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『三法師ですが、羽柴秀信にはなりません! ~史実を知る三歳児、織田家を残すために大名たちとお話しします~』  作者: ほまれ


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9/15

第九話 十通の手紙

お読みいただきありがとうございます。

是非最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。


 その夜。

 大坂。

 秀吉が築き始めた城は。

 まだ完成には程遠かった。

 石垣の向こうでは。

 夜遅くまで人夫たちが働いている。

 槌の音。

 木材を運ぶ音。

 兵たちの声。

 そのすべてが。

 遠くから聞こえていた。

 俺は。

 その一室で眠っていた。

 上杉景勝。

 北条氏政。

 徳川家康。

 そして。

 秀吉。

 今日一日だけでも。

 俺は。

 前世で名前だけ知っていた人間たちと。

 何人も顔を合わせた。

 少し疲れていたのだと思う。

     *

「三法師様!」

 突然。

 襖が開いた。

「……ん?」

 眠たい目を開ける。

 そこにいたのは。

 長谷川秀一だった。

 いつも落ち着いている秀一が。

 珍しく息を切らしている。

「どうしたの?」

「急ぎの知らせにございます」

「信雄叔父さん?」

 秀一が。

 頷いた。

「はい」

 俺は。

 眠気が一気に消えた。

     *

「羽柴秀吉殿から」

 秀一は。

 一通の書状を差し出した。

「織田信雄様へ。

 講和を促す書状が届いたとのことです」

「講和……」

 俺は。

 書状を見る。

「内容は?」

「信雄様に対して」

 秀一が。

 慎重に言葉を選ぶ。

「三法師様の身を案じるのであれば。

 これ以上、戦を続けるべきではない。

 そのような内容にございます」

 俺は。

 黙った。

     *

 秀吉が。

 俺を使った。

 いや。

 正確には。

 俺の存在を。

 信雄叔父さんへの圧力に使った。

 分かっていた。

 秀吉は。

 俺を殺すつもりはない。

 むしろ。

 織田家の当主として。

 俺を利用したい。

 だからこそ。

 俺の命を。

 信雄叔父さんの弱点として使う。

「……信雄叔父さん」

 俺は。

 呟いた。

     *

 秀一は。

 続けた。

「さらに」

「まだあるの?」

「はい」

「信雄様は。

 かなり思い悩んでおられるとのことです」

 俺は。

 黙って聞いた。

「徳川家康殿とともに。

 このまま戦を続けても。

 仮に勝利したとして。

 織田家が家康殿の影響下に入る可能性が高い」

「……」

「しかし。

 敗北すれば」

 秀一の声が。

 少し低くなる。

「秀吉殿によって。

 織田家そのものを潰されるのではないかと」

 俺は。

 布団の上で。

 小さな手を握った。

     *

 信雄叔父さんは。

 挟まれている。

 秀吉と戦えば。

 家康の力を借りるしかない。

 家康に勝ってもらえば。

 今度は。

 織田家が徳川の影響下に入る。

 秀吉に負ければ。

 織田家そのものが消える。

 しかも。

 俺がいる。

 織田家の嫡流。

 三法師。

 俺の未来を考えれば。

 信雄叔父さんが。

 秀吉の講和を受け入れようとするのも。

 当然だった。

     *

「……信雄叔父さん」

 俺は。

 小さく呟いた。

「俺のために」

 戦を終わらせようとしている。

 でも。

 それでは駄目だ。

 信雄叔父さんが。

 織田家を守ろうとして。

 秀吉に実権を渡す。

 その未来は。

 俺の知っている歴史へ。

 また一歩近づいてしまう。

     *

「秀一」

「はい」

「お願いがある」

「何でございましょう」

「清洲へ行く」

 秀一の目が。

 大きく開いた。

「今から、でございますか?」

「うん」

「しかし……」

「信雄叔父さんに会う」

 俺は。

 布団から降りた。

 足元がふらつく。

 それでも。

 立った。

「急がないと」

「三法師様」

「お願い」

 秀一は。

 しばらく俺を見ていた。

 そして。

 深く頭を下げた。

「承知いたしました」

     *

「それと」

「はい」

「これを持っていく」

 俺は。

 机の上に置かれた書状の束を指差した。

