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人の尻拭いばかりしていた俺、江戸風異世界で「すべて」が見えるようになったので、二度目の人生は好きに生きる  作者: 若松あ太郎
序章 今度は、俺が選ぶ

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第2話 どうやら、見ただけで分かるらしい

 知るはずのないことが、分かる。


 志堂恒一郎は、街道を見下ろしたまま目を細めた。


 倒れた駕籠。


 散乱した荷物。


 刀を手にした男たち。


 そして、その中心にいる赤い着物の女。


 見ているだけなのに、次々と情報が頭へ入ってくる。


 正面の男。


 四十前後。


 右脚を痛めている。


 刀は持っているが、握りが甘い。


 左の男は若い。


 力はありそうだが、喧嘩慣れしているだけで剣術の心得はほとんどない。


 後ろに三人。


 街道脇の林に二人。


 全部で七人。


「……なんで分かるんだ?」


 思わず呟く。


 知り合いでもなければ、以前見たことがあるわけでもない。


 なのに、分かる。


 いや。


 正確には――見えている、と言った方が近い。


 視界に入ったものの中から、必要なことだけが勝手に浮かび上がってくる。


 恒一郎は地面へ目を落とした。


 街道に残ったいくつもの足跡。


 新しいもの。


 古いもの。


 野盗たちは林から出てきたらしい。


 そのうち一人だけ、草履の減り方が違う。


 右脚をかばって歩いている男だ。


「……なるほど」


 見えている情報と、実際の痕跡が一致する。


 偶然ではなさそうだ。


 白衣の存在の言葉を思い出す。


『世界の方を、お前に従わせてみるがいい』


 あれが、この妙な感覚と関係しているのか。


 まだ分からない。


「おい!」


 街道から怒鳴り声が飛んだ。


 野盗の一人が、赤い着物の女を睨みつけている。


「いつまで黙ってやがる! さっさと来い!」


 女は答えない。


 口元を薄布で覆っているため、表情のすべてまでは読めない。


 だが、怯えて縮こまっているようには見えなかった。


 男たちの位置を確認している。


 逃げ道を探している。


 時間を稼いでいる。


「へえ」


 恒一郎は少し感心した。


 ただ守られるだけの女ではないらしい。


 そのときだった。


 地面に倒れていた男が、苦しそうに身体を起こした。


「朱莉様……お逃げを……」


「寝ていなさい!」


 女――朱莉が鋭く言う。


 初めて聞いた声は、よく通った。


 艶がある。


 だが、それ以上に強い芯を感じさせる声だった。


「逃げろったって、どこへ逃げるんだよ」


 野盗の一人が笑った。


「道は塞いである。連れもその有様だ」


 男は倒れている者たちを顎で示す。


 三人。


 一人は腕を斬られている。


 もう一人は頭を打って気を失っている。


 残る一人も腹を押さえ、まともに動けそうにない。


 ただし、全員生きている。


 それも恒一郎には、なぜか分かった。


「荷なら好きに持っていけばいいでしょう」


 朱莉が言った。


「金も反物もあるわ」


「そんなもんは後でいい」


 男が下卑た笑みを浮かべる。


「俺たちが欲しいのは、お前だ」


 恒一郎の目つきが変わった。


 やはり。


 先ほど感じた通りだ。


 ただの追い剥ぎではない。


 朱莉だけを狙っている。


「ずいぶん熱烈な客ね」


 朱莉は皮肉っぽく言った。


「でも残念。私は安くないの」


「値段の話じゃねえんだよ」


 男が苛立ったように舌打ちする。


「蔵前屋の旦那が、お前を連れてこいとよ」


 朱莉の目が、ほんのわずかに細くなった。


 一瞬だけ。


 それだけだったが、恒一郎には見えた。


 驚き。


 警戒。


 そして、どこか納得したような色。


「蔵前屋、ね」


 恒一郎は小さく呟いた。


 知らない名前だ。


 だが、その名を聞いた朱莉の反応を見る限り、ろくでもない相手なのは間違いなさそうだった。


「ずいぶん回りくどい真似をするのね」


 朱莉が言う。


「話があるなら、堂々と店へ来ればいいでしょう」


「旦那は何度も話をしただろうが」


「私は何度も断ったはずよ」


「だから、こうなったんだよ!」


 男が怒鳴った。


 事情はだいたい見えた。


 朱莉を欲しがっている男がいる。


 朱莉は拒絶した。


 だから手下を使って、無理やり連れてこようとしている。


 実に分かりやすい。


 そして、実に気に入らない。


「さて」


 どうするか。


 一度目の人生なら。


 関わるべきではない、と考えただろう。


 自分の問題ではない。


 面倒ごとは避けた方がいい。


 そうやって生きてきた。


 だが――。


『今度は、お前が人生を選べ』


 あの言葉が脳裏をよぎる。


「……そうだったな」


 もう、誰かの都合で動く必要はない。


 逆に言えば。


 助けたいと思ったなら、助けてもいい。


 それも自分で決めていいのだ。


「嫌がる女を七人がかりで攫う、か」


 恒一郎はため息をついた。


