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人の尻拭いばかりしていた俺、江戸風異世界で「すべて」が見えるようになったので、二度目の人生は好きに生きる  作者: 若松あ太郎
第一章 花街で始める二度目の人生

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第16話 俺を消したいらしい

「捕まえろ!」


 お梅を訪ねてきた男が叫んだ。


 その前にいた三人が、棒を手に一斉に踏み込んでくる。


 恒一郎は朱莉の前に立ったまま、動かない。


「止まれ」


 ぴたり。


 三人の身体が同時に固まった。


「なっ……」


 お梅を訪ねてきた男が反射的に後ろへ下がろうとする。


 だが、その身体も動かなかった。


 四人まとめて止まっている。


 振り下ろしかけた棒も、踏み込んだ足も、そのままだ。


 恒一郎は少し首を傾げた。


「やっぱり、これは効くんだな」


「今、確かめたの?」


 後ろから朱莉の呆れた声がする。


「まあ」


「私を後ろに置いた状態で?」


「効かなかったら、俺が止めるつもりだった」


「そういう問題じゃないわよ」


 四人の顔から、みるみる血の気が引いていく。


 入口近くで止まっている男が、声を震わせた。


「ば、化け物……」


「失礼だな」


 恒一郎は男を見る。


「人の店を覗いて、棒持って囲んだ側に言われたくないな」


 男は答えなかった。


「それより、あれは何?」


 恒一郎が棚を指す。


「知らねえ」


「即答だな」


「本当に知らねえ!」


 嘘かどうかまでは分からない。


「じゃあ、もう一つ。お梅に何を頼むつもりだった?」


 男の顔が強張った。


「何の話だ」


「今日、店に行っただろ」


「知らねえな」


「顔を覚えられてるぞ」


 男は黙った。


 恒一郎は小さく息を吐く。


「嘘、下手だな」


     ◇


「誰に頼まれた?」


 恒一郎が聞く。


 男は黙ったままだ。


「蔵前屋か?」


「……」


「答えたくないなら、それでもいい」


「何?」


「別のことを聞く」


 恒一郎が男を見たまま言った。


「お絹を知ってるか?」


 男の表情が変わった。


 ほんの一瞬だったが、今度は朱莉も気づいたらしい。


「知ってるのね」


「知らねえ!」


「今の顔で?」


 朱莉の声が冷たくなる。


「花街で何年、男の顔を見てきたと思ってるの」


 男が舌打ちした。


 恒一郎は少し感心する。


「それ、便利だな」


「あなたに言われたくないわ」


 止められた男たちの一人が、必死に声を絞り出した。


「た、助けてくれ……」


「別に殺す気はないよ」


「だったら、動けるようにしてくれ……」


「もう少しそのままで」


「何でだ!」


「襲ってきたから」


「そりゃそうよ」


 朱莉が当然のように言った。


 恒一郎は、入口近くで固まったままの男へ視線を戻す。


「お絹はどこ?」


「知らねえ」


「じゃあ、誰なら知ってる?」


「知らねえって!」


「その答えばっかりだな」


 恒一郎が男の前まで歩いていく。


「……言っとくが、こんなことして、ただで済むと思うなよ」


「蔵前屋が何かするのか?」


「蔵前屋を敵に回して、この町で生きていけると思うな」


「役所にも顔が利くってこと?」


 男は鼻で笑った。


「商売ってのはな、金だけでやるもんじゃねえんだよ」


 それ以上は言わなかった。


 昼間、榊と一緒に現れた杉浦の顔が、恒一郎の頭に浮かぶ。


 役所勤めを名乗りながら、妙にこちらの情報を欲しがっていた男だ。


 だが、ここで蔵前屋と結びつけるにはまだ早い。覚えておけばいい。


「それで?」


「何がだ」


「俺をどうするって?」


 男の口元が歪んだ。


「お前みたいなのはな、消そうと思えばいつでも消せるんだよ」


 蔵の中が静かになった。


 朱莉の表情が変わる。