 秀一が。

 怪訝そうな顔をする。

「……これは?」

「十通」

「十通?」

「うん」

 俺は。

 その束を。

 小さな手で押さえた。

「信雄叔父さんに見せる」

 秀一は。

 書状を一通ずつ確認した。

 差出人。

 丹羽長秀。

 長谷川秀一。

 福富秀勝。

 前田玄以。

 佐々行政。

 矢部家定。

 滝川一益。

 前田利家。

 上杉景勝。

 北条氏政。

 十人。

 十通。

     *

「これを」

 俺は。

 秀一を見る。

「絶対に無くさないで」

「命に代えても」

「うん」

 俺は。

 頷いた。

「じゃあ」

 俺は。

 小さな胸を張った。

「信雄叔父さんを助けに行こう」

     *

 大坂から。

 清洲へ。

 俺たちは急いだ。

     *

 清洲城。

 その頃。

 信雄は。

 一人。

 机の前に座っていた。

 目の前には。

 秀吉から届いた書状。

 そして。

 家康からの報告。

 どちらを選んでも。

 織田家が危うい。

「……どうすればいい」

 信雄は。

 頭を抱えた。

 父。

 信長。

 兄弟たち。

 そして。

 三法師。

 織田家を守りたい。

 ただ。

 それだけだった。

「三法師を」

 信雄は。

 目を閉じた。

「路頭に迷わせるわけにはいかぬ」

 だから。

 秀吉の申し出を。

 受けようとしていた。

     *

「信雄様」

 家臣が。

 声を掛ける。

「御休みになられては?」

「眠れるものか」

 信雄は。

 答えた。

「儂が戦を始めた」

「……」

「このまま勝てば。

 家康の力を借りることになる」

「……」

「負ければ。

 秀吉に織田家を奪われる」

 信雄は。

 拳を握った。

「どちらに転んでも。

 織田家が残る保証などない」

 そして。

「それならば」

 秀吉の書状を見る。

「せめて三法師だけでも守らねば」

     *

 そこへ。

「信雄様!」

 外から。

 慌ただしい声が聞こえた。

「何だ!」

「三法師様がお見えです!」

「……何?」

 信雄が。

 立ち上がった。

     *

 襖が開く。

「信雄叔父さん」

「三法師……?」

 信雄は。

 目を疑った。

 目の前にいるのは。

 大坂にいるはずの。

 三法師。

 その小さな体が。

 長谷川秀一に支えられて立っている。

「なぜ……」

「来た」

「いや。

 なぜここへ?」

「信雄叔父さん」

 三法師は。

 信雄を見た。

「秀吉さんから。

 手紙、来た?」

「……」

 信雄は。

 答えられなかった。

 その反応だけで。

 三法師には分かった。

     *

「信雄叔父さん」

「何だ」

「秀吉さんと。

 家康さん。

 呼んで」

「……何?」

「二人とも」

「ここへ呼べと?」

「うん」

 信雄は。

 呆然とした。

「三法師。

 これは子供の遊びではない」

「遊びじゃないよ」

 三法師は。

 まっすぐ信雄を見る。

「織田の話をする」

     *

 やがて。

 信雄の命によって。

 秀吉と家康へ。

 使者が送られた。

 当然。

 二人とも。

 簡単には応じなかった。

 だが。

 その使者が。

「三法師様がお呼びです」

 と告げると。

 二人とも。

 その意味を考えた。

 そして。

 やがて。

 二人が。

 清洲へ姿を現した。

     *

 部屋の中央。

 信雄。

 その隣に。

 三法師。

 向かいには。

 羽柴秀吉。

 徳川家康。

 そして。

 長谷川秀一。

 その後ろには。

 まだ。

 誰もいない。

     *

「三法師様」

 秀吉が。

 口を開いた。

「このような場所で。

 いったい何を?」

「話」

「何のお話でしょう」

「織田の話」

 秀吉の笑顔が。

 少しだけ固まった。

 家康は。

 黙って三法師を見ている。

     *

 三法師は。

 信雄を見る。

「信雄叔父さん」

「うむ」

「戦を始めた」

「……」

「だから」

 三法師は。

 秀吉と家康を見る。

「責任を取る」

 秀吉が。

 眉を動かした。

「責任?」

「うん」

 三法師は。

 続けた。

「信雄叔父さんは。

 織田家の実権を。

 秀吉さんと家康さんに渡す」

「……!」

 秀吉の顔が。

 変わった。

「そして」

 三法師は。

 自分の胸を指差した。

「俺は。

 三法師として。

