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人の尻拭いばかりしていた俺、江戸風異世界で「すべて」が見えるようになったので、二度目の人生は好きに生きる  作者: 若松あ太郎
第一章 花街で始める二度目の人生

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第28話 今度はこちらから行く

 城下の西門が見えたのは、日が傾き始めた頃だった。


 途中の宿場で役人に事情を話し、捕らえた男たちと榊宛ての書付を預けた。


 恒一郎が先に戻したかったのは、男たちではなく娘たちだった。


 三人とも荷車に揺られながら、ほとんど口を開かなかった。眠っている娘もいる。


 お絹は起きていたが、西門が近づくにつれて何度も城下の方へ目を向けていた。


「もうすぐだ」


 恒一郎が言うと、お絹は小さく頷いた。


「……はい」


 西門を抜けたところで、お絹の肩からわずかに力が抜けた。


 恒一郎はそのまま花街へ向かった。


 荷車が店の前で止まる。


 中から出てきた千代が、恒一郎の顔を見て目を丸くした。


「恒一郎さん!」


「声を落とせ。中に具合の悪い娘がいる」


「あっ……」


 千代が慌てて口を押さえる。


 その声を聞いたのか、奥から朱莉が姿を見せた。


 恒一郎を見たところで、その足が止まる。


 数歩離れたところから、朱莉は恒一郎の顔をじっと見た。


「……遅い」


「帰ってきただろ」


「そういう問題じゃないのよ」


 朱莉は少し眉を寄せた。


「無茶しないでって言ったわよね」


「気をつけた」


「それで、その格好?」


 着物には泥と埃が残っている。


「怪我はない」


「……なら、いいけど」


 朱莉の視線が恒一郎の肩から腕へ動いた。


 傷がないことを確かめたらしい。張っていた表情が、ほんの少し緩む。


 そのとき、荷車の中から声がした。


「……朱莉さん?」


 朱莉の表情から、先ほどまでの険しさが消えた。


 荷車へ近づく。


「……お絹?」


「はい」


 お絹の目が潤んだ。


 朱莉は一度だけ目を閉じ、それから小さく息を吐いた。


「……随分遠くまで行かされたものね」


「……すみません」


「謝るところじゃないわ」


 朱莉が手を差し出す。


「帰ってきたなら、それでいいの」


 店の奥が騒がしくなった。


 おかみさんが出てきて、その後ろからお梅も顔を見せる。


「お絹ちゃん……?」


 お梅が固まった。


 お絹も目を見開く。


「梅ちゃん」


「お絹ちゃん!」


 お梅が駆け寄り、荷車の脇でお絹の手を握る。


 おかみさんは二人を見たあと、鼻をすすって顔をそむけた。


「まったく。心配かけるんじゃないよ」


「……ごめんなさい」


「だから、謝るのはあとだよ。まず休みな」


 朱莉も柔らかく笑っている。


 恒一郎は少しだけその様子を見てから、おかみさんへ声をかけた。


「ほかにも二人いる。三人ともかなり疲れてる」


「ああ。任せな」


「医者にも診せた方がいい」


「ああ。千代にはもう呼びに行かせたよ」


 恒一郎は頷いた。


「話はあとでいい。まず休ませてやってくれ」


 娘たちが店の中へ入っていく。


 その背中を見送っていると、朱莉が恒一郎の隣に立った。


「本当に連れて帰ってきたのね」


「ああ」


「……そう」


 朱莉は、先ほどより少し長く恒一郎の顔を見た。


 だが、何も言わずに自分から目を外す。


「こっちも少し分かったわ」


「聞こう」


 朱莉は恒一郎を店の奥へ案内した。


 人の出入りが少ない部屋へ入り、卓を挟んで座る。


「あなたが出てから、金を受け取った娘たちをもう一度洗ったの」


「何人いた?」


「新しく話を聞けたのは三人。そのうち一人は名前も書いてた」


 お梅たちだけではなかったらしい。


「金を渡した男は?」


「顔は同じじゃなかった。でも、二人については分かったことがある」


 朱莉が卓の上へ一枚の書付を置いた。


「どちらも西河岸の同じ荷問屋へ出入りしてる」


「そこまで分かったのか」


「花街に出入りする商人なら、見てる人間はいくらでもいるわ。聞き方を変えれば、口も開くものよ」


 朱莉が少し笑う。


「蔵前屋の荷をよく扱う店よ。それだけなら珍しくもないけど――」


 そこで指先を止めた。


「金を渡した男が二人ともそこへ出入りしてるとなると、話は変わるでしょう?」


「そうだな」


 恒一郎は懐から、現場の男たちの荷物に入っていた紙片を出した。


「これを見てくれ」


 朱莉が受け取る。


 日付、数、それに「西回し 三」の文字。


