人で歩くのか」

 サルタビコが——俺を見た。赤い顔の小さな目が。

「……お前に関係ない。」

「関係ある。——お前は俺を通してくれた。道を開けてくれた。恩がある。一人で歩くなら——」

「——一人じゃないかもしれません!」

 声が飛んできた。丘の向こうから。

 アメノウズメが走ってきた。朝早いのに元気だった。

「サルタビコさん! 地上を歩くんですか! 私も行きます!」

「……お前はニニギの供だろう。」

「供は辞めます」

「辞められるのか」

「辞められます。——ニニギさまはもう大丈夫です。コノハナさまがいるから」

「…………コノハナ?」

「あ、ニニギさまが好きな人です」

「好きとは言ってない」

「言ってなくても分かります。——だからニニギさまはもう私がいなくても平気です。コノハナさまの方を追いかけますから」

「追いかけてはいない」

「追いかけてます。——毎日丘に行ってるじゃないですか」

「…………」

 サルタビコが——咳払いをした。

「……アメノウズメ。」

「はい」

「お前が来ると——」

「はい」

「……うるさい。」

「知ってます」

「知っていて来るのか」

「はい。——だって、サルタビコさんが一人で歩いてたら、誰が鼻を褒めてくれるんですか」

「褒めなくていい」

「褒めます。——きれいなんだから」

 サルタビコの鼻の光が——朝日より明るくなっていた。

「…………好きにしろ。」

 三度目の「好きにしろ」だった。しかし今回は——声が少し柔らかかった。

 アメノウズメが俺の方を向いた。

「ニニギさま。——お供、辞めていいですか」

「……勝手に辞めると言ったくせに聞くのか」

「一応」

「…………行け」

「ありがとうございます。——ニニギさま」

「何だ」

「コノハナさまに——ちゃんと名前を呼んであげてくださいね。呼ばれると嬉しいから」

「…………」

「サルタビコさんも——名前を呼ばれたとき、光が明るくなったんですよ。名前って大事です」

「……分かった」

「では——行ってきます」

 アメノウズメが——サルタビコの隣に立った。サルタビコの腰くらいの背丈しかない女が。巨大な境界の神の隣に。

 歩き出した。二人で。山の方に。

 アメノウズメが振り返った。手を振った。

「ニニギさまー! また会いましょうー!」

「ああ」

「サルタビコさん、手振ってくださいよ」

「振らない。」

「振ってー」

「…………」

 サルタビコが——手を上げた。振ったのかどうか分からなかった。手を上げて——すぐに下ろした。

 それでも——上げた。

 二人の背中が小さくなっていった。大きな影と小さな影。鼻の光が木の間に消えていった。

 一人になった。

 丘の上。朝日の中。三本の木が立っている。起こした木が。

 草薙剣(くさなぎのつるぎ)を見た。沈黙している。雲模様は動いていない。しかし——冷たくなかった。最初に握ったときは冷たかった。今は——冷たくない。温かくもない。ただ——ある。手の中に。

 アメノウズメがいなくなった。サルタビコもいなくなった。

 一人だ。

 地上に降りて——初めて一人になった。

 風が吹いた。花びらが飛んできた。丘の反対側から。あの木から。

 ——コノハナが、あの木の下にいるのかもしれない。

 歩き出した。丘を越えて。あの木に向かって。

 花びらが——道を示すように、風の中を飛んでいた。

 足の裏が——温かかった。

 温かかった。声はまだ聞こえない。言葉にはまだならない。しかし——足の裏を通じて、大地の奥から、何かが俺を見ている。

 見ていてくれ。

 ——もう少しで、届く気がするから。

ご拝読いただきありがとうございました!

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