 織田を残す」

「三法師様?」

「岐阜」

 地図を広げる。

「尾張」

「……」

「北伊勢」

 そして。

「ここを。

 俺の織田にする」

 秀吉は。

 完全に黙った。

     *

「お待ちください」

 秀吉が。

 初めて焦った声を出した。

「三法師様。

 それでは……」

「何?」

「織田家の実権を。

 そのように分けるなど」

「秀吉さん。

 欲しいんでしょ?」

「……」

「織田の実権」

 秀吉は。

 言葉を失った。

     *

 家康が。

 静かに口を開いた。

「三法師様」

「はい」

「なるほど。

 面白いお考えです」

 秀吉が。

 家康を見る。

「家康殿」

 家康は。

 気にせず続ける。

「ですが」

「うん」

「三法師様。

 これからは。

 信長公の御威光を。

 今までのように利用することはできませぬぞ」

「うん」

「織田家の実権を手放せば。

 周囲は。

 三法師様を守る理由を失います」

「……」

「すぐに。

 どこかの大名が攻めてくるかもしれませぬ」

 家康は。

 静かに尋ねた。

「その時。

 三法師様は。

 どうなされます?」

 俺は。

 少し考えた。

 そして。

 笑った。

「その時は」

 家康を見る。

「助けてよ」

「……」

 家康の目が。

 少し細くなる。

 三法師は。

 笑っていた。

     *

「では」

 家康が。

 続けた。

「もし」

「うん」

「我らが。

 三法師様を攻めたなら?」

 笑顔が。

 消えた。

「……」

 俺は。

 家康を見た。

 秀吉も。

 信雄も。

 黙っている。

 俺は。

 ゆっくり振り返った。

     *

「長谷川」

「はい」

「開けて」

「承知しました」

 秀一が。

 後ろの襖へ手を掛ける。

 ゆっくり。

 開いた。

     *

 そこに。

 人がいた。

 先頭に。

 丹羽長秀。

 その後ろに。

 前田利家。

 滝川一益。

 さらに。

 上杉景勝。

 北条氏政。

     *

 秀吉の顔から。

 笑みが消えた。

「……これは」

 家康は。

 しばらく黙っていた。

 そして。

 小さく笑った。

「なるほど」

 三法師は。

 二人を見る。

「攻めたら」

 小さな手を。

 上杉へ向ける。

「上杉さん」

 次に。

 北条を見る。

「北条さん」

「困るよね」

 氏政が。

 一歩前へ出た。

     *

「羽柴秀吉殿」

 氏政は。

 静かに言った。

「徳川家康殿」

 二人を見据える。

「我ら北条は」

 一拍置いて。

「越後の上杉とともに。

 三法師様との三国同盟を結んでおります」

「……!」

 秀吉が。

 息を呑んだ。

 家康は。

 目を細める。

     *

「我らが三法師様を攻めれば」

 家康が。

 小さく笑った。

「越後と相模から。

 挟み撃ちですな」

 景勝は。

 黙っている。

 だが。

 否定もしない。

 利家も。

 滝川も。

 丹羽も。

 誰も動かない。

 ただ。

 三法師の後ろに。

 立っている。

     *

 秀吉は。

 考えていた。

 岐阜。

 尾張。

 北伊勢。

 そこだけなら。

 たいした脅威ではない。

 しかし。

 その背後に。

 上杉。

 北条。

 さらに。

 滝川。

 利家。

 丹羽。

 織田家臣団。

 それがいる。

 そして。

 自分が今。

 まさに戦っている相手。

 徳川家康までいる。

 この小さな子供を。

 敵に回す意味が。

 想像以上に大きい。

     *

 先に動いたのは。

 家康だった。

「三法師様」

「はい」

「一つ。

 お願いがございます」

「なに?」

 家康は。

 静かに頭を下げた。

「その同盟に」

 一拍。

「我らも加えていただけませぬか」

「……」

 秀吉が。

 振り向く。

「家康殿?」

 家康は。

 続ける。

「三法師様の御領地を。

 我らが攻める必要はない」

「……」

「それどころか。

 織田家を残すという御考えには。

 我らも賛同いたしましょう」

 そして。

「実権については」

 家康が。

 秀吉を見る。

「秀吉殿にお譲りすればよい」

「なっ……」

 秀吉が。

 絶句する。

     *

「もちろん」

 家康は。

 三法師を見る。

「徳川も。

 三法師様の御敵にはなりませぬ」

