第七話 信長の孫として
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そして。
三法師の人脈作りは。
ここからさらに大きな賭けへと進んでいく。
俺が。
次に名前を挙げたのは。
柴田勝家だった。
*
「柴田勝家殿……ですか?」
長秀が。
思わず聞き返した。
「うん」
「三法師様」
長秀は少し困った顔をした。
「勝家殿は、滝川殿とはわけが違いますぞ」
「うん」
「織田家への忠義は、誰よりも強い御方です」
「だから」
俺は答えた。
「会いたい」
「……」
「勝家さんに」
長秀は。
しばらく俺を見ていた。
「何をお話しになるおつもりですか?」
「織田を残す」
「……」
「それだけ」
長秀は。
小さく息を吐いた。
「承知いたしました」
*
柴田勝家との対面は。
思っていた以上に緊張した。
俺の目の前にいるのは。
信長に長く仕えた男。
織田家のために戦い続けてきた男。
そして。
俺の知る歴史では。
これから秀吉と天下を争う男だった。
勝家は。
俺の前に座ると。
じっと俺を見た。
「三法師様」
「はい」
「儂に何用でございますか」
「勝家さん」
「はい」
「織田を残して」
勝家の眉が動いた。
「……」
「秀吉、強くなる」
「三法師様」
「勝家さんも、強くないと」
「……」
「織田、なくなる」
勝家は。
しばらく黙っていた。
そして。
「三法師様」
「はい」
「大人の戦に、幼子が口を出すものではございませぬ」
静かな声だった。
「織田家のことは、儂らが考えます」
「……」
「どうか、お心を煩わせませぬよう」
勝家は。
それ以上、俺の話を聞こうとはしなかった。
*
俺は。
何も言えなかった。
悔しかった。
滝川一益の時とは違う。
勝家には。
俺の言葉なんて必要ない。
俺よりも。
ずっと織田家を知っている。
ずっと信長に仕えている。
だから。
俺は。
勝家の前ではただの三歳児だった。
*
だが。
俺は諦めなかった。
勝家を仲間にできなくても。
勝家が織田家を大切にしていることだけは分かった。
なら。
そこを諦める必要はない。
「長秀さん」
「はい」
「勝家さんに手紙書く」
「また、でございますか?」
「うん」
「何と?」
俺は考えた。
「織田を残してって」
長秀は。
苦笑した。
「三法師様は、本当にそれがお好きですな」
「大事だから」
「……御意」
*
それから。
俺は何度も勝家へ手紙を送った。
長秀に文章を整えてもらう。
最後には。
俺が署名する。
『三法師』
震えた文字。
それでも。
俺の名前だった。
返事は。
ほとんど来なかった。
*
やがて。
賤ヶ岳の戦いが始まった。
秀吉と勝家。
織田家の主導権を巡る戦い。
俺は。
戦況を聞くたびに地図を見る。
勝家が押している。
秀吉が押し返す。
戦場は。
俺のいる場所からは遠い。
俺には。
兵もない。
戦うこともできない。
だから。
ただ。
人に頼るしかなかった。
*
そして。
一人の名前が。
俺の頭に浮かんだ。
「前田利家」
「……利家殿ですか?」
「うん」
長秀が。
頷く。
「勝家殿の与力として、戦場におります」
「知ってる」
「では、なぜ?」
俺は。
前世の記憶を探った。
前田利家。
賤ヶ岳。
秀吉。
撤退。
そして。
その後。
豊臣政権で大きな力を持つ。
俺の知っている歴史では。
ここで利家は秀吉側へ傾いていく。
「前田さん」
俺は言った。
「失いたくない」
「織田家のために?」
「うん」
長秀は。
すぐに理解した。
*
俺は。
勝家へ手紙を書いた。
『勝家様。
前田利家をお助けください。
利家は織田家に必要です。
三法師』
送った。
返事は。
来ない。
*
また書いた。
『勝家様。
前田利家を失わないでください。
織田家には、利家が必要です』
また送った。
返事はない。
それでも。
書いた。
三通。
四通。
五通。
長秀が。
少し心配そうに俺を見る。
「三法師様」
「なに?」
「勝家殿は、今は戦の最中です」
「うん」
「これほど頻繁に書状を送られても……」
「でも」
俺は。
筆を握った。
「まだ、間に合うかもしれない」
長秀は。
何も言わなかった。
*
そして。
戦況が動いた。
「三法師様」
長谷川秀一が。
慌てて部屋へ入ってきた。
「羽柴勢が優勢になっております」
「……」
「勝家様の軍勢が、苦境に」
俺は。
地図を見る。
賤ヶ岳。
北ノ庄。
前田利家。
頭の中で。
前世の記憶がつながっていく。
「まずい」
「はい」
「利家さん」
俺は。
立ち上がった。
「もう一度、勝家さんに書く」
*
その夜。
俺は。
いつもより長く考えた。
どうすれば。
勝家は俺の言葉を聞くのか。
普通にお願いしても駄目だった。
織田家を残してほしいと言っても。
聞いてもらえなかった。
なら。
俺にしか言えないことを。
言うしかない。
*
「長秀さん」
「はい」
「今度の手紙」
「はい」
「俺の言葉を、そのまま書いて」
「承知しました」
俺は。
ゆっくり話した。
「俺は。
まだ小さいから。
戦のことは分からない」
長秀は筆を動かす。
「でも」
「はい」
「前田さんは。
織田の人」
「……」
「勝家さんも。
織田の人」
「はい」
「だから。
勝ったとか負けたとかじゃなくて」
俺は。
言葉を探した。
「最後まで。
織田の人を守ってほしい」
長秀の筆が。
止まった。
「そして」
俺は続けた。
「信長おじいちゃんだったら」
「……」
「どうするかな」