「趣味が悪いな」


 そのまま斜面を下り始める。


 草を踏む音に気づき、男の一人が振り返った。


「あ?」


 全員の視線が恒一郎へ集まる。


「誰だ、てめえ」


「通りすがり」


「……は?」


「俺もまだ、この辺りの地名すら知らないんでね」


 恒一郎は街道へ降り立った。


 嘘ではない。


 転生して、まだろくに時間も経っていないのだから。


 朱莉もこちらを見ていた。


 近くで見ると、やはり目を引く女だった。


 艶やかな黒髪。


 白い肌。


 口元を薄布で覆っていても、整った目元だけで美人だと分かる。


 そして何より。


 目が強い。


 ただ助けを待つだけの女ではない。


「あなた」


 朱莉が言った。


「関係ないなら、行きなさい」


「ずいぶん優しいな」


「相手は五人いるのよ。あなた一人でどうにかできる相手じゃないわ」


「いや」


 恒一郎は首を振った。


「七人だ」


「……え?」


 朱莉の眉が動いた。


 目の前にいるのは五人。


 残る二人は、まだ姿を見せていない。


 恒一郎は街道脇の林へ目を向けた。


「そこの木の陰に二人いるだろ」


 一瞬。


 空気が止まった。


 次いで、林の中で草が揺れた。


「なっ……」


 野盗の一人が顔色を変える。


 朱莉も驚いたように恒一郎を見る。


「どうして……分かったの?」


「それは俺も知りたいところだ」


 恒一郎は軽く肩をすくめた。


 だが今は、それより先にやることがある。


 正面の男を見る。


 右脚。


 古傷。


 体重を左へ寄せている。


 刀を抜けば、大振りになる。


 そして、男の懐。


 何かを隠し持っている。


 紙。


 折り畳まれた書状らしい。


 なぜか、それが今の襲撃に関わるものだと感じる。


「……そこまで分かるのかよ」


 思わず声が漏れた。


「何がだ?」


 男が睨む。


「いや、こっちの話だ」


 恒一郎は頭を掻いた。


 まだ、この力が何なのかは分からない。


 ただ。


 目の前の男が、何かを隠している。


 そして朱莉を攫うためにここへ来た。


 それだけ分かれば十分だった。


「蔵前屋から金をもらってるのは本当らしいな」


「……!」


 男の顔色が変わった。


 恒一郎はその反応を見逃さない。


「当たりか」


「てめえ、何者だ」


「それは俺も知りたいところなんだよ」


「ふざけやがって!」


 男が刀を抜く。


 続いて周囲の男たちも構えた。


 朱莉が息を呑む。


「馬鹿! 本当に殺されるわよ!」


「大丈夫」


 恒一郎は七人を見回した。


 不思議なくらい怖くない。


 どこから斬りかかってくるのか。


 誰が最初に動くのか。


 誰が強がっているだけなのか。


 なんとなく、分かる。


 いや。


 はっきり見えている。


 右から来る。


 二歩踏み込む。


 次に左。


 後ろの男は腰が引けている。


 林の二人は、まだ動かない。


 この場で一番腕が立つのは――。


「お前か」


 恒一郎が一人の男を見る。


 それまで黙っていた痩せた男だった。


 その男だけが、わずかに構えを変える。


「……気に入らねえ目をしやがる」


「そうか?」


「全部分かってるみてえな顔だ」


 恒一郎は少し笑った。


「俺も、そう思い始めてるところだ」


「抜かせ!」


 男が地面を蹴った。


 速い。


 他の連中とは明らかに違う。


 朱莉の顔から余裕が消えた。


「避けて!」


 白刃が恒一郎へ迫る。


 だが。


 その刀がどこを通るのか、恒一郎には分かっていた。


「遅いな」


 身体を半歩ずらす。


 刃が鼻先を通り過ぎた。


「なっ――」


 男が目を見開く。


 恒一郎はその手首を掴んだ。


 どこを押さえれば刀を落とすか。


 どう捻れば力が抜けるか。


 それも見える。


 手首を返す。


「ぐあっ!」


 刀が地面へ落ちた。


 恒一郎は自分でも驚いた。


 前世で格闘技などやったことはない。


 それなのに、相手の弱いところが分かれば、身体が自然にそこへ動く。


「便利だな、これ」


「て、てめえ……!」


 男を突き放す。


 野盗たちが後ずさった。


 だが、逃げるつもりはないらしい。


 むしろ、一斉に囲もうとしている。


「面倒だな」


 恒一郎は息を吐いた。


 七人。


 一人ずつ相手にしても、おそらく勝てる。


 それは分かる。


 ただ――。


 もっと簡単な方法はないのか。


 ふと、あの存在の言葉を思い出した。


『世界の方を、お前に従わせてみるがいい』


 世界の方を。


 従わせる。


「……まさかな」


 恒一郎は呟いた。


「何ぶつぶつ言ってやがる!」


 正面の男が刀を振り上げた。


 三人が同時に踏み込んでくる。


 朱莉が叫ぶ。


「危ない!」


 恒一郎は迫ってくる男たちを見た。


 そして。


 ほとんど反射的に、口を開いた。


「――止まれ」


 その一言が、街道に響いた。

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