 恒一郎だけが少し首を傾げた。


「俺を?」


「そうだ」


「ずいぶん嫌われたな」


「笑ってられるのも今のうちだ」


「そうか」


 恒一郎は、それ以上相手にしなかった。


     ◇


「じゃあ、話を戻そう」


 恒一郎は棚に並ぶ紙を一度見てから、男へ視線を戻した。


「お前は何をしてる?」


「何のことだ」


「お梅のところへ行った。お絹の名前も知ってる。偶然で済ませるには多すぎるだろ」


 男は黙り込んだ。


「誰かに言われて娘を探してるのか?」


 沈黙が続く。


 外から、人の声がかすかに聞こえ始めた。


 時間はあまりなさそうだ。


「……連れて来いって言われただけだ」


 男が吐き捨てるように言った。


 朱莉の目が細くなる。


「誰を?」


「指定された娘だ」


「誰に指定されるの?」


「知らねえ」


「本当に?」


「名前と店を教えられる。俺は話をつけて、連れて行くだけだ」


「どこへ?」


 男が口を閉じる。


 先ほどまでなら、すぐに「知らない」と言っていた。


 恒一郎はそれを待った。


 しかし、否定は来ない。


「……そこは知ってるんだな」


「言えるか」


「町の中?」


 返事はない。


「町の外?」


 男は黙ったままだった。


 朱莉が恒一郎を見る。


 恒一郎は断定せず、男に言った。


「少なくとも、すぐ否定できる場所じゃないらしい」


「勝手に決めつけんな」


「決めつけてないよ。だから確認してる」


 男が忌々しそうに恒一郎を睨んだ。


 今分かったのは、娘を連れ出す役が実際にいること。


 そして、その行き先をこの男は知っているらしいこと。


 それで十分だった。


     ◇


「おい! どうした!」


 外から声がした。


 足音も増えている。


 一人や二人ではない。


 朱莉が入口を見る。


「まだ来るわよ」


「そうだな」


 恒一郎も周囲を見回した。


 四人はまだ、それぞれ止められた姿勢のままだ。


 さすがに、ここで何人も相手にする意味はない。


 恒一郎は蔵の奥へ視線を向けた。


 入った時から、一か所だけ気になっていた。


 奥に積まれた荷。


 その下だけ、土の擦れ方が違う。


 何度も荷を動かしている跡だ。


「朱莉」


「何?」


「奥」


 二人で荷のそばへ移動する。


「これ?」


「ああ。ここだけ地面が擦れてる」


 恒一郎が木箱へ手をかける。


「動かすぞ」


 二人で音を立てないよう箱をずらす。


 その後ろから、小さな戸が現れた。


 朱莉が目を丸くする。


「よく分かったわね」


 恒一郎は戸に手をかけた。


 鍵はない。


 押すと、わずかに夜気が入ってきた。


 外へ続いている。


「使えそうだ」


 背後から男が声を上げた。


「待て!」


 恒一郎が振り返る。


「何?」


「そこから出たって、逃げられると思うなよ」


「別に逃げるつもりはないよ」


「は?」


「今日は帰るだけ」


 男が言葉を失う。


「朱莉、先に」


「今度は命令?」


「お願い」


「なら聞く」


 朱莉が小さく笑い、戸をくぐった。


 恒一郎は最後に棚を振り返る。


 女たちの名前。黒い染み。伸びる糸。そして、朱莉の名前。


 まだ分からないことばかりだ。


 だが、少なくとも娘を連れ出す人間はいる。


 そして、自分たちがかなり深いところまで踏み込んだことも分かった。


 だから向こうも、放っておく気はない。


『お前みたいなのはな、消そうと思えばいつでも消せるんだよ』


 恒一郎は小さく笑った。


「俺を消したいらしい」


 前の人生なら、厄介ごとの方から寄ってくるたび、心底うんざりしていただろう。


 今は違う。


 これは、自分で首を突っ込んだ。


 だったら。


「最後まで付き合うか」


 背後で、蔵の扉が開く音がした。

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