第25話 隠すのは道ではなかった
古道の奥へ消えていった荷車を、恒一郎はすぐには追わなかった。
車輪の音が少し遠ざかるのを待ち、それから木立を抜ける。
道は狭く、左右から伸びた枝が幌の高さで折れている。地面には、新しい轍が古い跡へ重なるように続いていた。
恒一郎は距離を詰めすぎない。
姿が見えなくても、しばらくは車輪の音が聞こえていた。
坂を上り、緩い曲がりへ差しかかったところで、その音が途切れた。
恒一郎は足を止める。
前へ続く道に、荷車の姿はない。
急いで追えば、曲がりの先で鉢合わせるかもしれない。
恒一郎は道の端へ寄り、足元を見る。
本道には幾つもの古い轍が残っている。
だが、右手の草むらだけが新しく押し倒されていた。
その奥には細い脇道がある。
人ひとりの道にしては広く、小さな荷車ならどうにか通れそうだった。
恒一郎はそちらへ入った。
細道は少し上り、やがて木々の隙間から下が見える場所へ出た。
その先を、幌付きの荷車が進んでいた。
恒一郎は走らず、そのまま距離を保った。
荷車は妙な進み方をした。
道が広くなっても速度を上げない。
むしろ開けた場所へ出る手前で、一度止まった。
馬を休ませる様子はない。
御者も降りない。
恒一郎は少し離れた場所から周囲を見る。
先の畑道を、鍬を担いだ男が一人歩いていた。
男が脇の農家へ入り、姿が見えなくなる。
ほどなくして、荷車が動き出した。
恒一郎の目が細くなる。
次の人家が見えるところでも、荷車は林の陰へ寄った。
近くを通る荷車を一台やり過ごし、相手が見えなくなってから、また動く。
「……道を隠してるだけじゃないな」
恒一郎は小さく呟いた。
古道そのものを知られたくないだけなら、ここまで人の動きを気にする必要はない。
見られたくないのは、道よりも荷車そのものらしい。
荷車はさらに西へ向かった。
陽が傾くにつれ、木々の影が長くなる。
古道は次第に下りへ変わり、やがて前方に少し広い道が見えてきた。
人の声もする。
馬の蹄と、別の車輪の音も聞こえた。
恒一郎は木陰から先を窺う。
古道の出口の向こうには、これまでとは違う道があった。
道幅が広い。
荷を積んだ車が行き交い、徒歩の旅人もいる。
古道から来た荷車は、すぐにはそこへ出なかった。
林の陰で止まる。
荷車を一台、続けてもう一台やり過ごしてから、ようやく広い道へ出た。
ただし、長くは進まない。
少し先の、荷車が何台か止まっている場所へ入っていった。
粗末な屋根。
馬を繋ぐ柵。
積み上げられた木箱と薪束。
ほかにも二台の荷車が止まっている。
荷を継ぐ場所らしい。
怪しい場所には見えない。
恒一郎は道を外れ、少し高くなった土手から様子を見た。
問題の一台から御者が降りる。
荷継ぎ場にいた男が近づいてきた。
「遅かったな」
「人が多かった」
「もう暗くなるぞ」
「だから来たんだろ」
それ以上の話はせず、二人は荷車へ手をかける。
まず、幌を留めていた縄を外した。
布が畳まれ、荷台の横へ寄せられる。
次に別の男が、近くに積んであった木箱を二つ運んできた。
さらに薪束が一つ。
それらを荷台へ載せる。
やがて御者も別の男に替わった。
恒一郎は黙って見ていた。
先ほどまで古道を走っていた幌付きの小荷車は、もうどこにでもいる商いの荷車にしか見えない。
恒一郎は荷継ぎ場の向こうを行く車列へ目を移す。
似たような荷車が何台も走っている。
あの姿なら、街道では誰も気に留めない。
男たちの声が聞こえた。
「今朝のは?」
「もう出た」
「ずいぶん早いな」
「向こうが急がせたらしい」
恒一郎の視線が止まる。
古道の小屋で聞いた言葉が頭に浮かぶ。
今朝のは、もう出した。
白波宿。
途中の分かれ。
古道の小屋。
そして、ここ。
今朝、この流れで運ばれたものがある。
もう一人の男が訊いた。
「次も同じ方か?」
「知らん」
「聞いてないのか?」
「ここから先は向こうの仕事だ。俺たちは持ってきたのを回すだけだよ」
男は面倒そうに手を振った。
それ以上は誰も話さない。
恒一郎は荷継ぎ場へ目を戻した。
白波宿で話を聞いた御者も、その先までは知らなかった。
古道の小屋にいた男たちも、その先については口にしていない。
そして、ここにいる男も「向こうの仕事だ」と言う。
偶然とは考えにくい。
運ぶ者ごとに、知っている範囲が分かれている可能性が高かった。
やがて、木箱と薪を載せた荷車が動き始めた。
男たちは見送りもしない。
特に気に留める様子もなかった。
荷車は広い道へ出る。
前には米俵を積んだ荷車が走り、後ろからは炭俵を載せた車が続いてきた。
問題の一台は、その間へ紛れるように西へ進んでいく。
恒一郎はその背を見つめた。
ここまでは、人目を避けて運ぶ。
ここから先は、人目の中へ入っていく。
「……ここから先は、隠れないのか」
今朝の便は、もうこの先へ出ている。
しかも、同じ姿のまま進んでいるとは限らない。
街道の先へ、似たような荷車が何台も消えていく。
恒一郎はその流れへ目を向けた。
この先で、今朝の便の行方をもう一度掴まなければならない。




