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人の尻拭いばかりしていた俺、江戸風異世界で「すべて」が見えるようになったので、二度目の人生は好きに生きる  作者: 若松あ太郎
第一章 花街で始める二度目の人生

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第27話 今度は、連れ帰る番だ

 恒一郎は建物の裏手へ回った。


 馬のそばに男が一人。戸口の内側には、少なくとも三人いる。


 娘たちは奥だ。


 逃げ道になりそうなのは正面と裏口の二つ。建物の周囲に、ほかの人影は見えない。


 それだけ分かれば十分だった。


 馬へ水をやっていた男が、桶を置いて立ち上がる。


「おい。何してる」


 腰へ手を伸ばした。


 刀の柄に触れるより早く、恒一郎は間合いへ入った。


 男の手首を押さえ、そのまま腕をひねる。身体が前へ崩れたところへ足を掛けると、男は土の上へ叩きつけられた。


「ぐっ――」


 起き上がろうとした背を押さえる。


「しばらく寝てろ」


 恒一郎は男の刀を抜き取り、手の届かないところへ放った。


 物音を聞きつけたのか、裏口が勢いよく開く。


「どうした!」


 出てきた男が恒一郎を見て動きを止めた。


「てめえ、誰だ!」


 答える代わりに、恒一郎は戸口へ踏み込んだ。


 中には三人。


 一人が壁際。二人が中央。


 その奥に、娘たちがいる。


 男の一人が刀へ手を伸ばした。


 恒一郎には、その肩が動いた時点で次の動きが見えていた。


 柄を握らせる前に手首を打つ。


「がっ!」


 男の手から力が抜ける。


 残る二人も動いた。


 一人は短刀。もう一人は恒一郎の横へ回ろうとしている。


 手首を打たれた男も体勢を立て直した。


 三人が同時に動く。


 恒一郎は三人を見た。


「止まれ」


 三人の身体が、その場でぴたりと止まった。


「な――」


「なんだ、これ……!」


 腕も足も動かない。


 意識はあるらしい。三人とも顔だけが青ざめていった。


 恒一郎は床へ落ちた短刀を蹴り飛ばした。


「そこで待ってろ」


「ふざけ――」


「娘たちに何かしたら、次はこれだけじゃ済まない」


 声を荒げる必要はなかった。


 男は口を閉じた。


 恒一郎はその横を通り、建物の奥へ向かった。


 薄い敷物の上に、若い娘が三人いた。


 一人は横になり、もう一人は壁へもたれている。


 残る一人には見覚えがあった。


 戸の隙間から見えた、あの娘だ。


 十七、八ほど。


 顔色は悪い。頬も少しこけている。


 恒一郎が近づくと、娘はゆっくり顔を上げた。


 年頃も、聞いていた背格好も大きく違わない。


 だが、それだけで決めつけるつもりはなかった。


「お絹か」


 娘の目がわずかに見開かれた。


「……どうして……」


「お前を探しに来た」


 娘は恒一郎の顔を見たまま、しばらく動かなかった。


「名前は?」


「……お絹、です」


「お梅を知ってるな」


 その名を聞いた瞬間、お絹の表情が変わった。


「梅ちゃん……」


 声が震える。


「梅ちゃん、無事なんですか」


「ああ。生きてる」


 お絹は目を伏せた。


 張りつめていたものが切れたように、肩が小さく震え始める。


 恒一郎はしゃがみ込み、手の届くところへ水の入った椀を置いた。


「飲めるか」


 お絹は両手で椀を持った。


 指にあまり力が入っていない。


 それでも、少しずつ水を飲む。


 横になっていた娘も目を開けていた。


「……あの」


 かすかな声がする。


「私たち……どうなるんですか」


 恒一郎は三人を見た。


「帰る」


「え……」


「ここから連れ出す」


 お絹が顔を上げる。


「……帰れるんですか」


「ああ」


 恒一郎は答えた。


「そのために来た」


 お絹は何か言おうとして、やめた。


 代わりに、椀を握ったまま何度も頷いた。


 恒一郎は三人の様子を確かめた。


 目立った怪我はない。ただ、全員ひどく疲れている。


 すぐに長い距離を歩かせるのは難しそうだった。


 外には荷車がある。


「お絹。少しだけ聞かせてくれ」


 お絹は頷いた。


「花街を出た時のことは覚えてるか」


「……少しだけ」


「男に連れ出された?」


「頼み事があるって言われて……」


 お絹は額へ手を当てた。


「その前から、ずっと身体が重くて。頭もぼんやりしてました」


「帰ろうとは思わなかったのか」


「思いました」


 答えはすぐに返ってきた。


「店に帰らなきゃって。梅ちゃんたちにも何も言ってないし……でも」


 お絹は自分の手を見る。


「気づいたら、あの人のあとを歩いてたんです」


「自分から?」


「分かりません」


 お絹は首を振った。


「嫌だったのは覚えてます。戻らなきゃって思ってたのも。でも、身体に力が入らなくて……何をしたらいいか考えてるうちに、どんどん遠くまで来てました」


 恒一郎はそれ以上聞かなかった。


「もういい。残りは帰ってからでいい」


 立ち上がる。


 そのとき、背後から男の声が飛んだ。


「そいつら連れてって、どうするつもりだ」


 止まったままの男だった。


「城下へ戻す」


「やめとけ。面倒になるぞ」


 恒一郎が振り返る。


「誰が困るんだ」


「……」


 男は黙った。


 恒一郎は男たちのそばへ戻った。


 床の端には、縄や布、水袋と一緒に、小さな銭袋と紙片がまとめて置かれている。


 紙片を一枚取った。


 日付と数、それに短い記号。


 その下に、


「西回し 三」


 とある。


 三。


 奥にいる娘の数と同じだ。


 紙の端には、小さな印が押されていた。


 商家か荷問屋のものだろう。


 どこの印かまでは、恒一郎には分からない。


「これは何だ」


 男は答えない。


 恒一郎は銭袋を持ち上げた。


「金も同じところから来るのか」


「知らねえ」


「そうか。なら、城下で調べる」


「待て」


 男が慌てたように声を上げる。


「俺たちは運んでるだけだ」


「どこから受け取った」


「……」


「娘か。金か。両方か」


 男は口を閉ざした。


 別の男が顔をしかめる。


「余計なこと言うな」


 最初の男が舌打ちした。


「金は城下から回ってくる。それだけだ」


「どこの店だ」


「知らねえ。決まった奴が持ってくる」


 恒一郎は紙片を懐へ入れた。


 ここで全部分かる必要はない。


 この紙と男の話を、城下へ持ち帰ればいい。


「分かった」


 恒一郎は男から離れた。


 奥へ戻ると、お絹が壁へ手をついて立とうとしていた。


 膝が震える。


 恒一郎はすぐそばへ行き、腕を支えた。


「無理するな」


「でも……」


「帰るのに急ぐ必要はない」


 お絹は少しだけ笑った。


「……はい」


 恒一郎は外へ目を向けた。


 裏手には荷車がある。


 疲れた馬が、水桶へ鼻先を下ろしている。


 ここまで追ってきた道を、今度は戻ることになる。


 救うべき娘たちは、もう目の前にいる。


 懐には、城下へ持ち帰る紙片もある。


 恒一郎は荷車の支度に取りかかった。


 次に向かう場所は一つだった。


 城下へ帰る。

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