長秀は。
しばらく黙っていた。
「三法師様」
「うん」
「それを、そのまま書いてよろしいのですか?」
「うん」
「勝家殿に?」
「うん」
長秀は。
静かに筆を動かした。
*
完成した書状には。
こう記された。
『柴田勝家様。
三法師です。
私はまだ幼く、戦のことはよく分かりません。
ですが。
前田利家が織田家に必要な人であることは分かります。
勝家様も、利家も、織田家のために戦ってきた人です。
どうか。
前田利家をお助けください。
信長公ならば。
織田家のために働いてきた家臣を、最後までお見捨てにはならないと思います。
三法師』
*
その手紙が。
勝家のもとへ届いた。
*
「……三法師様から?」
勝家は。
手紙を受け取った。
開く。
読む。
そして。
もう一度読む。
「信長公ならば……か」
勝家は。
目を閉じた。
脳裏に。
かつての主君の姿が浮かぶ。
信長。
自分が仕えた男。
自分が畏れ。
自分が敬い。
そして。
最後まで忠誠を捧げた主君。
「三法師様……」
勝家は。
小さく呟いた。
三歳の幼子が。
自分に。
織田家の忠義を説いている。
滑稽な話のはずだった。
だが。
笑えなかった。
*
勝家は。
前田利家を呼んだ。
「勝家様」
「利家」
「はっ」
「お前は」
勝家は。
一度言葉を止めた。
「三法師様のもとへ行け」
「……私が?」
「そうだ」
利家は。
驚いた。
「しかし」
「儂は。
お前を責めぬ」
「勝家様……」
「生きろ」
その一言だった。
勝家は。
三法師から届いた書状を。
利家へ渡した。
「これを読め」
利家は。
書状を開く。
幼い筆跡。
その最後に。
『三法師』
とある。
「……三法師様が」
「お前を必要としている」
勝家は言った。
「織田家を残すために」
利家は。
しばらく書状を見つめていた。
そして。
深く頭を下げた。
「承知いたしました」
「利家」
「はい」
「三法師様を頼む」
「……」
「儂に代わって。
あの御方をお守りせよ」
利家は。
拳を握った。
「この命に代えましても」
*
その報せが。
俺のもとへ届いた。
「三法師様」
長秀が。
静かに頭を下げる。
「前田利家殿。
三法師様のもとへ参るとのことです」
「……ほんと?」
「はい」
俺は。
しばらく黙っていた。
そして。
「勝家さんは?」
長秀は。
答えなかった。
それだけで。
分かった。
「……そっか」
俺は。
俯いた。
勝家を。
仲間にはできなかった。
でも。
勝家は。
最後に一人。
俺のもとへ託してくれた。
*
俺は。
小さな手を握った。
「勝家さん」
届かないと分かっていても。
呟く。
「ありがとう」
そして。
もう一度。
手紙を見る。
その中には。
俺が初めて救えた。
一人の織田家臣の名前があった。
前田利家。
後に。
俺の大きな支えとなる男。
そして。
この時。
俺はまだ知らなかった。
柴田勝家が残したこの一本の縁が。
後の俺の人生を。
大きく変えることになるとは。
*
だが。
俺は。
まだ三歳だった。
そして。
秀吉は。
勝った。
賤ヶ岳の戦いを終え。
秀吉の勢力は。
さらに大きくなった。
でも。
俺の周りには。
少しずつ人が増えていった。
丹羽長秀。
長谷川秀一。
福富秀勝。
前田玄以。
佐々行政。
矢部家定。
そして。
滝川一益。
前田利家。
八人。
俺のために。
織田家のために。
力を貸してくれる人たちだった。
*
俺は。
少し浮かれていた。
だって。
前世で知っていた歴史と。
今、俺の目の前にある現実が。
少しずつ違い始めている。
滝川一益。
前田利家。
本来なら。
俺が知っている歴史とは違う立場にいるはずの二人が。
今は。
俺の側にいる。
「……もしかして」
俺は。
小さな拳を握った。
「歴史、変えられるかも」
その言葉を。
長秀は黙って聞いていた。
だが。
俺は。
まだ知らなかった。
*
「三法師様!」
突然。
長谷川秀一が駆け込んできた。
「どうしたの?」
「急ぎの知らせがございます」
「何?」
長谷川は。
一度息を整えてから。
告げた。
「織田信雄様が」
「……」
「徳川家康殿と手を組み」
俺の顔から。
笑みが消えた。
「羽柴秀吉殿と対立されたとのことです」
「……」
「小牧・長久手にて。
戦が始まった模様です」
俺は。
しばらく何も言えなかった。
*
小牧・長久手。
信雄と家康。
秀吉。
俺が知っている歴史。
そのままだった。
「……まだ」
俺は。
小さく呟いた。
「変わってない」
長秀が。
俺を見る。
「三法師様?」
俺は。
地図へ目を向けた。
賤ヶ岳で。
利家は俺の側に来た。
滝川も。
俺の側にいる。
それでも。
歴史の大きな流れは。
まだ変わっていない。
なら。
もっと動かなければならない。
*
俺は。
地図を広げた。
尾張。
三河。
美濃。
そして。
さらに東。
北。
そこに。
まだ俺の手が届いていない場所がある。
「……次は」
俺は。
地図を指でなぞった。
「どうする?」
まだ。
答えは出ていない。
でも。
一つだけ。
決まっていた。
俺は。
もう。
歴史に流されるつもりはなかった。
「次の一手を」
考えよう。
俺は。
地図を見つめ続けた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
ぜひ、感想やコメントをもらえたら嬉しいです。
また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




