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人の尻拭いばかりしていた俺、江戸風異世界で「すべて」が見えるようになったので、二度目の人生は好きに生きる  作者: 若松あ太郎
第三章 大店で、帳面にないものを見る

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第47話 誰が動かす

「これを使いましょう」


 綾乃が用意させたのは、今日これから出す予定の荷だった。


 すでに蓋は閉じられ、紐が掛かり、封紙には白峰屋の印が押されている。


 恒一郎が先ほど調べていた箱と同じ状態だ。


「出荷までの流れを、実際に見た方が早いと思います」


「ああ。その方がいい」


 綾乃はすぐに店の者を呼ばせた。


 しばらくして現れた男は、五十をいくらか過ぎた頃に見えた。


 背筋は伸び、歩みに無駄がない。


 恒一郎を見る目には、わずかに警戒があった。


「大番頭の庄兵衛です」


 綾乃が言った。


 庄兵衛が軽く頭を下げる。


「お話は伺っております」


「先ほど調べた箱に、蓋とは別の場所から手を入れた跡が見つかりました」


 綾乃が続ける。


「封をしたあとに、中身を入れ替えられた可能性があります」


 庄兵衛の表情がわずかに変わった。


「封をしたあとに、ですか」


「ええ」


「それで、店の中の荷の動きまでお調べになると」


「ああ」


 恒一郎が答える。


「細工できる腕があっても、封をしたあとの箱に触れられなきゃ意味がない。だから、まず荷の動きを見たい」


 庄兵衛はしばらく黙っていた。


「調べる必要があることは承知しました。ただ、商いの内側を外の方へお見せするとなりますと、少々気にもなりましてな」


「私がお願いしました。父にも話は通しています」


 綾乃が答える。


「承知しております」


 庄兵衛は綾乃へ頭を下げた。


「ですから、止めるつもりはございません。店の者まで調べるとなれば、先に知っておきたかっただけです」


「疑う相手を決めるためじゃない」


 恒一郎が言った。


「まず、どう動かせたのかを見たい」


「なるほど」


 庄兵衛は短く頷いた。


「ならば、隠すことはございますまい」


 作業場の外へ顔を向ける。


「久七」


「はい」


 すぐに一人の男が姿を見せた。


 三十代の終わり頃だろう。


 庄兵衛より柔らかな物腰だが、受け答えにも動きにも迷いがない。


「封を終えた荷がどこを通るか、この方に見ていただく。いつも通りでいい」


「分かりました」


 久七は恒一郎へ軽く頭を下げると、箱を見た。


「これは今日の荷ですね」


「ええ」


「でしたら、このあと出荷待ちへ回します」


「誰が運ぶ?」


 恒一郎が聞く。


「その時に手の空いている者です。若い者が多いですね」


 久七が作業場の外へ目を向ける。


「新吉」


「はい」


 呼ばれて、若い男が入ってきた。


 二十を少し過ぎたくらいに見える。


「これをいつもの場所まで頼む」


「分かりました」


 新吉が箱の前へしゃがむ。


 箱へ手を掛けたところで、久七が言った。


「急がなくていい。品を傷めるな」


「はい」


 新吉は箱を持ち上げた。


 慣れた動きだった。


 久七が先に歩き、恒一郎と綾乃が続く。


 その後ろを、新吉が箱を抱えてついてきた。


 作業場を出て廊下へ入る。


 何人かの店の者とすれ違ったが、新吉の持つ荷を気に留める者はいない。


 久七が足を止めた。


「封を終えた荷は、ひとまずここへ置きます」


 店の奥、出荷前の荷がいくつもまとめられている。


「ここから、出す順に表へ回します」


 新吉が箱を下ろした。


 恒一郎は周囲を見た。


 店の者が出入りし、荷も運ばれていく。


「ここから動かすのは、誰の判断だ?」


「普段は私か久七です」


 庄兵衛が答える。


「主人や綾乃様から直接申し付けることもございます」


「なるほど」


「新吉」


「はい」


「今みたいに荷を運べと言われたら、毎回中身まで確かめるか?」


「いえ。どの荷を、どこへ運ぶかは確かめますが、中までは」


 恒一郎は床の箱を見る。


「ここまで来た箱が、作業場へ戻ることは?」


「あります」


 綾乃が答えた。


「箱や荷造りに不具合があれば」


 久七も頷く。


「滅多にはありませんが。紐の掛け方が悪かったり、箱そのものに不具合が見つかったりすれば戻します」


「封をしたあとでも?」


「中を開ける必要がなければ、そのまま戻します」


「封を切る必要があるものは?」


「中身をもう一度確かめます」


 久七が答えた。


「直したあと、もう一度品と量を確認して、改めて封をします」


 綾乃の視線が、無傷の封紙へ移った。


「封を切れば、そこでまた中身を確かめることになる」


「戻すかどうかは?」


「気づいた者が知らせます」


 久七が答える。


「庄兵衛さんか私が確かめて、直す必要があると判断すれば戻します」


「その記録は?」


 庄兵衛の眉がわずかに動いた。


「そこまではつけておりません」


「帳面にも?」


 綾乃が聞く。


「品が増えたわけでも減ったわけでもございませんので」


 綾乃が黙った。


 床に置かれた箱へ目を落とす。


「……帳面には、残らない」


 恒一郎は続きを待った。


「倉へ入れた数も、客へ出した数も残ります。でも、店の中で動かしただけなら数は変わらない」


 綾乃が顔を上げた。


「封をしたあと、作業場へ戻しても、帳面は合います」


 庄兵衛が難しい顔をした。


「ですが、それだけで何かあったとは」


「分かっています」


 綾乃はすぐに返した。


「戻すことがおかしいのではありません」


 一度、箱を見る。


「問題は、戻したこと自体を帳面から追えないことです」


 少し間を置く。


「その移動に紛れて箱へ細工されても、数字だけ見ていたら分からない」


 庄兵衛は反論しなかった。


 しばらく箱を見つめ、それから荷置き場へ目を向けた。


「日が落ちてからも、作業場を使ったり、荷を動かしたりすることはあるのか?」


 恒一郎が聞いた。


「ございます。急ぎの荷もありますし、その日のうちに片づけねばならぬ仕事もございます」


「封をした荷も?」


「普通は、そのまま出荷を待ちます」


 久七が答える。


「ただ、紐や箱の手直しがあれば別です」


「なるほど」


 恒一郎が言った、その時だった。


 少し離れたところで紐をまとめていた新吉の手が止まった。


 ほんの一瞬。


 指の動きが止まり、すぐにまた動き出す。


 庄兵衛も久七も、新吉を見ることはなかった。


 恒一郎は新吉へ目を向ける。


「新吉」


「……はい」


 若い手代が顔を上げる。


「一つ聞きたい」


 恒一郎は、その顔をまっすぐ見た。


「封をした荷を、日が落ちてから運んだことはあるか?」


 新吉の表情が止まった。

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