「……」

「これで。

 よろしいのでは?」

 俺は。

 しばらく。

 家康を見ていた。

 そして。

 笑った。

     *

「本当?」

「はい」

「ありがとう」

 俺は。

 嬉しくなった。

「こちらこそ。

 頼むよ」

 家康は。

 深々と頭を下げた。

     *

 秀吉は。

 まだ黙っている。

 だが。

 やがて。

 ゆっくりと息を吐いた。

「……三法師様」

「うん」

「まことに。

 お強くなられましたな」

 俺は。

 首を傾げた。

「そう?」

「はい」

 秀吉は。

 笑った。

 ただし。

 その笑顔の奥には。

 複雑なものがあった。

     *

 こうして。

 信雄は。

 織田家の実権を手放した。

 秀吉と。

 家康。

 二人に。

 その権限を譲る。

 そして。

 三法師は。

 岐阜を中心として。

 尾張。

 北伊勢。

 その三地域を基盤とする。

 新たな織田家を残した。

     *

 表面だけを見れば。

 秀吉は。

 織田家の実権を手に入れた。

 歴史は。

 また。

 俺の知っている形に戻ったようにも見える。

 けれど。

 決定的に違う。

     *

 秀吉は。

 織田家の実権を手に入れた。

 だが。

 織田家そのものを。

 完全には飲み込めなかった。

 その東には。

 徳川。

 さらに東には。

 北条。

 北には。

 上杉。

 そして。

 その中心に。

 岐阜。

 尾張。

 北伊勢を持つ。

 俺の織田家がある。

     *

 越後から北陸。

 美濃から尾張。

 東海。

 そして関東。

 それぞれの大名を。

 俺は。

 まだ直接支配していない。

 領地だって。

 大したものじゃない。

 兵力だって。

 秀吉には到底及ばない。

 それでも。

 一本の線が。

 できた。

 俺を中心として。

 大名たちを繋ぐ。

 一本の線が。

     *

 俺は。

 ふと。

 秀吉を見た。

 家康を見る。

 信雄を見る。

 そして。

 後ろにいる仲間たちを見る。

 丹羽長秀。

 前田利家。

 滝川一益。

 上杉景勝。

 北条氏政。

 みんな。

 俺を見ている。

     *

「……これなら」

 俺は。

 小さく呟いた。

「長生きできるかな」

 誰にも聞こえない声だった。

     *

 前世の俺は。

 三法師の記事を書いた。

 その後の人生を。

 ろくに知らないまま。

 記事にした。

 まさか。

 自分が。

 その三法師になるなんて。

 思いもしなかった。

 まして。

 その人生を。

 自分で変えることになるなんて。

     *

 俺は。

 まだ三歳。

 でも。

 今日。

 初めて。

 歴史を。

 一つだけ。

 大きく変えた。

     *

 秀吉は。

 実権を手に入れた。

 家康も。

 織田家と敵対する理由を失った。

 信雄は。

 織田家を守るために。

 実権を手放した。

 そして。

 三法師は。

 織田家を残した。

     *

 ただ。

 誰も。

 まだ気づいていなかった。

 三歳の幼子が。

 秀吉と家康を。

 織田家の実権を巡って争う二人ではなく。

 自分の織田家を中心とする。

 巨大な勢力の一員に。

 変えてしまったことを。

     *

 俺は。

 十通の手紙を。

 思い出した。

 丹羽長秀。

 長谷川秀一。

 福富秀勝。

 前田玄以。

 佐々行政。

 矢部家定。

 滝川一益。

 前田利家。

 上杉景勝。

 北条氏政。

     *

 十人の仲間。

 十通の手紙。

 それが。

 俺を守る。

 最初の盾になった。

     *

 俺は。

 小さな拳を握った。

「よし」

 そして。

 まだ見ぬ未来を。

 見つめた。

「次は」

 何を変えよう。

 俺は。

 もう。

 歴史に流されるだけの三法師ではなかった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

いかがだったでしょうか。

ぜひ、感想やコメントをもらえたら嬉しいです。

また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。

そちらもよろしかったらご一読ください。

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