 端には小さな商家印が押されている。


 朱莉はしばらく眺めてから、先ほどの書付を引き寄せた。


「この印……」


「知ってるのか?」


「今日、店を調べたときに見たものに似てる」


 朱莉は書付に控えてあった印と見比べる。


「同じものに見えるけど、私だけで決めつけない方がいいわね」


「それでいい」


 そのとき、廊下の向こうから声がかかった。


「朱莉さん、榊様がお見えです」


「通して」


 ほどなく榊が部屋へ入ってきた。


 恒一郎を見るなり、少し眉を上げる。


「随分と汚れて戻ったな」


「道が悪かった」


「それだけで済んだなら上等だ」


 榊は腰を下ろした。


「娘は?」


「三人ともいる。お絹もいた」


「そうか」


 短い返事だったが、榊の表情が少し緩んだ。


「そっちは?」


「小蔵の三人が、少し口を開いた」


 榊が懐から手控えを出す。


「仕事を持ってくる男がいるらしい。自分たちはそいつから日と人数を聞いて、娘を次へ回してた」


「誰だ?」


「西河岸の荷問屋の手代だ」


 朱莉が卓上の書付へ目を落とした。


「店の名は?」


 榊が答える。


 朱莉の目が細くなった。


「……同じ店ね」


 榊が書付を見る。


「何がだ?」


「娘たちに金を渡してた男が出入りしてた店よ。二人確認できた」


 恒一郎が紙片を卓上へ置いた。


「向こうで捕らえた男たちが持ってた」


 榊が紙片を手に取り、目を細める。


「西回し、三……」


「現場にいた娘も三人だ。ただし、同じ三人を指すかは分からない」


「それでいい。決めつけるにはまだ早い」


 榊は端の印を見る。


「印の出所はあとで確かめられる」


「向こうの男は、金は城下から回ってくるとも言ってた」


 恒一郎が続ける。


「決まった奴が持ってくる、と」


 朱莉が腕を組んだ。


「娘に金を渡す人間も、小蔵へ指示を出す人間も、同じ荷問屋へつながる」


「西で娘を受け取ってた連中の紙にも、その店らしい印がある」


 榊が低く言った。


「さすがに重なりすぎだな」


「店そのものが何を知ってるかは、まだ分からない」


 恒一郎は答えた。


「宗兵衛が直接命じた証拠もない」


「呪いについて知ってる証拠もないわね」


 朱莉も続ける。


 榊が卓上の紙へ目を落とす。


「だが、娘を集める側と運ぶ側はつながった。しかも、お絹本人まで戻ってきた」


 小蔵の控え帳には、お絹の名がある。


 白波宿へ続いた記録も残っている。


 その先で本人を見つけた。


 もう、一つだけの偶然ではなかった。


「宗兵衛が何をどこまで知ってたかは、これからだ」


 恒一郎は卓上の紙を見た。


「だが、蔵前屋との関係を聞かずに終わらせるのは無理だろう」


「同感だ」


 榊が答えた。


「ここまで出れば、もう知らぬ顔はできん」


「役所は動かせる?」


 朱莉が尋ねる。


「動かす」


 榊は即答した。


 ただ、そのあと少しだけ間を置く。


「だが、全部を今すぐ上へ上げるのはまずい」


 恒一郎は榊を見る。


「杉浦か」


「名を出すのはまだ早い」


 榊の顔が険しくなる。


「蔵前屋とどこまで近いかも分からん。だが、こちらが何を掴んだか先に漏れれば、店の人間も帳面も消える」


「なら、宗兵衛に先に会う?」


 朱莉が聞いた。


「会う」


 榊が答えた。


「話を聞く。必要なら、その場で動けるようにしてな」


 恒一郎は卓上の紙を畳んだ。


「宗兵衛は?」


「蔵前屋にいる。少なくとも少し前まではな」


「逃げた様子は?」


「ない」


「逃げる理由がないと思ってるんだろう」


「おそらくな」


 金がある。


 店がある。


 役所にも顔が利く。


 宗兵衛は、これまでそれで通してきた。


 恒一郎は立ち上がった。


 朱莉がその顔を見る。


「帰ってきたと思ったら、もう行くのね」


「今度は遠くない」


「そういう意味じゃないんだけど」


 朱莉は呆れたように笑った。


 それから、少しだけ表情を改める。


「今度こそ、終わらせてきて」


「ああ」


 榊も腰を上げた。


 恒一郎は紙片を懐へしまう。


 戸口へ向かいかけて、ふと足を止めた。


「そういえば」


「何?」


「前は、向こうから呼ばれたんだったな」


 朱莉が一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。


「ええ。あなたを買うためにね」


 恒一郎は戸を開けた。


「今度はこちらから行く」

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